18.嬉しいようなそうでもないような複雑な気持ち
それから日が経ち、三日後。
中央教会の礼拝が開催される日になった。
もちろんというべきか。グレイスは礼拝には参加しない。
かといって、グレイスの教育係を担っている大司教のコンラッドも、礼拝には参加しないといけない。むしろ彼を目当てに来ている人が多数いる中で、わざわざ自分を構って欲しいなどとは言えない。
ということでグレイスは、アリアと一緒に教会内を探索することにした。
「なんでわたしまで一緒に探索を……」
「アリアさんは礼拝に参加しないと言うし、私がまだ、内部構造をしっかり確認できていないからよ。道案内よろしくね、アリアさん」
「……まあ、あなたを一人で歩かせて、道に迷われるよりはいいでしょう」
そんな感じで、アリアは渋々了承してくれた。
最近はこんな感じでいやいやながらもグレイスのやりたいことに付き合ってくれるので、ツンデレなのではないかと密かに思い始めている。
(本人に言ったら絶対、「こいつ何言ってんの?」って目をされるから言わないけれど!)
それに、グレイスは何も考えなしに探索をしようと言っているのではない。
できれば、ロリコン司教ことマルコムのことを知れないか、と思ってきたのだ。
まず情報を得ないことには意味がないし、現状でどんなことをしているのかの判断もつかない。そして運がよければ、犯罪の証拠となる何かを見つけられるかもしれない。
即決即断、有言実行が今のグレイスのモットーである。時間もさほど残っていないのだから、生き残るためにはなんでもするしかない。
(未だに、死亡フラグは建ったままなんだからね……!)
そう。一番不可解なのは、格下貴族の小娘相手にあれだけコケにされたにもかかわらず、なんの音沙汰もないリアムの伯父、ことケイレブの存在だ。
(あの人、作中でもリアムの母親……つまり自分の妹が皇后に選ばれたことをいいことに、まるで自分自身が皇族みたいな態度を取るようになったって書いてあったし。あれだけ言えば、絶対に手を出してくる程度には短絡的なタイプだと思ってたのだけれど)
しかも、皇后が亡くなってから調子に乗り始めたらしいので、人として本当にひどい。
まるでリアムの父親のような態度を取って、横暴を働いている。そんなケイレブにリアムが手を出せないのは、少なからず血のつながりがあること、そして自身の愛する母親の名誉を傷つけたくないからだ。
(けれど、ケイレブってそんなことを考えられるほど頭がいいのかしら?)
そこが気にかかるところだ。もし黒幕がいるのであれば、それはそれでケイレブの行動に説明がつく。グレイスがリアムと婚約するに当たり、身の安全を確保するために早々に移住してきたのにも気づいたところを見ると、この線がかなり怪しいのではないだろうか。
(問題は、あの高慢で格下相手には絶対に言うことを聞かないケイレブに、誰が意見できるのかってことよね……)
グレイスはうーんと唸った。
ケイレブが意見を聞くとしたら自身が伯爵なので、侯爵位以上の人間だ。それも発言力がある人間である。
ただそういった人間は皆皇帝に忠誠を誓っている者たちばかりなので、誰なのかはまったく見当がつかない。
(というかそれ以上に高位で適任な貴族がいないから、ケイレブがもてはやされているのよね。もちろん、血縁関係にあるのは大きいけど)
他にケイレブが言うことを聞きそうな人材は誰だろう。
そう考え込んでいると、となりにいたアリアが胡乱な眼差しを向けてくる。
「……あの。考え事をしたいのであれば、一人でしていただけませんか? もし必要ないなら、わたし勉強がしたいので」
「ああ、ごめんなさい。……って、アリアさん、なんの勉強をしているの?」
「魔術を含めた、一通りの学問です」
グレイスは思わず、目を瞬かせた。
(あれ? アリアちゃんが勉学に勤しむようになったのって……例のあの件が原因じゃなかった?)
そう、アリアがひどいことを言ってそのまま亡くなってしまった……という、貴族令嬢の話だ。
グレイスは確かにあの一件でアリアが小説通りの心の傷を背負わないようにというファン精神から、自身の魔力が使えない話を出したのだが、それがそんなにも心に響いたのだろうか?
(うーん、でも、大したことじゃあない気がするのだけれど)
実際、グレイスはそれで命が脅かされてはいないし、生活に不自由はなかった。魔導具があったというのはあるが、一番の理由は前世の記憶だろう。家電こそあったが魔術はなく、自分でできることなどたかが知れていた。
そして現在、家電が魔導具へと変わっただけで、生活に不自由はない。
また元々が貧乏だった今世の記憶も相まって、王都の最先端魔導具など元から使ったことがないのもあり、余計不自由と思わなかったのだと思う。
なのでグレイスはそのことを、まあいっか、で流した。
アリアが勉学に興味を抱いてくれているならば、グレイスとしても御の字なのだ。口を挟むまい。
そう思い「それはいいことね、アリアさんならば学園にだって通えるだろうし」なんてにこにこしていたら、ますます気味の悪いものを見るような目で見られる。
「……それ、本気で言ってます?」
「え? もちろん」
(私の死亡率が下がる可能性が高いし……それに、アリアちゃんが大成すれば、この国の医療分野が劇的に変化するわけだから)
神術も魔術も、習得までにはかなりの時間を要する。
それを両方習得し、挙句「薬術」という新たな術式まで作り上げて多くの人間が使えるよう、そして救えるように尽力した彼女の才能は、本物だ。その第一歩ともいうべき学園への入学を、グレイスが喜ばないわけがない。
(もしかしたら、このわけの分からない私の体質も、アリアちゃんの治療術で治せるかもしれないし)
改めて、下心がバリバリで恥ずかしくなってきた。ただこれが自分の行動定義なので、こればかりは致し方ない。
そんなことを思っていると、アリアが何か言いたげな顔をしてこちらを見てくる。なんだろうと思いアリアを見つつ首を傾げたときだ。
「……おや? アリアじゃないか」
誰かが声をかけてきた。
グレイスは内心舌打ちをする。
(ちょっと、今アリアちゃんが発言しようとしたのに、それを遮ってくるっていったいどういう了見よ?)
そう思い腹を立てたが、グレイス以上にアリアが身構えるのを感じ、ぴたりと動きを止める。
「……フィッツ司教様」
そして名前を聞いた瞬間、グレイスはすべてを理解した。
(ふうん? この男が、例のマルコム・フィッツね?)
小説では名前しか出てこない端役なので見た目を知らなかったが、どちらかといえばイケメンな顔をしている。歳は三十代後半といったところか。茶色の髪に深い緑色の目、柔和な顔立ちは結構爽やかだ。
まあ、四六時中リアムを見ているグレイスからしたら、中の上くらいだったが。
しかもこれで中身がロリコンだと思うと、より色眼鏡で見てしまう。
グレイスがそんな失礼極まりないことを考えているなど知らず、マルコムはアリアを見、そしてグレイスを見てからぺこりと頭を下げる。
「初めまして、ターナー嬢。わたしはマルコム・フィッツと申します。以後お見知りおきを」
「初めまして、フィッツ司教様。司教様のような方に名を知られているだなんて、光栄ですわ」
にこりと微笑みながらそう言うと、マルコムは同じように笑みを返してくる。
「それはもちろん、覚えておりますよ。大司教様が目をかけていらっしゃる方ですから。それに、神獣様もお連れですし」
「そうでしたか……」
会ったこともないのに名前を覚えていたことに違和感があったのだが、そう言われてしまえば納得せざるを得ない。
(けれど、要注意人物なことには変わりないわ)
グレイスがそう思いながら腕の中のシャルを撫でていると、マルコムは首を傾げる。
「ターナー嬢は、アリアと仲がよろしいのでしょうか?」
「はい、よくしていただいています」
「そうでしたか! ならばわたしも嬉しいです。アリアは中央教会で引き取っている他の孤児たちとあまり親しくないので、友人がいるか心配で……」
「……心配していただかなくとも、友人などいなくても生きてはいけます」
あまりにもつっけんつっけんした態度に、見ているグレイスの居心地が悪くなってくる。ちなみにシャルはこんなときでも何も変わらず、グレイスに『もっと撫でなさいよ』と尻尾をなびかせながら無言の圧を送ってきていた。
なのでシャルを撫でつつ、グレイスは事の成り行きを窺う。
「そうは言うけれど、人は一人では生きていけないものだよ、アリア。助け合うからこそ、人は生きていけるんだ」
「ですがそれは別に、この教会で作らなくてもよいものでは?」
「……この教会でできていないことが、外でもできるとは思えないな」
「大きなお世話です」
(本当に大きなお世話ってやつね……)
グレイスは二人のやりとりを見て、マルコムに対してそう思った。
というのも、アリアは別に人付き合いが苦手なのではない。その証拠に、前の孤児院では仲の良い友人がいたのだ。
けれど魔力の暴走によってその友人たちに怯えられてしまい、ひどく傷ついて距離を置いているだけ。
そういうものは信頼できる人と時間がゆっくりとだが確かに解決してくれるものだと、グレイスは知っている。
(それに、大司教様がいらっしゃるもの。小説でもアリアちゃんの対人恐怖症はあの方の見極めもあって、学園へ通う頃にはすっかり良くなっていたはず)
それに対してマルコムの発言は、一見正論だがアリアのことを考えてはいない、一般論ばかりだ。アリアの過去を知っているはずなのにこんな発言しかできないなら、それはアリアの言う通り大きなお世話でしかない。
この世は、正論だけでは上手くいかないのだから。
もちろん、アリアの態度はかなり刺々しいので、大人としてはちゃんと教育をする必要があると思うのは当たり前かもしれない。が、それはアリアの教育を担当しているコンラッドが判断することで、マルコムが口を出す問題ではないとグレイスは思う。
この様子では、アリアがマルコムを嫌うのも無理はないなとグレイスは嘆息した。耳障りの良い言葉など、今のアリアには逆効果だろうから。
しかしグレイスがそう呆れている中で、二人のやりとりはよりすれ違っていく。
「そもそも、会うたび会うたび一体なんなんですか? 大きなお世話って言葉、知ってます?」
「……大人に、そんな口の利き方はないだろう。わたしはアリアのことを想って、」
「本当にわたしのことを思ってくれているなら、放っておくのが今は一番だってこと、分からないんですか?」
「……アリア」
(なんでこの人、こんなにもアリアちゃんに突っかかってるのかしら)
話を聞いている限りだと、別に今回が初めてではない雰囲気だ。
さすがに見ていられなくなったグレイスは、シャルを抱え直しながらにっこりと微笑む。
「あの、そのやりとりは私がいる前でしなければならないことでしょうか? アリアさんは今、私と一緒にいるのですが」
「……それは……」
そう。そもそも、なぜグレイスがいる目の前でこんなやりとりをするのか。気が知れない。
(それって、私を軽んじているってことよね)
グレイスは肩をすくめた。
「まさか司教様ともあろうお方が、客人の前でそんなことを仰るなんて思いませんでした。あまりにも驚き、言葉を失ってしまったくらいです」
「……貴族の方であろうと、この教会の中では皆立場は等しいです。もしや、貴族であることを誇示されるおつもりですか?」
「あら、私、間違ったことをお伝えしましたでしょうか? それに……それを、司教様が仰るのですか? 今この場で私とアリアさんにご自身の立場を強調なさった態度を取られているのは、司教様ではございませんか」
そうにっこりと微笑めば、マルコムの表情が一瞬こわばる。
その隙に、グレイスはシャルを肩へと誘導した。さすが神獣である。肩に乗っても重さを感じない、と変なところで感心しつつ、グレイスはアリアの手を取る。
「それでは行きましょうか、アリアさん。……ああ、司教様、素敵なご指導を拝見させていただきました。ありがとうございます」
そう言い残し、普段から使っている部屋に引っ込めば、アリアがつぶやく。
「……その、ありがとうございました」
「いいのよ。だって私も腹が立ったし。ああいう正論だけれどまったく的外れなことを言う大人って、嫌ね」
そう言えば、アリアは虚を突かれた顔をする。しかしそれも一瞬、彼女はすぐに破顔した。
「……ええ、本当にそうです」
「ね。アリアさんがあの人を嫌う理由が分かったわ」
「……それに、勝手に物も贈ってくるんです。服とか髪飾りとか。あの人の目と同じ色をしたリボンを贈られたときには、さすがにぞっとしました」
「え。それはさすがに、普通に気持ち悪いわ……」
瞳の色と同じ色をした物を贈るのは、「私はあなたに気がありますよ」というのと同じことだ。この辺りの常識は、貴族でも庶民でも変わらない。
なので完全にただのロリコンであることが分かり、グレイスはぞっとした。シャルですら「え? 正気なのあの司教」とドン引きしていたので、これがどれくらいの気持ち悪さなのかが知れよう。
しかしアリアは、ますますぞわっとすることを教えてくれる。
「しかもあれ、贈られているの私だけじゃないんです。他の女の子たちにも贈ってます、あの人」
「うわあ……」
「その子たちが言うには、つけるといい夢を見るとか、気分が晴れやかになるとか。けどわたしは気持ちが悪いので、引き出しに閉まったまま使っていません」
「それがいいと思うわ……」
たとえ少女に対しておまじない的な意味で渡したのだとしても、グレイスは彼がロリコンだということを知っているため、気持ち悪さが募る。そのため、思わずそう言ってしまった。
すると、アリアはますます笑う。笑って、ぽつりとつぶやいた。
「……ごめんなさい。あなたは、あの人とは似てなかったみたいです」
「……え?」
(え、あ……そ、そういえば! 私、マルコムと似てるって言われてた!)
今更ながら思い出し、グレイスは戦慄した。あんなロリコンくそ野郎と一緒にされていたとは。
(いや、でも違うって言ってもらえたし、私もマルコムの人柄について把握できたから、今回の件はよかったの……? え、さすがに複雑……!)
そんなこんなでグレイスは、リアムとコンラッドがくるまでの小一時間、悶々とした思いを抱えて過ごしたのだった。




