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13.開き直ることにしました

 その日の夕食時。

 食堂に足を運んだグレイスが最初に目にしたのは、今までにないくらいいい笑みを浮かべたリアム・クレスウェルの姿だった。

 執事に椅子を引かれ、そこに腰かけながら、グレイスは思う。


(わあ。お怒りだわ……)


 恐らくだが、執事経由でグレイスのやりすぎな行動が伝わったのだろう。

 その予想通り、リアムが口にしたのはケイレブとの一件についてだった。


「グレイス。執事のロイドから聞きました」

「はい」

「伯父と、ひと悶着起こしたそうですね」


(ひと悶着どころか、火にガソリンを注ぎました)


 なんてことは言わず、グレイスは首を傾げる。


「ああ、あの方が、以前仰っていたリアム様の伯父様だったのですね。存じ上げませんでした」


 ちなみに、この言葉は本当である。

 グレイスは状況と態度から彼がケイレブなのだろうなと確信しただけで、実際のケイレブの姿を見たことはなかった。だって小説内でもスピンオフ内でも、容姿に関しての言及はこれっぽっちもなかったからだ。名前だけちょこっと出たくらいである。


 スピンオフでもさらっと。本編では存在すらほぼほぼ出てこなかった。まあ、グレイスよりも格下の悪役の扱いなど、そんなものである。


 なのでしれっとした顔でそう言ったのだが、どうやらリアムには通用しなかったらしい。ため息をつかれてしまった。


「……あなたがそのような愚かな行動をする方だとは思っていません。むしろ、慎重で頭の回転が早い女性だと思っています」

「わあ。お褒めいただきありがとうございます。リアム様ほどの方に褒められるなんて、とっても嬉しいです!」

「……それで誤魔化されると思いますか」


 誤魔化されてくれればいいのに、とグレイスは内心舌打ちをした。

 しかも、核心を突かれてしまう。


「伯父の顔を見たことはないのは事実のようですが、伯父だと分かった上で行動を起こしましたよね?」

「私がどうしてそんなことをするのでしょう。あの方が私に危害を加えてくる可能性が、一番高いのですよね? なら、いい印象を与えておくほうがよいかと思いますが」

「わたしも、その理由が知りたいですね。ねえ、グレイス?」


(敢えて嘘を吐かないよう、質問に質問を返しているというのに、この男は)


 質問にさらなる質問をかけられた上に、すべてを悟ったような感じを出されてしまえば、グレイスがしらばっくれるのももう限界だろう。尚且つ、リアムとこんなことで仲違いをしたくはない。死亡率が上がる。


 グレイスの演技力、完敗である。

 が、ただ負けるつもりはさらさらないが。

 そう。何も、馬鹿正直に「相手が早くボロを出すように、喧嘩を売りました」なんて言う必要はないのだ。


 グレイスはぺこりと頭を下げた。

 そして、もう一つ用意してあった理由を口にする。


「……危ないことをして、申し訳ありません。ただ、気になることがありまして。その情報を知りたくて、あのようなことをしたのです」

「……なんでしょう」

「私がお屋敷に越してきたのは、今日です。それなのにどうして、デヴィート卿はその情報を知っていたのでしょう?」


 そう言えば、リアムが表情を曇らせた。


「……その点は、わたしも気になっていました」

「はい。もしかして、このお屋敷を監視されているのでしょうか?」


(そうだったら最高に気持ち悪いわ)


 ストーカー行為は大概にするべきだ。そう思ったのだが、リアムは首を横に振った。


「そのようなものがあれば、神獣たちが気づきます。神獣たちは魔術の気配も神術の気配も分かりますから。また、この屋敷の使用人たちが情報を漏らした場合も同様の理由で、神獣たちが気づきます。耳が良いですから」

「なるほど」


 神獣、セキュリティー能力が高すぎるのでは? とグレイスは思った。一家に一体欲しいレベルだ。

 同時に、ものすごい犯罪抑止力である。この屋敷の人間がグレイスに対しても丁寧な態度を取るのは、どうやらすでに選別済みだからだったようだ。


 しかしそうなると、途端に選択肢が減る。

 グレイスは首をひねった。


「デヴィート卿は、私の名前も知っているようでした。なので次に考えられる可能性は、引っ越し準備中に知られた……という感じなのですが」

「そのようなミスを、わたしがすると思いますか?」

「イイエ」


 他の人間であれば「この自信家なんなの」と言っていたが、相手はリアム・クレスウェルだ。そうですよね、としか言いようがない。

 だって自意識過剰でもなんでもなく、事実なのだから、逆にこれくらいの自信がないと困るというものである。


(なら……本当に、何?)


 そう、グレイスがぐるぐると考えを巡らせていると、リアムがそれを遮った。


「それを考えるのはわたしの仕事です。なのでグレイスはどうか、自分のことだけを考えて静かに過ごしていてください」

「……はい、分かりました」


 とは言ったが、今だって自分のことしか考えていない。そう、生き残りたいのである。


(まあでもおかげで、深く詮索されずに済んだわ。よかった)


 さすがのリアムも、わざと喧嘩を売って相手に犯罪の証拠を残してもらうために殺されようとしている、なんて聞けば、止めるだろう。常識的に考えて。

 なので、本来の目的部分がばれなかっただけでも、今回はよしとする。


 そもそも、小説にこの辺りの詳しい事情――たとえばグレイスの暗殺未遂方法などが詳しく書かれていれば、グレイスもこんなことをせずに済んだのだが。


(どんなふうに殺してくるのか分からない以上、証拠をより多く残してくれるように短絡的な行動を取るよう誘導するくらいしか、私にできることはないのよね)


 なんてことを思いつつ、グレイスは自分の行動を正当化する。

 そもそも、行動派なので元から待つのは苦手だ。なので諸々が早く解決してくれることを祈るばかりだった。


 それから、リアムとの話し合いが終わったこともあり、夕食が運ばれてきた。


 しかしそれを見たグレイスは、愕然とする。


「……ええっと……これが、夕食ですか……?」


 出されたのは、野菜入りの麦粥だった。

 そう、パンですらなく、麦粥である。貧しい庶民が食べるメニューだ。


 しかも、粥を炊いているスープも、野菜で出汁を取っているだけで鶏などは使っていないのが分かる。

 これが本当に貴族の、それも公爵家の夕食か? というメニューだった。

 夕食は、その日一番の豪華な食事なのだ。貧乏子爵のターナー家だって、あれこれやりくりしつつ、食事くらいは美味しいものを! と努力していた。


 つまりこの食事、ターナー家よりもひどいのである。


「あ……もしかして、皇族の方は食事制限があったり……?」


 一縷の望みをかけてそう問いかけてみたが、リアムは不思議そうな顔をして首を傾げる。


「いえ。わたしは食事に頓着しませんので……屋敷にいる際は大抵、麦粥ですね。屋敷に人を招くことはほとんどありませんし、生きていく上で最低限度の栄養が取れれば、食事など不要でしょう?」


 この日、グレイスは思った。

『聖人公爵』なんて呼ばれているリアムだが、それはもしかして、自分のことに関して無頓着なだけなのでは? と。


(他のことならば耐えられる。けれど、食事は……食事だけは! もう少し! いいものを食べたい!!!)


 元日本人だからか、グレイスは食事に対してのこだわりが強かった。思えば、ターナー家の食事に関して積極的に介入したのもグレイスだった。前世の記憶を思い出す前からこうなのだから、もしかして随分前から前兆はあったのかもしれない。


 というわけで、白パンとまでは言わないので、ライ麦パンとか黒パンとか、とにかくパンにして欲しいのだ。

 あと、一日一回、肉や魚も食べたい。


 そう思ったグレイスは、思わず叫んだ。


「シェフ! 今すぐシェフをここへ!!!」


 そうして呼ばれたシェフに、グレイスはできる限り丁寧に、そして切実さを織り交ぜながら、食事の楽しみと改善依頼をした。

 そうしたら、シェフに「ありがとうございます! わたしもずっとそうしたかったのです!」と泣かれた。


 どうやら、この質素というより無頓着な生活に思うところがあったのは、グレイスだけではなかったらしい。


「グレイスがそう言うのであれば、好きにしてください。わたしはあなたの好みに合わせます」


 そして肝心のリアムは、屋敷の主人あるまじき発言をしてあっさり許可してくれた。

 というわけで、明日以降の食事の改善は、グレイスの中で確定したのだった。


 もちろん、本日出された麦粥を余すことなくきっちりと平らげたのは、当然の話である。


 ――そしてこれは余談なのだが。

 それから、他の使用人たちからも「グレイス様が仰っていただけたら、閣下のお考えも変わるかも……!」ということで生活環境改善の希望を出され。

 結果「この屋敷のことは、全部グレイスの好きにしていいですよ」という許可をもぎ取ったためか使用人たちにものすごく感謝され、挙句尊敬されてしまった。


 それから、気づけば奥にしまわれていた美術品や調度品などを使用人たちと相談してがらりと変えたり、内装などを整えたりした。

 幸い、庭と図書室に関しては、神獣や仕事が関わることだったためか整っていたので、庭師や執事長の意見を取り入れつつあまりお金をかけない形での調整を行なった。

 いきなり浪費をしていては『聖人公爵』の名に傷がつくし、何よりグレイスがケイレブ以外からも悪女呼ばわりされることになってしまう。面倒臭いので、それは避けたい。


「……いや、私まだ婚約者ですらないのに、もうクレスウェル邸の女主人みたいになってないっ?」


 数日後、婚約解消どころではないのでは? ということにグレイスが気づいて頭を悩ませることになるのだが、それはまた別の話である。


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