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猿神王と獅子王

 まさしく圧巻の一言に尽きる戦いだ。本来の力を開放し、獣のような戦闘に切り替わったアリーの猛攻を、性能で大分に劣る標準装備でいなし続ける綾鷹の戦いは、すでに10分を超えて休み無く続けられていた。


 2人の一度の交差で砂塵が舞い、それが常人では捕らえることすらまばらになるほどに早い動きのせいで、砂嵐のようにグラウンドの土を舞い上がらせていた。


(獅子の紋様と紅色の艶やかな流動感のある攻防一体の武装……)


 この世界には大きく分けて四種類の武装がある。

 万人が無理なく扱うことができる標準装備は、剣型、銃型など、武装と呼べるものすべてが再現されたもので、平均を超えない扱いやすい武装である。


 また、これらの武装は全て、国土と最大人口と豊潤な資源を有する『大帝中華連邦』が製造受注を一任されている。


 『大帝中華連邦』と違い、技術力に長けた『エデン』では、《アルシードシリーズ》と呼ばれる攻防一体の武装が存在する。量産は視野に入れず、全部で十三種しかない武装は『エデン』の戦力である《アリストロメリア》師団の各団長たちが有していると言われている。


 さらに、『極東』にも十二振りしかない武装が存在する。《和月シリーズ》と命名された、攻撃に特化した武装は、『極東』の統治者直属――つまりナギの父親の選定した十二人が所有しており、所有者は他権力の影響をむやみに受けないよう秘匿されている。


 しかし、《アルシードシリーズ》と《和月シリーズ》は強力な武装では在るものの、『七匹の獣』の進行を一時的に停滞させることはできても、討伐することは原理上不可能であると評価が下されてしまった。


 そこで、世界に十四個存在が確認されている、人類では到達不可能な技術により制作された人体パーツ《Kパーツ》が人類の希望足り得る。


 所有者はランダムで、元の所有者が死去した瞬間に次の所有者へ転移されるといった、摩訶不思議な武装である。しかしその反面、非常に強力かつ凶悪で、《Kパーツ》を有するものは特異な能力を手に入れ、その能力は唯一『七匹の獣』に通用するものであると考えられている。


 つまりは性能差がありすぎる戦いであるのは誰の目から見ても明らかだ。だのに、綾鷹の小手先の技術で、どうにかこうにか死傷者ゼロでこれまでやって来れている。


 そもそも、各国の最高戦力同士が戦うことなど、禁忌規定に抵触する行為だ。今ならば、誰しもなぜこうなることがわからなかったと教師を怒鳴りつけたい気分で仕方ないだろう。


(あれが『エデン』の《アルシードシリーズ》の傑作……第一師団の団長にしか与えられないと言われる《獅子王レオ》か)


 以上の四種類が大まかに分けた武装の種類である。そして、《Kパーツ》を除いたすべての武装にはもれなく『デウスニウム』と呼ばれる金属生命体が少なからず使用されている。


 『デウスニウム』は世界が破滅する少し前に宇宙から飛来したものである記述が残されている。なんでも『アメリカ』の研究チームが解析を担当したらしいが、これが金属ではなく、金属生命体であるとわかったのは世界が終わったあとだそうだ。さらに、『デウスニウム』が及ぼす他生命体への損害も、その時明らかになったらしい。


「失礼。決闘に見惚れているところ大変申し訳ございません」

「うお。えっと……どちら様?」


 《アルシードシリーズ》を開放したアリーに見入っていたナギの背後から声がかかる。振り返ったナギの瞳に写ったのはメイド姿のメガネを欠けた朱色の髪の女性だった。


 記憶を辿るが、そのような知り合いはおらず、ナギが話しかけられる理由も思い当たらない。故に問い直すが、メガネの女性は佇まいを正して自己紹介から始める。


わたくしは主、アリエル・バートのメイドが一人。ウォーメイドのメーヴィス・フェアチャイルドと申します。二三質問したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「め、メイド……?」


 アリーのメイドを名乗るメーヴィス・フェアチャイルドは不躾を承知でナギへ耳打ちする。


お嬢様(・・・)の秘密をご存知ですね?〉

〈……っ!?〉

(この人、今なんて!?)


 アリーの秘密を知る者は自分だけだと思っていたナギは、驚きで少し腰が浮く。

 だが、よく考えてみれば統治者の子供である以上、側付きが付けられるのは必然だ。だったら、それに対応して、秘密を隠すよりも秘密を知る者をメイドとして側に置いたほうがアリーとしても気が楽だろう。さらに言えば、今、メーヴィス・フェアチャイルドはアリーのことを「お嬢様」と呼んだのが何よりもの証拠だろう。


 したがって、ナギは口にはしないが首を縦に振った。すると、メーヴィス・フェアチャイルドは小さく息を吐いて目頭に人差し指を当てる。


「左様ですか……では、この現状は――」

「あぁ、簡単に言えばアリーの暴走だね……」

「ですか。けれど、困りましたね。《獅子王》に捧げる『供物』もなしに使用してしまうなんて」


 『供物』とは『デウスニウム』が組み込まれた武装全てに必要な犠牲である。標準武装であれば性能に応じた血液を吸わせるのが基本であるが、《アルシードシリーズ》および《和月シリーズ》はその他に『契約』に基づいた『供物』が必要である。


「そうか。《アルシードシリーズ》に組み込まれている『デウスニウム』の総量は確か標準武器の百倍以上……完全な一個体としての認識を持った『意思のある武装』だから……」

「ええ。『契約』に基づく『供物』を支払わなければ代償に命を奪われますね。特に封印術式以外のすべてが『デウスニウム』で構成された《獅子王》では融通がきかないらしいですし。半暴走状態であることを加味して、もってあと十五分程度ですかね」

(『デウスニウム』100パーセント!? 『エデン』の開発部門は頭がイカれてるの!? というか、なんでこの人、主様が死にかけてるのに平然としてられるの?)


 ただでさえ危険であると結果が出たはずの『デウスニウム』を潤沢に使うなど、使用者の命をまるで考えていない武装であると言わざるを得ない。短命で知られる第一師団団長ではあるが、通りで戦死が多いはずだ、と、ナギは驚愕しながらも納得した。


 だが、もしもこの戦いでアリーが死ぬようなことがあれば、外交問題に発展しかねない。しかも、この戦いにナギが関与しているせいでその可能性が非常に高まっているのだ。


「“レグルス”!!」


 体を這う流体金属が腕へ移動し、アリーの声に反応して鋭い爪を作り出す。《アルシードシリーズ》を開放したアリーを止められるのは同じく《アルシードシリーズ》か同クラスの《和月シリーズ》、および《Kパーツ》所有者のみだ。そして、それを有しているのはこの場で唯一人――神宮寺綾鷹だけなのだが……。


(ダメだ。綾鷹は緊急時以外の能力の使用はクソパパさまに禁じられてる。でも、このままじゃなぶり殺しにされちゃうよ)


 されど、ナギに綾鷹の能力開放の権限は緊急時以外に与えられていない。綾鷹もこの事態が緊急時でないことを深く理解しているため、能力を開放するはずもない。ただ、半暴走状態のアリーを止められるのは綾鷹のみで、その他の戦力がこの場に到着するには、おそらく数十分の時間が必要となる。


 だが、『供物』なしで能力を発動してしまったアリーの命のタイムリミットは、その時間に全然足りていない。


「ちぃ……!」


 標準装備よりも遥かに早く鋭い攻撃で火花が散る。さきほどまで楽々といなしていた綾鷹でも追いつくことが危うい攻撃が繰り出されている証拠だ。やはり、《アルシードシリーズ》と標準武装ではその性能に大きな差があるらしい。


 今まで守りに徹してきた綾鷹が動く。半暴走状態であるためか、大ぶりの攻撃が多くなったアリーの隙きを狙って縦に剣を振る。しかし……。


「“デネボラ”!」


 綾鷹の攻撃が繰り出されるほんの少し前に、アリーがそう口にする。すると、紅い爪がとろけて再び流動性を取り戻すと、今度は球体となってアリーの側面に浮遊する。その浮遊物が綾鷹の攻撃がアリーに触れようとする僅かな時間でアリーと綾鷹の間に傘のような膜を作り、綾鷹の一振りを完全に防ぎきってしまった。


「なっ――」

「“レグルス”!」


 音声入力により、防御特化の“デネボラモード”から攻撃特化の“レグルスモード”に切り替えて、アリーのきれいな赤い目は獣のように輝いていた。


 アリーは本当に半暴走状態なのだろうかと疑ってしまうほどに速く洗練された動きは、隙きを付いた綾鷹の行動を阻害し、逆に大きな隙きを作らせて、その瞬間を狩ろうとする。


 ただし、綾鷹もただで攻撃を食らうわけではない。防がれた一太刀に一憂せず、すぐさま逆手で持ち直し、真紅の爪の横薙ぎに対応した。その際に使っていた剣型の標準武装を完全に破壊されてしまったが。


(まずいまずいまずい!! まるで猛獣と全裸で戦ってるようなものじゃないか!?)


 ナギは二人の戦いに焦りを覚えて、血走った目で背後のメイドを見るや。


「アリーの暴走を止める方法は!?」

「『供物』を与えればあるいは止まるかと思いますが」

「じゃあ、その『供物』は!?」

「……まあ、あなたになら話しても問題は無いでしょう。アリーお嬢様の『供物』は――」


 メイドから告げられた衝撃の『供物』の内容を聞き、ナギはすぐさまアリーに向かって駆けた。


 そして――

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