各国の最高戦力
グラウンドの中央。戦闘クラスの面々が円状に集まり、直径およそ15メートルほどの円が出来上がっていた。さらにその中心に2人のイケメンが相対している。本来戦うことは絶対にないはずの2人が今、ひとりの女の子を賭けて争っているなど、知れればナギの人生など一環の終わりだろう。
(どうしてこうなったの……)
ひょんなことからミステリアスイケメンのアリエル・バートの秘密を知ってしまったがゆえに、ナギの『学園』生活はハードモードからヘルモードへと大変身を遂げてしまった。
ナギをめぐり、イケメン2人が戦うなど噂にならないはずがない。しかも、戦闘クラスのクラスメイトたちが勢揃いしている中での戦いなのだから、もしも2人が少しでも「ナギ」という言葉を口にしようものなら、明日からナギの武勇伝が永久保存版で語り継がれることだろう。
「勝ったほうがナギをもらうでいいな?」
「おう、いいぜ」
夢やぶれて。
一瞬のまばたきすら許さない速度で事態は最悪を踏み抜いていく。赤面する暇もなく、ナギのまわりで噂は加速していく。やれ2人はナギを取り合ってるだの、修羅場だの、ナギって誰だの。
(おい最後のやつ。クラスメイトの名前くらい覚えておいてよ!)
ともかく、ナギの伝説が追加されていく中で、2人の決闘について教師がレフェリーを務めるらしい。本当なら、教師は止めなければならない立場だが、2人の本気度合いに当てられたのか、日和ったらしく、渋々と審判を引き受けていた。
風は強くなく、天気は快晴。突然の雨で決闘が中止することは考えられず、始まってしまえば、誰も止められなくなるのは必然だった。
先に相手を倒したほうが勝利。殺害が、大きな怪我を負わすようなことがあれば当事者同士の問題として『学園』に報告する旨を伝え、2人は首を縦に振って了承の意を見せる。
適度に離れ、2人は練習用の剣型の標準装備を手に持って起動する。
「始め!」
号令とともにアリーが駆ける。生身とは思えない瞬発力に、対する綾鷹は身動き1つ取らなかった。完全に迎え撃つ態勢の綾鷹の胴を目掛けて鋭い突きが繰り出された。
たぶん学生の9割9分がその攻撃が早すぎて見えていたとしても対処不可能と認識しただろう。素早く容赦のない突きは、ただでさえ防ぎにくい攻撃だと言うのに、綾鷹は今も涼しい顔でいる。
「なっ……」
躱された。いや、突きの刀身の側面を同じく刀身の側面で触れて、僅かな力かつ少ない動作で焦点を逸したのだ。加えて、綾鷹は右足を前へ、腰を回し、胴を垂直に均し、アリーのがら空きの左手側へと難なく回り込んだ。
綾鷹にはアリーの動きが細部まで見えていたのだ。そして、涼しい顔で対処するだけの技量があった。
(さすがは『極東』の最高戦力ってところか。綾鷹、ああ見えてすごい強いんだよね……)
快活で馬鹿そうに見えるが、綾鷹は『極東』の最高戦力と呼ばれる優秀生である。学力もナギと比べてだいぶ高いため、ナギが綾鷹と付き合っているという事実を真に受けている女子生徒たちは色仕掛けで落としたのだというほどだ。
しかし、相対しているのは『エデン』の最高戦力だ。初撃は綾鷹の存在を『極東』の最高戦力だと認識していなかったアリーの驕りから出たものであるなら、次からの攻撃はもう少し緻密なものになるはずである。つまり、ここからが本当の戦いとなるのだ。
「神宮寺……神宮寺、綾鷹だったか」
「そうだぜ。思い出したか?」
「あぁ……『極東』の最高戦力が同年代だとは聞いていたが。さっきのオレの攻撃を受けて涼しい顔をしていられるんだ。オマエが、その『猿神王』だな?」
『猿神王』とは、綾鷹の本来の能力と、17歳にしては有り余る偉業の数々を讃えて付けられたコードネームである。
綾鷹の本来の強さを知ったアリーの構えが変わる。猪突猛進の如く力強かった印象がガラリと代わり、水面の月のような静けさを醸す。その変貌を綾鷹も感じていた。
それは、まるで湖に1つの波が起きたかのよう。肝心なところで瞬きをしてしまったことを、ナギは一生悔いた。一瞬にも満たない僅かな間に、2度の剣戟が繰り出されていたのだ。2度目のまばたきをしそうになる瞬間、ナギは神業というものを目にした。
刺すようなアリーの剣術は狙い所がすべて急所である。点での攻撃に特化したそれは、対人戦では無類の強さを誇る。ただ単純に防ぎにくいのだ。しかし単純が故に強力でもあった。
練習用の標準装備であるためにこの戦いで死人は出ない。死にはしない戦いであっても痛みはある。痛みがあれば、潜在的に人間には恐怖がついてくる。恐怖は人を萎縮させ、行動を限定的にさせてしまう。アリーの攻撃は的確に痛みと恐怖を与え、持ち前の速度で翻弄し続けるという、人型やそれに属す大きくはない敵との戦闘の最適解を出していた。
アリーの突きが4度、綾鷹を狙う。ほぼ同時に見える攻撃を、なんと綾鷹はすべて躱しきってしまった。見とれただけでも2度、綾鷹は胴を動かさず、持っている剣で狙いを逸らさせる行動しか行っていない。
これが各国の最高戦力同士の戦い。同年代とは思えない洗練された戦いに、観客たちは息すら忘れて見惚れていた。
「攻撃が鋭い西洋剣術か。でも残念だったな。『極東』の剣術は刃を欠けさせないように立ち回るものだから、基本的にいなすことが得意なんだ。見えさえすればどんな攻撃だろうと対応できるようになってるんだよ」
「ちっ、小賢しい」
これでは勝負がつかない。そもそも、綾鷹は1度も攻撃を繰り出していなかった。勝つつもりがないのではなく、相手の体力切れを狙っているのだろう。だが、アリーの体力は底がない。ナギが感じたアリーの体力相当は、底なし沼と同じだ。もちろん、限界はお互いに在るだろうが、それを見届けるには1日では足りないように思える。
それを2人もわかっているようで、感情的なアリーは持っていた剣型の標準装備を投げ捨てた。
「勝負を投げるのか? なら、俺の勝ちってことで――」
「冗談は休み休み言え。オマエは守り、オレは攻め。矛と盾の逸話じゃあるまいし、授業の時間もあまり残されていない。そもそも、オレとオマエはこんなガラクタじゃ本当の戦いとは言えないだろ?」
何がいいたいのか、ナギでもわかった。
標準装備は学生から戦士に至るまで、万人が扱いやすいように造られたものだ。使い勝手がいいと言われればそうだが、逆に言えば標準装備とは尖った性能がないものと言えるだろう。
癖のある人間は標準に適さない。アリーが言いたいことは、尖った自分たちに適した武器でやり合おうということにほかならない。まして死傷者が出ないように調整された標準装備ではなおさらそう思うに違いない。
アリーの胸元からペンダントが見える。金の装飾がなされたルビーのような宝石が埋め込まれたペンダントをかざして、眠った猛獣を起こす。
「目覚めろ、獅子王!!」
虎の威――否、獅子の威を借る。アリーの背に、紅い光を放ちながら獅子が吼える。やがて、それはアリーの体にまとわりつき、武装としての真価を発揮した。
アリーは手招きを加えて、ミステリアスイケメンとして知られる姿からは想像もできない安い挑発を飛び出す。
「抜けよ。オレたちの本当の戦いってやつで決着をつけよう」