親友の手紙
事件が終息して三日が経過した。『極東』は多くの犠牲と、被害を受けたが、《愛を吸う者》の進行を退けた。
ナギは『言の王』の能力の代償として五感のうち三つが機能不全になり、事件の首謀者であるメーヴィス・フェアチャイルドは丸一日眠り続けたのちに目を覚まし、三十人の監視の元、面会謝絶で厳重に隔離されている。
事件から三日を経て、綾鷹とアリーは黒崎颯人に呼び出されたいた。事件の発生と解決について聞かれるのことは容易に想像がつく。
夕日が理事長室に差し込んでいる。赤い逆光で颯人の姿はシルエット化しており、少し見えにくい。
理事長室に入り、二人は隣合わせに立ちながら、机に足を乗っけて寛ぐ颯人の姿を目にした。
「ヨォ、お前たち。ここに呼ばれた理由はわかってるな?」
「先日の事件についての情報提供ですね」
「インヤ、んなことた、どうでもいい。というか、さっきのは一度でいいから言ってみたいセリフってやつでな。呼ばれた理由をお前たちが知るわけがねぇんだわ、これが」
「どうでも、いい?」
ケラケラと乾いた笑いをした後に、つまらなそうに二人を見る颯人は、机の上の足を下ろして、手を組んで顎を乗せて二人に告げる。
「お前たちが嘘をつく可能性もなくはない。犯人であるメーヴィス・フェアチャイルドに有利になる情報に変換して伝えられるかもしれないしな」
「そんな、ことは……」
アリーは口籠る。無論、そんなことをするつもりは初めからない。けれど、そう言われれば、嘘をつかないと断言できる証明をアリーは持ち合わせてはいなかった。
綾鷹は下を向いて止まってしまったアリーに何の感情も持たなかった。あえて言えば、余計なことをしないでくれと願っているくらいだ。
「アリーちゃんを呼んだ目的を完遂する前に、神宮寺――お前の要件を済ませよう」
「はい」
一枚の紙を見せる。
颯人と綾鷹たちとの距離は二メートルほどある。A4の紙に書かれた細かい字を読むには少し遠いと言える。
なので、綾鷹は二歩前に出て差し出された紙を読む。直後、顔を顰めた。
「お前が勝手に『呪い』を解放したことはわかってる。右腕の件もな。残念だよ、神宮寺」
「…………」
「ま、待ってくれ。あの時はそれをしなければ――」
「よって、お前を一ヶ月ナギの半径十メートル以内に近づくことを禁ずる。加えて、神宮寺の財源の四割を差し押さえ、かつ、お前には本日付けから『大帝中華連邦』との会談が終わる一ヶ月の間、毎日十二時間の試験を受けてもらう。拒否権はない。頷け」
アリーは綾鷹が左遷ないし重い処分を受けたと思い、声を上げた。そのように思えるほど、綾鷹の表情は深刻だったのだ。また、自分がそのような立場であったこともあり、助けようと考えた。
しかし、思いの外、処分は斜め上のものだった。
ナギへの接近禁止令は、純粋に颯人と綾鷹の仲が悪いため、単に嫌がらせだ。神宮寺の財源差し押さえは『神宮寺』と『黒崎』の契約について罰則の一つでもある。
毎日十二時間の試験というのは、ナギが五感のうち三つが不能になってしまったことへの颯人の怒りが原因だろう。
颯人のニヤついた表情の強い言葉を前に、絶望色の綾鷹は静かに頷いた。
それを持って、颯人から綾鷹への用件は終了したようで、右手を振ってしっしっと手で払った。
足取りが重く、ゆっくりと出て行った綾鷹の後に、真剣な顔に戻った颯人は、残ったアリーに数枚の写真を見せた。
「これは……なっ」
「三十人の監視の中、メーヴィス・フェアチャイルドが殺された。首を一回包丁のようなもので刺され、加えて心臓も一突きだ。死因は心臓への一突きで間違いない」
「どうして、ヴィスが」
見せられた写真には、赤く染まった医療用ベッドに横たわる親友の姿が映されている。首と胸元は特に赤く濡れており、半分だけ開かれた瞳には生気を感じられない。
奥歯を噛み締めた。怒りよりも悲しみの方が強かった。
メーヴィスの死が全身で捉えられる写真の一枚を見続けているアリーに、颯人は言葉を続けた。
「殺されたのはメーヴィス・フェアチャイルドだけじゃない。分隊長を務めていた師団員の子供も自室で、自殺のように巧妙な偽装がなされていた。現在第一師団の団員は、団長であるお前だけだ」
わずか三日で生き残った師団員がアリーを除いて全員殺されていた。その事実を伝えられて、アリーは愕然となる。
涙も流れない。声も出ずに、崩れたアリーは膝をついて床の一点を見つめたまま動かなくなる。
颯人は追い討ちをかけるように、一通の手紙を投げ捨てた。
「病室にて、メーヴィス・フェアチャイルドがお前宛に認めたものだ。死ぬ直前に監視人が受け取っていた。監査は行っていないが持って帰っていい。念のために言っておくが、俺も中身については知らない」
クシャッと、捨てられた手紙を握って胸まで引き寄せる。けれど、いまだに涙すら流れやしなかった。
「これは確定事項ではないから、はっきりとは言えないが、お前の師団員を殺害したのは《ピンディーラー》だ。それも、幹部クラスのな」
「そう、ですか」
「…………あー、なんだ。大丈夫か?」
「ええ。オレに被害はありませんので」
「そうじゃ……はあ、ナギの見舞いに行ってこい」
何かを察して颯人が嫌そうに告げた。咄嗟のことでアリーも首を傾げている。
頬を掻きながら、颯人は何かいい言い訳がないものかと考えているよう。そうして、思いついたらしく口を開く。
「本意じゃないが、俺は仕事で忙しくてな。『大帝中華連邦』にもうすぐ到着することもあって、業務が四方八方からやってくるもんで、マイスイートベイビーに会えないんだ。だから、俺の代わりにお前が見舞いに行ってこい」
「今は、そんな気分じゃ――」
「黙れ。これは命令だ。『極東』にいる限り、俺の言葉は絶対だ。断ることは許さねぇ。お前の選択肢は『イエス/はい』だ。わかったら行け。今すぐ行け。走って行け」
再び、しっしっとまるで邪魔だと言わんばかりにアリーは追い出される。悲しみで立ち上がるのすら困難だったが、少しずつ前へ進んでいく。
『学園』から病院までは距離がある。夕日が傾いている。面会時間までに向かわなければ、あとで颯人になんと言われるかわかったものではない。アリーの足取りは少し早まった。
急ごうとする心とは裏腹にアリーの右手に握られた手紙は、少しだけ濡れていた。




