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潔白王子に気をつけて

「あーもう。なんで一限から戦闘訓練なんだよ……朝一の体育よりも面倒じゃないか!」


 唸るナギはひとり、教室にカバンを置いて、必要な荷物を手に持って廊下を駆けていた。もちろん、遅刻は免れぬ時間である。


 走ったところで変わりはしない現実ではあるものの、汗の一つでもかいていれば、あるいは温情を駆り立てられるかもしれないとの考えで足早に急いでいるのだ。


 『学園』では大きく分けて3クラス存在する。戦闘能力の低い者たちを裏で働かせるための『諜報クラス』。前線での運用を主とする『戦闘クラス』。官僚や各地の管理者との情報を円滑に進める中間管理職としての扱いである『雑多クラス』。


 主に最後のクラスにおいては命名が雑ではあるもののその役職は多岐にわたる。したがってそのクラスに所属している人物らはみな一様に戦闘、諜報、コミュニケーション能力の全てが最優秀と評されている。


 戦闘能力の代わりに頭脳が最優先される『諜報クラス』に、おバカでかつ戦闘能力が皆無と評価されているアルテミスが配属されており、ナギ及び綾鷹の所属しているクラスは戦闘がメインの『戦闘クラス』である。ただし、ナギはそれに不満を覚えているようであるが。


(世界を終わらせた獣と戦うなんて、ボクじゃ1秒も持つわけないじゃないか、まったく……)


 吐き捨てられる言葉は、思わず涙とともに出ていきそうだった。

 世界を終わらせた獣と戦える戦えないに関わらず、模擬戦闘訓練に遅刻すると、教師は凄みのある声で怒鳴ってくるのだ。


 惨めさと面倒くささで涙が出てしまうことくらい許してもらいたいと思うのも致し方ないだろう。


 世界を終わらせた獣――いわゆる『7匹の獣』とは、人類から食物連鎖の頂点を奪い取り、人類の存続を無視して終末世界の創造を完遂した七体の化け物のことを指す。


 人類では討伐不可能な能力を有し、永遠に近いとも言われる寿命を持ち、なおも世界の侵食を止めない究極の生命体。人類の最終討伐対象である。


 時は移ろい、世界が変わろうとも人類は未だに戦争をやめられていない。ただ、標的が人類から化け物に変わっただけで。


 『7匹の獣』と戦うための戦士を作り出すことが、ナギが通う『学園』の目的であり、したがって模擬戦闘訓練とは必要不可欠な授業内容となってる。


 この授業での成績は、『学園』での成績の中で最も重要視されていて、かつナギはこの授業で最下位以外取ったことがなかった。


 気に留めるくらいで口出しはしないが、ナギが加わったチームおよび個人戦は必ず敗北することから、《完敗の女》と裏で呼ばれていることをナギは知っている。悲しいことではあるが、当然な評価だと肩を落とす。


「苦手なんだよ、戦闘とか……」


 足を止め、つま先から順に上を見ていく。控えめな胸と肉付きの悪い尻を除き、どこもかしこも柔らかそうで、見るからに筋力不足が測れる。それはもう、無意識にため息に加えて肩を深く落としてしまう程に。


 変わらぬ事実として女子は男子と比べ、筋肉がつきにくい。

 つまり、女子が男子より強くなれる可能性は、同じ訓練をしている限りほぼない。女子の中でも、ナギはさらに弱い。筋力量、持久力、あらゆる戦闘面での必須事項がか弱いのだ。


 もちろん、努力をしていないわけじゃない。人並み以上の努力をしているにも関わらず、まるですべてのステータスがカンストだと言わんばかりに芳しくない。


 頭脳もアルテミスよりは上で綾鷹よりは下で中の下だ。『学園』および『極東』を管理する黒崎家の次女とは思えないと、裏で噂されるほどにナギは落ちこぼれであった。


 だから、ナギは模擬戦闘訓練が大嫌いだ。結果の伴わない努力をしているようで惨めになるのだ。


 ただ陰口を叩かれるのにはもう慣れた。

 しかしながら昔からのこととはいえ、やはりいい気分はしない。そもそも、ナギが戦闘メインのクラスに配属されたのは、『学園』側の意見と、颯人の強い命令からだった。


 いじめだと嘆いた日々もあったが、生き抜く術を学ぶためだと予想して、なんとか惨めさを紛らわしていた。


 ナギが颯人のことをクソパパさまと呼ぶのもそのせいだ。いわゆる精一杯の仕返しなのだ。無論、颯人に指摘されればすぐさま呼び方を直してしまうが。


 これも修行、と。ナギは沈んでいく心を持ち上げようと深呼吸をした。

 それでも情けない思いは溢れ出す。


「しかも、その授業で遅刻とか……」


 別クラスのアルテミスは自分の教室へ向い、同じクラスの綾鷹は颯人に連れて行かれたため、実質的に怒られるのはナギだけだ。


 しかも、模擬戦闘訓練は制服では受けないので、更衣室で着替えなければならない。時間がないというのに時間がかかることが残っている。


 一日で何度深く肩を落としたかわからなくなるが、落ち込んでいても時間は巻き戻らないため更衣室へ向かい、沈んだ気分では重すぎるその扉を開く。


 すると、ナギ以外にも遅刻者がいたようで、着替えている最中の人がいた。いつもなら安堵するところだ。だが、今回ばかりは大手を振って喜べることではなかった。


 突然だが、この『学園』には二大イケメンが存在する。

 一人は非常に遺憾ではあるが、名家と名高い神宮寺家の次期当主である幼馴染、神宮寺綾鷹だ。


 もうひとりは、世界の警察を名乗る空中国家『エデン』の最高戦力、《アルストロメリア》第一師団団長、アリエル・バート。


 綾鷹が誰にでも分け隔てなく接する爽やか系イケメンで在るのなら、アリエル・バートはミステリアス系のイケメンといえよう。


 赤い髪に赤い瞳、怒っているようにも思える凛々しい表情で、凛とした立ち居振る舞い、加えておふざけで触れようとする男子を容赦なく医務室送りにしたことから、《潔白王子》という異名がある。


 なぜ、このような解説が入ったのかと言えば、今、ナギの目の前にその《潔白王子》がいるからである。


「…………うそぉ?」


 透き通るような白い肌。柔らかそうな物腰。細く適度な筋肉が付いた足。肩は髪の色を移したように朱に染まっていき、まるっとしたお尻と、本来あるべきがない。


 ナギはこの日、虎の尾を踏んでしまった。いや、もしかしたら、獅子の尾だったかもしれない。

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