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屋上の天使

 『学園』の校舎の大部分が突如発生した『龍』により崩壊した。そんな校舎の普段は危険だからという理由で閉鎖されている屋上に片翼の天使が瞬きの間に戻る。その彼を支えるように美女が手を伸ばしていた。


「おかえり」

「あぁ、ただいま」


 片翼の天使――《フォリヴォラ》としての能力、《右翼の天使》を解放した黒崎颯人は愛する妻の言葉に笑みと言葉を持って返す。


「綾鷹君の最後の攻撃、なんだか颯人と同じように見えたんだけど、何かした?」

「万が一のために二度、《右翼の天使》の攻撃を見せておいたんだよ。神宮寺の麒麟児なら、『目』や『脳』と違って、見て覚えるや考えて覚えるっていうめんどっちーことしなくても、二度同じ攻撃を喰らわせてやれば体が――腕が覚えてくれるからな。ま、今日のことを見ればやっておいて良かったよ」


 『目』や『脳』というのは、解明がなされていない極秘の《Kパーツ》の能力のことだろう。その差異も理解しているからこそ、綾鷹に最近二度も死ぬかもしれない攻撃を喰らわせていたのだ。

 ナギの予想は皮肉にも的中していたことになる。


 砂塵と化した『龍』に一瞥を向ける颯人の意識には、僅かに我が娘を預けている少年のことがある。

 しかし、それらを忘れるように頭を振り、握った手に集中する。手には脈動するねじれた種があった。


「それが『種子』?」

「少し違う。同じ『種子』でも、これは『突然変異種』だ」

「変異種ってことは、北極の本体とは違うってことだよね? 本体よりも強そうに見えたけど」


 実は、颯人と美咲はナギたちの奮闘をはじめから見ていた。いざとなれば手を出す算段だったようだが、どちらかというと愛する娘の観察よりも、『龍』の行動の把握を目的としているように見えた。

 ナギたちの奮闘の末に、最後は反則だったとしても勝利を収めた。


 砂塵化に荒れ狂う『龍』が沈黙する瞬間を見計らって颯人は《右翼の天使》によって世界が記憶する一秒の定義を引き伸ばして、ほとんど静止した世界の中で、『種子』の一つを盗んできたのだ。


 かつて本物の『種子』を見たことがある颯人は、本物との違いを知っている。今回、颯人が手に入れた『種子』は本物よりも二回りほど大きく、捻れたような種皮をしている。


「だろうな」

「……?」


 マジマジと『突然変異種』を見る美咲に、颯人はそれをポケットにしまって視線を切る。


「『エデン』『極東』の最高戦力と『右脳の持ち主』、『呪い持ち』とは、俺の娘ながらこれまた大物を仲間に引き入れたもんだな。惚れ惚れするぜ、マイスイートベイビー」

「バカ。本当はすぐにでも助けに行くって話だったのに、結局最後まで傍観して、美味しいところだけ奪ってくるなんて」

「仕方ねぇだろ? あいつら、『突然変異種これ』の重要性を全く分かってなかったんだから。完全に消え去る前にこれの回収だけはしておきたかったんだよ」


 深い息を吐いて呆れて物も言えない美咲は、振り向いて数歩前に向かう。颯人も追おうとしたが、振り返った美咲が颯人のポケットを指さした。


「それで? 『種子』はどうするつもりなの?」

「そいつぁまだ言えねぇな」


 バチコンと颯人の頭が弾かれた。

 美咲に叩かれた颯人は叩かれた場所をさすりながら「冗談じゃないか」と忌ごとを口にする。しかし、『極東』の最も安全な『学園』を半壊されたことに加え、愛する娘が死んでいたかもしれないと思えば、美咲の怒りは最もだろう。


 それを考え直して、颯人はこの場で美咲の問いに答えられない理由を話す。


「まだ唐鐘麟太郎あいつの領域内だ。最後の一瞬――俺が《右翼の天使》で一秒の定義を引き伸ばしたとき、あいつだけは俺があの場に現れたことに気がついていた。きっと、今頃密かに領域を広げて…………ほらな、言わんこっちゃない」


 視線を落とした先に、一輪の白玉星草が芽吹いていた。それに触らぬように颯人は飛んで美咲を抱き上げた。颯人と美咲が先ほどまでいた屋上にはすでに足を踏み入れる場所は無くなっていた。

 麟太郎の疲労の真の原因はセーフティーゾーンを作る傍らでどこかへ消え去った颯人が校舎のどこかにいるかもしれないと領域を薄く広げていたのだ。


 美咲もようやく理由がわかったようで、驚きよりも感心が勝った声を聞かせる。


「すごいね、もう完璧に使いこなせてるんじゃない?」

「そりゃあ、右脳があいつに渡ってもう十年だからな。驚くことでもないだろ」

「それでもすごいよ。でも、少し悲しいね」


 キュッと颯人の服を握った美咲は、内心の声を吐露した。

 右脳――つまりは麟太郎の能力が向上すると言うことは、能力が向上するまで使っていると言うことに他ならない。それは同時に、子供に戦いを強制しているのだと、認めることになってしまうのだ。


 子供に責任を負わせようとしている。それを知って、美咲は悲しんでいた。

 そんな妻を見て、頬を摘んだ。


「……なに?」

「今日は嬉しい出来事が起きたんだぜ? 悲しむ必要なんてないさ。それよりも、マイスイートベイビーがやるべきことをやったんだ。俺たちは俺たちのやるべきことをやろうじゃないか」

「そ。じゃあ早く行かなきゃね、『大帝中華連邦』へ」


 うなずき、颯人の背に生えた右翼が羽ばたく。滞空できる原理は不明だが、それよりも再び瞬間移動のように消え去ったのは不気味と言わざるを得ない。


 遠くで勝利の歓喜が沸いている。

 気持ちのいい潮風が靡いた。多くの犠牲を出しながらも、人類は『七匹の獣』に対し、人類史上初の白星を挙げたようだった。

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