運命の三秒
「予習もない。情報は不確定で、やろうとしていることは無謀極まりない。正真正銘の一発勝負で、失敗はすなわち僕たちの死――ひいては世界の終わりを指している。さあ、腹を括りたまえ。オール・オア・ナッシングだ。お嬢の願いを叶えに行こう」
「え、全部、ボクのせいにするのやめてもらってもいい?」
もしも失敗すれば、全責任をナギに押し付けられるようなセリフに過剰反応を起こす。焦るナギと裏腹に、この場の誰もがそのやりとりにクスクスと笑っていた。
対面するは校舎よりも少し大きいと思えるくらいに成長した『龍』。迎え撃つは年端もいかない子供が五人だ。麟太郎の言う通り、無謀甚だしい。
しかし、誰も無理だとは口にしなかった。思ってもいない様子だ。無論、できると確信を得ているわけでもない。ただ、この五人で出来なければ、もう仕方ないと考えているようだった。
地面を抉りながら大きな口で『感染者』たちを数体喰らっていく。どこまで増殖するのか検討もつかないが、『龍』が発生して、おおよそ一三分が経過していた。
麟太郎の予測が正しければ、これ以上時間を掛けるのはよろしくない。
「お嬢、準備はいいかい?」
「…………」
一同に一瞥する。みんなナギの覚悟を待っていた。
どうやら、覚悟を問いかけるナギこそが真に覚悟を決めかねていたらしい。自らの決して大きくはない胸に手を当てて、一つ呼吸を置く。
吸った空気を全身に行き渡らせてから、それを吐き出して、決意を言葉にした。
「よし。やろう、みんな」
一斉に首を縦に振り、先行のアリーと綾鷹が駆け出す。
綾鷹は右の親指を自身の胸元に突き刺して何かを注入した。その直後、綾鷹の体の筋肉が増長するのが見えた。
綾鷹の右腕、《猿神の銀腕》の能力は五指それぞれで異なっている。
人差し指は光速にわずかに届くほどに早い突きによる綾鷹が持つ最速の攻撃を繰り出し、中指は突き刺したものを必ず死滅させる。
薬指は生きているものをどのような状態であろうとも完治させ、小指で交わした指切りは綾鷹の命を対価とした誓いになる。
そして、今回胸元に突き刺した親指の能力は、単純な身体強化だ。ただし、強化効果は筋力の増強と強靭化、鈍痛、思考加速に至る全身至る所の強化となる。その代わり、強化効果の持続時間はわずか三分で、効果が切れると激しい頭痛と四肢の無能化を引き起こす。
強化されゆく綾鷹を見たアリーが、引いた表情で軽口を告げる。
「ゴリラだな」
「お前まじで引っ叩くぞ⁉︎」
緊張は見られない。どこか諦めているような雰囲気だ。さりとて、勝負を投げ出したなんてことはない。目の前の巨大な怪物と戦うことから逃げることを諦めた様子だ。
(ホント、みんな頭のネジが外れてるとしか思えないよ。……まあ、それはボクにも言えることだけど)
パンッと拍手をした麟太郎のおかげで全員の気持ちが引き締まる。そして、前衛の二人が接敵した。
「遅れるんじゃねーぞ。合わせろ、イケメン野郎」
「オレにキミが合わせるんだよ、ハゲタカ」
今まで見てきた戦闘より三割ほどパフォーマンスが向上しているアリーの速度は、人類の希望たる《Kパーツ》を持つ綾鷹よりも遥かに早かった。
初めに『龍』に接触を行えたのはもちろんアリーだった。硬そうな『龍』の喉元へ見事な蹴りを見舞う。思ったよりも柔かったようで、アリーの蹴りは膝まで『龍』の体内まで飲み込まれてしまう。
しかし、心配する必要はなさそうだ。そもそも、アリーは足を『龍』の体の中に突っ込むことにあったらしい。腕に生えていた金紅色の爪は流動体に戻っており、体を這って足にまわっていた。
想像と違う形で飲み込まれたが、これで目的は達せられたことになる。
「“レオ・レグルス”‼︎」
足を這っていた金属流体が『龍』の体内で花開く。それらは薄く広い無数の刃のように『龍』の中で広がっていき、やがて『龍』の頭部は首元から飛散した。
苦しむ暇もなかった『龍』の首が落ちてくる。
それでも攻撃は収まらなかった。
「今だ、ハゲタカ‼︎」
「俺の名前は、綾鷹だ、こんちくしょう‼︎」
首元から足を引き抜いて、アリーが自由落下する。それと入れ替わるように綾鷹が飛んでいた。右人差し指を立て、腕を引き、まるで剣道の突きをするような体勢でそれは行われる。
空気を裂くような乾いた音が三度響いた。
おそらく光速に達した突きが命中した音だ。見れば『龍』の両肩が抉られ、胸部までもが巨大弾頭に貫かれたように消え去っていた。
おおよそ人間の筋力では耐えられない速度と強度の攻撃だった。
けれど、綾鷹に外傷は見受けられない。筋力増強を行っていたからというのも確かにあるが、《Kパーツ》を二つも所持するという世界でも類を見ない稀有な存在である綾鷹は、そのせいで《Kパーツ》の身体能力向上の恩恵を単純に二倍も得られているのだ。
二人の攻撃で『龍』の体躯の三分の一が消え去った。されど、本体であるメーヴィスの顔がかろうじて浮き出ているだけという結果だ。まだ足りなかった。
滞空から落下し始める綾鷹が上着を脱いだ。
「見様見真似、猿真似ってな‼︎」
着ていた上着を腕を振って丸め、玉のようにする。それを空中で振りかぶって見せた。
まさかと、一同が呆れる中、ナギには薄い期待がある。
(綾鷹は二度、クソパパさまの雑巾攻撃を受けているから、大丈夫)
綾鷹の両腕には副作用的能力がある。と言っても、これは両腕が綾鷹に宿ったことで新たに知られた事実ではあるが、綾鷹は一度体験した技を体で覚えてしまう。否、腕が覚えてしまうのだ。
見て覚えるのではなく、脳で覚えるのでもなく、あえて受けることによって覚えてしまうのは、デメリットのように見えて最大のメリットになりうる。
(まさか、このことを予期してフォリヴォラの能力を綾鷹に喰らわせたわけじゃないよね?)
あの父親ならやりかねないと、ナギは身震いした。
落ちゆく体で腰に力が入るとは思えないが、綾鷹は持ちうる全ての力を込めて投擲する。すると、先日見たまま、目にも止まらぬ投石は、叩くような乾いた音ではなく、鉄球クレーン車の一撃のように重く鈍い音と共に、『龍』の体の残り半分を吹き飛ばした。
「っしゃぁぁぁぁああああ‼︎」
メーヴィスの上半身がうまく露出した。ぐったりとしているところから気を失っているようだ。
喜びながら落ちてくる綾鷹の背を見つつ、ナギは麟太郎に肩を叩かれ、合図を送られた。
「ここからはお嬢の出番だよ」
破壊された肉体が修復を始めている。思ったよりも修復が遅いようだ。おそらくは、本体の露出が原因かもしれないが、そのような考えは麟太郎の仕事であるとして、ナギは己の仕事に集中する。
言葉は武器だ。見えぬナイフともなり、不意の一撃になりえる。『言の王』は他人に影響を及ぼす精神的に強固な言葉を操る。実際は、命令や勇気づけ、意思決定権の操作など、洗脳に近いものかもしれない。
しかし、それでもいいと、ナギは口を開く。
「“再生を止めて”」
聞こえる聞こえないなど関係ない。ナギが選んだ意思を持つものは、この言葉から逃れることは不可能だ。たとえ耳を潰そうと、意識を失っていようと、脳に致命的な欠損があろうとも、意思さえあればこの言葉は有効になる。
ゆえに、『龍』は再生を止めた。そして、運命の三秒が始まる。
「ここからは僕の仕事だ」
一秒――
花が咲く。金平糖のような可愛らしい花が地面を、人を、『龍』を、建築物を、あらゆる全てを侵食していく。
二秒――
麟太郎の右脳が多角的に全領域の解析を同時に始めていた。『龍』の内部構造。メーヴィスの体内状況。『種子』の行方。問題の解決方法。
左手の親指と中指が合わさる。
三秒――
フィンガースナップが鳴る。瞬間、手前の白玉星草とメーヴィスの肉体とが入れ替わった。
『金平糖の王冠』の能力は推測の域を出ないが、端的に語るなら領域内の人の位置を入れ替えることができる。それが一段階目の能力。
二段階目の能力はさらに詳細になる。入れ替えるものを分子レベルで設定可能になるのだ。曰く、支配した領域であれば別次元であろうとも転移の標的となり、たとえば別位相の存在の心臓のみを転移させることも可能だそうだ。
つまり、この場合は『種子』に汚染されたメーヴィスの肉体を、体内の『種子』を除いた状態で転移させたのだ。
『種子』を持った本体を失った『龍』の体の再生が復活する。おそらく、意思を持っていたメーヴィスを失ったことで意思なき化け物へとなり、暴走を起こしたのだ。
弾け落とされた首の一本が未完成ではあるものの復活し始めている。
「そして、最後は君の出番だ、バカ猿の妹」
「そろそろ名前を覚えてほしいなぁ……」
呆れるように首を横に振りながら、スタスタと暴走する『龍』の元へアルテミスが歩いていく。本来であれば危険だと誰もが叫ぶはずだが、『呪い』を解放されたアルテミスにそんな言葉を言うのは、圧倒的な戦いの前に気絶した師団員くらいだろう。
完全に復活した龍の顎がアルテミスをぐちゃぐちゃに噛み潰すために迫る。
(同情するよ、ホント。相手がアルスなのは、正直反則だ)
ガラスの大顎がアルテミスにかぶりつく。しかし、アルテミスに傷一つない。代わりにガラスの巨躯がサラサラと砂塵になって崩れていくのが見えた。それに抗うように崩れた傍から再生を始めようとするが、砂塵化する方が断然早かった。
「無神論者のアタシが、あなたのために祈ってあげる。だから、ぐっすりとおやすみなさい」
抱きしめるように手を伸ばす。触れられたところからさらに砂塵化が進んでいく。嫌がる『龍』だが、もはやそれすら手遅れだった。やがて、完全に回復速度よりも砂塵化の方が優っていく。
最後には、内から弾けるようにして、多少の土煙を上げながら『龍』は永久の眠りについた。
全てを終えて、ふっふーんと胸を張っているアルテミスは、やってやったと上機嫌だ。
「ふぃ〜。お疲れさん、アルス」
「あやっちもね〜」
ハイタッチをしたい気分に駆られた二人だったが、『呪い』の封印を行う前にすれば砂塵になるため咄嗟で憚れた。どうやら二人は今から『呪い』の封印を早速始めるようだ。
ナギは助け出したメーヴィスのそばにいるアリーの肩を叩き、喜びを分かち合った。
目前の死から逃れようともがく『龍』は校舎に体をぶつけ、木々を薙ぎ倒し、地面に転げながら必死に抵抗している。だが、その抵抗も虚しく、最後は砂塵へと変わり果ててしまった。
その様子を最後まで見ていた麟太郎は最後の一瞬に違和感を覚える。砂塵と化した『龍』に近づき、あたりを見る。そこに落ちていた不自然に白い羽根を手に取って、不敵に笑う。
「どうしたの?」
「いいや、なんでもない。僕たちの勝利だ」
麟太郎の様子が気になって声をかけたナギに、今の違和感を捨てるように首を振った麟太郎は、長い戦いの終止符を告げる。
当然、四人の歓喜の声はグラウンド中を駆け巡ったそうだ。




