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進化途上の『龍』

 残った『種子』の全てを自らの体に打ち込んだメーヴィスは異形の存在へと変わり果てた。しかし、他の『感染者』と違い、どこか苦しんでいるように見える。それはおそらく《愛を吸う者(コフュート)》が人に寄生できる最大数が一体だからだろう。


 『七匹の獣』についての情報はあまり詳細にわかってはいない。《愛を吸う者》に関しても無尽蔵な『増殖力』と痛覚喪失による『強靭さ』くらいが一般公開されている程度である。


 問題はメーヴィスの異形化だけには止まらない。謀反を起こした師団員によれば、《誘惑の角笛》で操作不能な『感染者』が仕込まれていたらしい。それが綾鷹が争っていた第二波なのだろう。

 要するに、この場を収めるにはメーヴィスの沈黙と、全ての『感染者』の停止と、はちゃめちゃな難易度に早変わりしたことになる。


「これは……困ったね」

「困ってる暇があったら手伝えよ! そろそろ俺一人で抑えるの厳しいんだが⁉︎」

「黙れ、バカ猿。そしてあれを見ろ」

「なっ、誰がバカ猿だ! ――うわぁお」


 思わず『感染者』を殴る手を止めて、感嘆の声を出してしまう。

 一人で『感染者』の相手をしていた綾鷹を除き、この場の全員がメーヴィスの姿を見ていたのだが、そのメーヴィスに動きがあった。


 ガラスの茎が頭を覆って三つの蕾が花ではなく三つ首のツノの生えたトカゲのような形へ、右腕に巻きつくと鋭い爪をもつ爬虫類の手へ。左足に巻きつくと二回りほど太くなって地面を割る。

 だが、最も驚いたのはメーヴィスだったものが『感染者』をとらえ、右腕で花を掻っ攫うと、それを頭が飲み込んだ。すると、再び茎が体を覆い出す。今度は左腕をガラスの茎が犯す。


 それが三体、五体、十体と食われていき、喰らえば喰らうほどにメーヴィスの体は進化を遂げていく。


――それは、まさしく『龍』だった。


 山羊のツノを持つ三つ首の龍。鱗はないが、全身をガラスの茎が覆い、太い尾を二本揺らし、背には茎で形成された翼が三組羽ばたいている。

 その変貌に、ナギはもちろん、『エデン』と『極東』の最高戦力は見惚れてしまっていた。


「まずいな」

「うん、まずいね」

「麟太郎もナギも、惚けてる場合か⁉︎ どーすんだよ、あれ! あんなの見たこともねーぞ⁉︎」


 見たこともない。当然だ。前時代の力の象徴たる『龍』など、終末後の世界では語られることすら珍しい。神話に縋るよりも明日を生き抜く兵器に縋った方が健全だからだ。

 踏み鳴らす大足と烈風を起こす翼、島を揺らすほどの咆哮は人の心を折るには十二分すぎる。あれをどうにかしなければならない。非力な人間の分際で、前時代の神話の力である『龍』を、この場にいるたった数名で。


 メーヴィスを止められなかったアリーの肩を握る。メーヴィスに視線を向けたまま、気が付いていると思われるアリーに問いかけた。


「あれ、どうにかできたりする?」

「おいおい。冗談も大概にしてくれよ、ナギ。あれは……人類未到の大災害、『七匹の獣』が一体、《愛を吸う者(コフュート)》そのものじゃないか……」


 生唾を飲み込んだ。誰もがもう疑いもしない。

 なおも『感染者』を食べて肥大化する『龍』こそが、世界を終わらせた獣の一体だ。まだ誰も討伐したことはないと言われる最悪の獣そのものだった。


 空気が痺れる。それらが肌を伝って人には恐怖に変換された。師団員は震えて腰が抜けてしまったようで、『龍』を見つめたまま呆然としている。アリーはどうにかできないかと視線は動くは苦虫を噛み潰したような顔で芳しくないことは察せる。


 綾鷹は、再び『感染者』の進行阻止に動くが、どうやら先ほどの『龍』の咆哮は『感染者』たちの標的を自分に向けるためのものだったらしく、ほとんどの『感染者』はナギたちではなく、『龍』へと走り出していた。


 そんな誰もが絶望している最中、金平糖の冠を持つ麟太郎だけが冷静な判断を下した。


「あれは、『エデン』の最高戦力である『獅子王』の身内か、何かかい?」

「え? そ、そうだよ。メーヴィス・フェアチャイルド。アリーのメイドさんだけど」

「そうか。では、君のことだから、助けたいと願うんだろう?」

「そりゃあ、できるならそうしてあげたいけど……」


 果たして、そんなことが可能なのだろうか。

 あんな絶望が形を成したような存在と戦って、勝つことすらままならなそうだというのに、言うに事欠いて助けようなどと、無謀な望みもいいところだ。


 三つ首が次々と『感染者』を食い散らかしているのを指差して、麟太郎はさもできて当たり前だと言わんばかりに思いついた作戦を説明する前に、現状把握を行ない始める。


「まず持って、『龍』を止めることは絶対条件だ。この場合、あのバカ猿が必死にやっている『感染者』の進行阻止は無視しても構わないものと言っていいだろう」


 「あんだと」とほのかな怒りの感情を見せつつ忙しい返事を返した綾鷹を完全にいないものとしている麟太郎に、ナギは苦笑い。

 それよりも急いで話を続けた麟太郎を見るに、先ずこの作戦には期限が存在するのではないだろうかと予想する。


 『感染者』を喰らって肥大化する『龍』。

 人類未到の『七匹の獣』の一匹である《愛を吸う者》。

 現戦力は、『エデン』及び『極東』の最高戦力と、『星糖花』と呼ばれる《Kパーツ》保有者。それに加えて『言の王』として目覚めたナギ。


 いったい、これだけの情報で麟太郎は何を思いついたというのだろうか。

 冷静さを欠けない麟太郎は、構築済みの作戦を口にする。


「これは予想だが、肥大化する『龍』は未完全だ」

「その根拠は?」

「喰らうことで肥大する、し続けているということは、強くなる途中段階と考えられるからだ」

「……それで、りんくんが思い付いた作戦は?」


 話を聞くだけ聞いたが、およそナギの脳みそでは理解できそうもないことだったために、単刀直入に結論を聞くことにした。

 それを察した麟太郎は嘆息すらせず、今も『感染者』と戦っている綾鷹の首根っこを掴んで引っ張る。そのせいでバランスを崩した綾鷹が尻餅をつく。綾鷹が対処をしなくなったことで、『龍』に向かわなかった『感染者』がナギたちを襲うために大口を開けて飛び込んできた。


「咲け、白蛍」


 しかし、それらは一瞬にして消え去った。

 ナギの生足を擦るように足元に何かが生まれた気配がして、その場で足元を見ると、そこには白玉星草の群生が出来上がっている。同時に、直前から麟太郎の頭上の王冠が光を放っていることから、これが麟太郎の仕業だと思って安堵した。


 これは市民を避難させるときの状況とまるで同じだ。この花が咲いたあと、市民たちの姿が一瞬で消えていたことから、この花が咲いた場所にいる人物を瞬時に移動させる能力なのだろう。


「《Kパーツ》の第一段階を解放して、簡易的だが強固なセーフゾーンを構築した。これで滅多なことでは襲われることはないだろう」

「ってーな。引っ張るなら引っ張るって言えよな」

「バカ猿に人類の言葉が通じるとは思わなかったから、実力行使したまでだが?」

「お前……こういう状況じゃなかったらマジで喧嘩してたところだぞ」


 犬猿の仲というパッシブ効果でもあるのではないかと呆れるナギに代わり、アリーが前に出た。これでこの場の戦力たる戦力が勢揃いしていることになるが、どうやら麟太郎の中では一人欠けているらしい。

 あたりを見回す麟太郎は、確認事項としてまだ尻餅をついている綾鷹に問いかける。


「バカ猿の妹はどこだ?」

「あぁん? 知らねーよ。何事もなければ対策本部が建てられた放送室にいると思うけど」

「……なるほど、念のために聞くが、『呪い』は解放済みで間違いないな?」


 麟太郎の言う『呪い』とは、この場ではナギと綾鷹、そして麟太郎だけしか知らないアルテミスが持つ特殊な能力のことを指している。ゆえにアリーは何の話だかわからずに首を傾げているが、その意味を知る綾鷹は首を縦に振った。


 それを見て、麟太郎は頭が痛いと人差し指でこめかみを押さえてしまった。


「あー、うん。何かあった時に自分で対処しろって、解放はしたけど……それが何だよ?」

「実は対策本部があると考えられた放送室へ、避難者収容施設を探すついでに、僕も後で向かったんだ。そうしたら本部は壊滅状態だった」

「アルスは大丈夫だったのか⁉︎」

「バカ猿の妹と思われる死体はなかった。ただし、砂塵の山があった」


「「…………」」


 綾鷹とナギの表情が頬を引き攣らせたまま固まった。

 埃に弱い機器が多い放送室は毎日綺麗に掃除がなされている。少しの埃が残っているのはこの際仕方がないとしても、間違っても砂塵の山があるわけがない。考えられるのは、アルテミスの特殊な能力――全物質の砂塵化だった。


 詳細はよく知られていない。ただ、アルテミスはその柔肌で触れた全てのものを砂塵化させるという『呪い』をかけられている。普段は綾鷹が、その『呪い』を封じているのだが、『能力』が解放されたアルテミスは自らが着ている特別な素材で編まれたシスター服以外を砂塵と化してしまう。


 おおかた、放送室にあった砂塵の山とは、アルテミスの能力で作られた機材だったものか、或いは人だったものだろう。


 急に綾鷹が頭を抱えて唸った。

 考えてみればわかる。後に訪れるであろう方々からの説明要求や、今回の事件の顛末についての報告が面倒くさいと嘆いているに違いない。


 ナギはもちろん、麟太郎にもそのような役目はないため、まるで心配はしていなかったが、綾鷹は『神宮寺』の跡取りで、統治者のいない場合に限り全権を譲渡されているから、色々と込み入った話になるのだろう。


「ともかく、僕の考えた救出作戦にバカ猿の妹が必要だ。考え得る行き先を言え」

「つってもなぁ……俺を追いかけて校外へ出たかもしれないし、まだ校舎内かもしれないし……」

「ちっ、使えない猿め」

「ねえ、俺の扱い酷くない? 大丈夫? 泣いていい?」


 案外心が弱い綾鷹は、これからの面倒さも相まって本当に参っていた。

 そんなものをまたしても無視した麟太郎は、右手を地面に触れて集中する。加えて、恨言を吐き出しながら。


虱潰しらみつぶしは時間がかかるんだ。この時間がない時に……これだから神宮寺の奴らは」


 ブワッと花が舞う。波紋が広がるように増えていく白玉星草の領域を眺めていると、わずか数分後にナギの頭上に悲鳴が響いた。

 見上げたナギの視線に映ったのは、ボロボロなシスター服を着たアルテミスだった。けだし、市民を避難させた時のようにどこかにいたアルテミスをこの場まで転移させたのだろう。


 もちろん、そこそこの高さのある位置に転移させたのは、手間をかけさせられた麟太郎の嫌がらせのほかないが。


 どれほど特殊な能力を持っていると言っても、他の人と例外なく重力が働くアルテミスの体が落ちてくる。しかも、ナギに向かってだ。

 現状のアルテミスは『呪い』が発動しているため、素肌に触れたら人であろうとも物質は全て砂塵にされてしまう。ゆえに、咄嗟のことで動けなかったナギを綾鷹が、アルテミスの『呪い』を知らずに落ちる彼女をキャッチしようと手を伸ばすアリーの首根っこを麟太郎が掴んでアルテミスの落下地点から離す。


 その数秒後、ある程度の質量がある重い音が落下地点から鳴り、視界に映っていた人物たちが助けてくれなかったことに怒るアルテミスが顔を上げる。


「なんで助けてくれないの⁉︎ ねえ、何で⁉︎」

「今のアルスに触ったらみんな砂塵になっちまうだろ」

「少しはその足りない脳で考えてからものを言いたまえ」

「うわーん。なっちゃん、このクズどもがアタシをいじめるんだけど!」


 仲睦まじい光景だが、今はそれどころではないと、ナギは頭を悩ませる。

 およそ麟太郎が想定した戦力が、この場に集まったことになる。問題は作戦の難しさと、アルテミスを探すまでにかかった時間だ。


 わずかな可能性だとしても、ナギは麟太郎の考えた作戦で、メーヴィスを救いたかった。


「それで、作戦は?」

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