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星糖花

 兆候はあった。

 例えば、先日のアリーの暴走事件だ。暴走状態に陥った人間は通常戻って来れない。肉体を、魂そのものを武装に食われてしまう。当然、その状態が短い間でも続いていれば、人の言葉など届くはずもない。


 しかし、あのときアリーにナギの言葉が届いた。綾鷹の防御を貫いて殺害するはずだった真紅の爪を止めたのは、偶然ではなかったのだ。


 昔からナギの言葉には力が込められていたのだ。ナギの一言には、どこか争い難いものがあって、「できる」と言われて「できてしまった」ことが幾度かあった。それをよく知る麟太郎は一度、ナギの父親である颯人に問うたことがあった。


 ナギはこの世界で生きていけないほどのひ弱な存在だ。そう思って、そう口にした麟太郎に、颯人は笑ってそれを一蹴する。


『マイスイートベイビーがひ弱なら、全人類はもうとっくに死んでるさ』


 その意味が今までわからなかったが、今日を持ってその謎は解明された。

 ナギに力がなかったのではない。ナギはその力を行使する術を知らなかったのだ。


 それを今、手に入れた。その結果が今の現状だ。ナギが外敵として認識したものだけが命令通り『止まっている』。


 麟太郎は震える唇で、驚きを隠せない表情で、目を丸く飛び出しそうになりながらも、心が折れてしまったはずの獅子に声をかける少女を見つめた。


「ナギ……本当にナギなのか?」

「じゃあ、他の誰に見えるって言うの。大丈夫? 寝ぼけてる?」

「バカ言え、眠ってなんかない」

「だよね。そこは寝心地が悪そうだし」


 地面はさぞ硬いだろうと、数回地面を蹴って皮肉をいう。あたりに危険がないことがわかり、“デネボラ”を解除したアリーはいまだ恐怖で動けない体をどうにか上半身だけでも起こした。


 そうして、初めてあたりの詳細な異常を目の当たりにした。

 襲いくるはずの敵が立ち止まっている。メーヴィスの命令で人々を襲っていた『感染者』が嘘のようにマネキンと化していた。


 市民たちも何が何やらと動揺で動きが鈍いように見える。だが、真に目が行ったのは『感染者』を操っていたと思われるメーヴィスの焦りだった。


「なぜ……どうして動かないのです⁉︎」

「無駄だよ。ここら一帯の『感染者』に出された命令はボクが上書きした。君の角笛の能力ではもう、この命令を拒否できないよ」

「どういう……なんの能力を行使したのですか! いいえ……《誘惑の角笛》の命令権を超えるものなんて……」


 アリーは驚きからナギを見つめた。淡い緑が残る白髪は、ちょっとの変化としては目に余るもので、肌の血色も悪そうだ。何か悪いことが起きているのではないかと勘繰ったが、どうもそうではない。


 上半身だけを起こしているアリーの横に、片膝をついて並ぶナギがアリーの肩を抱いて引き寄せた。破れた服の間から見える肌がナギに触れる。少しひんやりとしているが、死体というほどではなかった。


「アリー、まだやれる?」

「そ、それは……」

「あーもう。答えなくていいよ。やれそうでもやれなくてもやってもらうから」


 一瞬、何を言っているのか理解不能だった。

 アリーの体はかろうじて上半身を起こせるほどに回復はしたが、メーヴィスとの戦闘を再開するほどに体力が戻るには大分時間が必要だ。加えて言えば、《獅子王》の長期使用による精神的な負傷を癒すには致命的に時間が足りない。


 そのことを、触れているナギにならわかるはずだ。なのに、ナギはやってもらうと言った。立場上、できないと言えないアリーは口籠る。


「聞いて、アリー。この場の最大の脅威は『感染者』だった。その『感染者』はボクのの能力で動きを止められたけど、『感染者』の支援がないとわかればメーヴィスが次に何をするのか検討もつかない。さっき以上の戦いになった時、まだ残されている市民たちは邪魔以外の何者でもない。そうでしょ?」


 それはわかる。

 メーヴィスはアリーとの戦いで余力を残しつつ戦っていた。来る異常を対処するために、体力を温存していたのだ。それがよもや切り札とも言える『感染者』の完全沈黙だとは予想もしていなかったようだが、それが仇になる。


 テロリストは、大抵自分の思う通りに行かなかった場合、簡単にパニック状態になって、誰の予想も遥かに超えたバカな行為に及ぶのだ。

 そして、それは親友を救うと言ったメーヴィスにも当てはまる。


 親友を救うために世界の終焉を選び、テロリストと成り果てたメーヴィスに帰る場所はない。

 あとはもう無理矢理にでも目的を果たすだけだ。その目的が世界の完全破壊である以上、誰の予想もしない方法とは、イコール誰の対処も及ばぬ事件に発展する可能性が高い。


「ボクがもう一度能力を使って放心した市民たちを逃す。それまでアリーにはメーヴィスの相手をしてもらわないと困るんだよ」

「だ、だけど、オレの体は……」


 わかる。

 ナギが言いたいことも、自分が置かれている状況も、メーヴィスが無茶をしでかすという確証も、何もかもが予想の範囲内だ。


 それでも、動かない体を動かす方法を、アリーは知らなかった。立ち上がれないという言葉に恥じて口に出せないアリーと、それを起こそうとするナギの背後から、一人の少年が近づく。


 ここまで傍観を決め込んでいた麟太郎だった。

 ナギの肩を叩き、麟太郎は告げる。


「彼女はこの後に及んで立てないようだ。情けない限りだが、『エデン』の頭のネジが外れた研究者どもが作り出した《獅子王》を、およそ三十分も連続駆動させたのだから無理もない」

「でも、ここでアリーに倒れられていてもらっては困るんだ――」

「わかってる。だから、市民の避難は僕が一任されよう。お嬢のやるべきことはわかるね?」


 笑みを見せた。被っていたニット帽を外して投げ捨てた。

 放心する市民を逃すのはとても一人では不可能だ。それこそ、《誘惑の角笛》のような命令系統の武装でも所持していない限りは一人で行える仕事ではない。


 しかし、ニット帽の中から現れたものを見て、アリーはその評価を――唐鐘麟太郎の評価を変えざるを得なかった。


 一度見たことがある。先日のアリー暴走事件の決着時に現れた《フォリヴォラ》の力を解放し、『右翼の天使』としての姿を持った黒崎颯人にもあった光輪が、麟太郎の頭上にも現れたのだ。


 しかし、よく見ると先日のものとは少し違う。輝いているがれっきとした光輪ではない。むしろ、いくつもの茎で編まれたようなものだった。目を凝らしてみたおかげで、アリーは昔、父親に言い聞かされたことを思い出す。


 《Kパーツ》とは人体の拡張型パーツである。確認された十五に分かれる人体パーツはどれもが人類に近いが、人類のものではない。綾鷹の右手や左手がそうであるように、人体としての機能を保持しつつ、人類ではできない機能を兼ね備えた複製不可能な武装だ。


 そして、その中でも最も危険なものが三つある。

 あらゆる願いを成就させる《猿王の贄手》。

 蒐集した過去世界の終末論を一寸違わず再現する《終末の終末論》。


 多岐にわたる多重次元の全ての領域を支配することができる《金平糖の王冠》。


 この三つに関しては予測不能な危険性を保持していることから、他の《Kパーツ》と比べてさらに厳重な管理が義務付けられている。


(それが二本も『極東』にあるのか……⁉︎)


「はは、ナギには本当に驚かされてばかりだ。まさか、『猿神王』だけではなく、『星糖花ホシトウゲ』とも仲が良かったとはね」


 『猿神王』と呼ばれる神宮寺綾鷹と、『星糖花』として恐れられる唐鐘麟太郎。どちらも世界的に見ればビックスターの二人と知り合いだったことを知り、アリーは驚き呆れていた。


 しかし、驚くアリーを無視して、ナギは一人で行くと言った麟太郎を見ていた。

 生き残った市民は初めに比べれば随分と少なくはなったが、それでも数千人規模で存在している。《アンサーズブック》としての能力を発揮しても、できるかどうかは五分ごぶと言ったところだ。


「ボクがやった方が――」

「彼には君が必要だ。心を折られた獅子を奮い立てるには、ただの言葉では意味はない。しかし、お嬢にならできる。お嬢の言葉は万人の心を等しく燃やす力があるのだから。なに、心配はいらない。お嬢が獅子を立たせる前にお膳立てはしておいてあげるよ。そのためにここにはもう一冊の《アンサーズブック》があるんだからね」


 そう言って、頭上の光輪を指さして笑んだ。

 何も言わせずに振り返って行ってしまう麟太郎を見つめる時間はそう長くなかった。麟太郎はやると言ったらやる人間だ。できるできないの前に信頼をとったナギの次の行動は、麟太郎が願った獅子の再誕だ。


「アリー、よく聞いて」


 両手で肩を掴み、アリーの顔に自らの顔を近づけて、互いの瞳に瞳を写させる。

 そうして、輝いているナギの瞳が、アリーの目に温もりを分け与えていく。秘策があるのだ。そういう目は、アリーは嫌いではなかった。


「世界を救ってもらう。そのために、ボクと『契約』をしよう」


 しかし、やはりナギが言っていることは、この戦場においてアリーには理解不能であることに変わりはなく、「は?」という疑問は、筒がなく口から漏れ出したが。

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