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言葉の王様

『生きるか、死ぬか。選べるのなら、生きなさい』

『私が最後に望んだのは、この世界の終わりだっただけ』

『私を殺すのは、君がいいな』


『――そう。だからあなたには、私を殺す権利がある』


 顔も思い出せないほどに薄れてしまった記憶が縋ってくる。思い出してくれと、ナギの脳裏を往復するのだ。忘れるわけがないと、魂が枯れるまで啼き続けた。


 けれど、その顔は黒塗りで潰されて、ついぞ思い出すことは叶わなかった。


 世界は、ナギが思うよりも薄情で無常だった。

 世界の救世と、大切な少女の命。選ぶのはどちらか。


 何十億という人類がその選択を待った。崩れ去る星の最中、変化する常識の在り方を目の当たりにしながら、全ての生きとし生けるものが一世一代の選択を待ち望んでいた。


 その選択権はナギにあり、選択する時間は星々が震えるたったの十秒であった。


 ナギが選んだの世界の救世だった。


 世界を破滅させる少女にナイフを突き立て、崩れ去る彼女を抱きしめながら、ナギは哭いた。慟哭は世界の歓喜に掻き消され、悲しみは英雄を祭り上げる喝采に押し潰されてしまった。


 当然だ。一より全を優先する行為は正義のはずだ。一人の犠牲で、全ての悲しみをナギが背負ってしまうことで、世界を含めたあらゆる生命体が救われるなら、それは正しいことで然るべきだ。


 そんな矮小な考えに縋ろうとしていた自分を、ナギは鼻で笑った。


 一人の少女の死によって世界は生死の境を彷徨った。いくらセカイ系小説を読もうとも、力のない一人によって影響を受けてしまう世界など存在しないと思っていた。


 しかし違った。人の願いは――切に思う少女の願望は、世界の一つや二つ動かせてしまうのだ。絶望に濡れた少女の想いは、世界の破滅を呼び起こすに足りてしまう代物だった。


「そう。だからボクは彼女を殺した。死ぬとわかっていた彼女が、ボクに殺されたいと願ったから。全人類が世界の明日を望んでいたから」

「それがそもそもの間違いだった。そうだね?」

「あぁ……だからボクはこの世界にやってきたのか」


 一人の少女を殺して世界を救う。聞こえはいいが、やっていることは残酷だ。もっと方法があったはずだ。少なくとも、少女が死なない方法があったはずなのだ。それを悔やんだ。怒りで自分を忘れるほどに考えた。


 誰もがナギを英雄と呼んだ。誰もがナギの勝利に涙した。誰もがナギを褒め称えた。ナギが守りたかったのは、そんな吐き気のする世界ではない。せめて、少女が死んで良かったと思えるような、綺麗な世界であったはずなのだ。


 なのに、世界が、人が、守ろうとした全てがナギを裏切った。

 そうした果てで、ナギはこの世界へやってきた。


 王座に座る少年は語る。

 汝、絶望に後悔を重ねる愚鈍なる英雄たる器よ――。


「さあ、採点の時間だ。終わってしまった世界に来てはや十年。たくさんのことがあっただろう。もう、君は答えを出せる、そう捉えていいんだろ?」


 首は自然と縦に振れる。ナギの感情がそうさせたのではない。魂が答えを語る気になったのだ。おそらく、ナギは絶望から立ち上がれてはいない。それでも、ナギがやりたかったことに今度こそ答えを出せるはずだ。


 思い返せばひどい世界だ。人が生きながらえる可能性が微塵しか残されていない、悪虐非道の世界だった。『七匹の獣』によって地球の大半を奪われ、討伐する目算すら立っていない。


 人々の意思はバラバラで、いまだに覇権争いなどを繰り返して、それに巻き込まれた人を救うためにカルト教団に入信する者まで出る始末。


 ナギはいい加減に頭にきていた。


「後悔の上に英雄に祭り上げられた者よ。君は愛する人のためなら世界を殺せるかい?」

「うん。腹は決まったよ」


 空の上の鏡像が砕ける。

 破片が白い人となって降り注ぐ。けれど、体には当たらず、地面に直撃しても質量を感じさせはしない。まるで人型の雲が落ちたよう。動かぬ木偶は、精巧に作られた入れ物みたいに見える。


 鎖がちぎれた感覚がある。体が軽くなっていくのを感じながら、ナギは確かにあったものを確認しながら少年を見る。


 少年は王座から立ち上がり、ナギに手を伸ばす。


「言葉によって世界の理を捻じ曲げた大罪人よ。君は絶望が蔓延る世界を救う英雄になれるかい?」

「そうあろうと努力はするよ」


 大地が溶ける。海が枯れてガラスの花が散っていく。

 獅子が溺れ、逃れようともがく獅子を白い人がびっしりと掴んで沈めていく。


 再度、鎖がちぎれる感触があった。それが本来のナギの記憶が崩れていくことだと知って、ナギは清々した気分になる。あってもなくてもいい記憶だと、ようやく割切れたようだ。ナギにとっての大切なものがなんなのかを、ナギは十年かけて理解した。


 ナギに触れた右手は、ひどく冷たい。よく見れば、少年は少女に、老婆に、神父に、青年に、聖女に、死神に、天使にと次々姿を変えていく。


 最後に定まった姿は、元の世界のナギの姿だった。


「停滞した世界を流転させるに選ばれた愛し子よ。君は愛するものが拒絶した世界を愛せるかい?」

「ボクが彼女に居場所を与えるんだ。好きか嫌いかは関係ないよ」


 嗤う。曰く始まりの世界が崩れ去る音を聞きながら、ナギであったものは腹を抱えて大口を開けて笑い声を響かせる。


 これは決別だ。過去の自分を思い出した上で、自分が救った気持ち悪い世界を捨てる。世界を救ったという汚物のような栄光を投げ捨てて、今度こそナギが守りたいものを守るために奮い立つ。


「お前が本当に願いを聞き届ける(・・・・・)神様だって言うのなら、ボクに力を寄越せ‼︎」

「くっくっく……やはり、キミはそうでなくてはね。それでこそ、《言の王》――言葉で世界を構築し、傲慢に意思を捻じ曲げる異世界の英雄だ」


 空が青ざめていく。喧騒が蘇って、視界に砂嵐が起こり始めた。記憶はかすみ、忘れていこうと漏れ出すが、ナギは一つの確信を得た。右手に残る感触と、懐かしい感覚はきっと過去との決別をしたナギへのささやかな選別だろう。


 世界が離れていく。目覚めるのだ。夢のような現実が醒める。砂嵐に消えゆくナギであったものは触れていた手を離し、常套句を口にした。


「さあ行け、『言の王(フェイブル)』。世界創造の3本目の錆びた鍵、『赤錆色のアカシックレコード』。君の言葉で世界の根底を塗り替えて見せてくれ‼︎ たった一度の幕引きで、君たちの英雄譚が終わるわけがないだろう⁉︎ 場所は用意した。敵は強大で、君たちは矮小だ。僕ら(カミサマ)が用意した世界の次回作は、絶望色の終末後世界だ。なぁぁぁに、君たちにはちょっと辛いだけの簡単な世界だろう?」


■□■


 チャンネルが切り替わる。目の前には麟太郎がはっきりと写り、肩を掴む感触はしっかりと刺激していた。喧騒が耳を痺れさせ、人の地団駄は弱い地震を起こしているようにも思えた。


 戻ってきた。か弱く、か細い体に再び魂が宿ったらしい。

 しかし、先日までのナギではない。過去を辛くも思い出し、それらを全て捨ててやるべきことを決意した。それに、王座の少年との出会いは単なる夢では片付けられないようだ。


 右手の薬指にはめられているのは赤錆に塗れた指輪だ。しかし、表面には人類の言葉ではない文字で文章が刻まれている。


 ナギに質疑の回答を求める麟太郎の手を払う。何かがおかしいと直感した麟太郎だったが、すぐには体が追いつかなかった。


 その足取りはまっすぐだった。その方向にはナギが後を任せた人物が戦っているはずで、それを思い出した麟太郎はナギが何をしようとしているのか理解する。


 その僅かな時間で、市民たちの群れを抜けてきた『感染者』がナギに追いついてしまった。咄嗟に動く麟太郎だが、タッチの差で守れない。せめて、ナギに気付いて欲しくて大声が飛び出す。


「よせ、お嬢ではそいつらには――」

「“止まれ”」


 しかし、次の瞬間に麟太郎は奇妙な光景を目にすることになる。

 荒れ狂った『感染者』たちが一斉に立ち止まる。まるで、ナギのいうことを聞いたかのように、静かに、しかし突然にその動きの全てをやめて、ただただ立ち尽くしていた。


 けれど、それよりも目を引いたのは、ナギの変化だった。


 薄く緑がかった黒く艶やかな肩まで伸びる長い髪が、淡い緑を残した白髪へと変わっていた。肌も青白くなっており、死人を連想させる。


 そして、右手の薬指にある赤錆のひどい指輪が、文字列の糸となってナギの周囲を揺蕩っていた。


「これが……黒崎颯人が言っていた(・・・・・・・・・・)ことなのか……?」


 市民たちの悲鳴が止む。どうやら、恐怖よりも現状の不自然さに心を奪われたようだ。

 だが、麟太郎は変わり果てたナギを、釘を刺されたように魅入っていた。

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