ノーブラノーパンのシスター
「絶対に守り通せ‼︎ ここが落ちれば、再起はないぞ‼︎」
戦闘員としての能力は、非常に遺憾ながら生徒の方が格上だ。それは《デウスニウム》が若い人間、特に十代の子供が使用することで完全な能力を発揮するからである。ただし、大人だからといって、《デウスニウム》が含まれている武装が扱えないわけではない。
その能力が二百分の一にまで縮小されるだけで。
校内で爆発が起きてから五分程度が経過していた。
突如起きた爆発と、そこから発生した体の一部に花を咲かせた《愛を吸う者》の『感染者』のせいでパニック状態になったグラウンドを画面に映しつつ、第一師団の団員を止めに行った綾鷹を監視カメラで映して、状況を伺うアルテミス。
その背後では備え付けの武装で放送室にまで手が伸びた『感染者』の進行をどうにか止めようと尽力する大人たちの喧騒が響いている。
せっかく建てた対策本部であったが、機器の前にはすでにアルテミス以外座っていない。綾鷹が師団員たちの元へたどり着いた頃から、部屋の奥で丸くなっているか、入り口付近で争っているかの二つに一つだった。
横目でそれを見ていたアルテミスは正直にうんざりしていた。
(きっと、この中にも《ピンディーラー》がいるんだろうなぁ。部屋の隅で丸まってるあやっちを止めようとした教師が怪しいけど、確証もないし。さて、どしよ)
部屋を見回す。
通信機器は生きているが、通信先がおそらく死んでいる。
映像は映し出せるし、放送で呼びかけもできるが、見るからにパニックなグラウンドに何を呼びかけたところで意味はないだろう。
攻めてきているのが《ピンディーラー》ではなく、『七匹の獣』の一匹であるなら、ここが落とされるのは時間の問題と考えて間違いないはずだ。
まったく、これ以上どうしようもない状況とは、これを差し置いて存在するのだろうかと思えるほどだった。
隠している能力を見せるのは簡単なことだった。けれど、見せた結果、自由でなくなるのは勘弁したいアルテミスは、できれば部屋にいる全ての人間が死滅してから能力を発動したいと考えていた。
そうはいっても、現実はなかなかアルテミスが思い描く景色に染まってくれる予兆はなく、先に根をあげるほかなさそうに見えた。と、そんな困り果てる数秒前で、状況は大きく動き出す。
入り口で争っていた一人が捕まったらしい。捕食され、陣形が崩れたのだ。
「まっ――」
「武器が壊された! スペアを――」
「数がさっきよりも多いぞ⁉︎」
どうなってるなど、こちらが聞きたいものだと、アルテミスは殺されていく戦闘員たちを見ながらつまらなそうに息を吐く。
アルテミスは目の前で人が死んでも、その程度の感想しか持てない。なぜなら、アルテミスはここよりも過酷な環境で育ってしまったからだ。綾鷹に拾われるまで、ずっと人の死よりも醜悪な環境で教育を受けたアルテミスにとって、友人でも、親しい間柄でもない人の死など、蟻が踏み潰されるような者であった。
血の海が室内にまで侵入してきた。かろうじて生きながらえている戦闘員もおよそすぐに死ぬだろう。まあ、死ぬというよりは襲う側になると言った方が妥当なのかもしれないが。
ともあれ、この場はもう手遅れだった。
アルテミスは奥で丸まっている教師の元へ向かい、ずっと疑問だったことを問う気になったのだ。
「せーんせ。せんせって《ピンディーラー》?」
「……へ?」
これでは質問の解答とは思えない。
しかし、教師が右手に持っているペンダントには見覚えがあった。メイン画面に映し出されているアリーとメーヴィスの戦いにおいて、メーヴィスが手にしているものと酷似しているのだ。
加えて言えば、この教師は各国の戦力バランスを崩す恐れがあるため、本来は戦わせてはならないと禁忌規定になっている綾鷹とアリーを戦わせた人物だ。それに目的が威力偵察なのか、単に断れなかったのかなど考える余地もない。
これだけで判断するのも烏滸がましいが、疑わしきは罰せよ、と、黒崎颯人が語っていたことを思い出して、にっこりと笑う。
何度も言うが、アルテミスは決して優秀な子ではない。勉学では下の上というレベルで、黒崎颯人の評価により『絶対に』戦闘をさせてはならないとされていた。とても戦士として生きていけるような素材ではないと思われている。
教師の間でも、アルテミスが『学園』に入れたのは『神宮寺』の権力か、黒崎颯人に体を売ったからだと噂をされているが、決してそうではない。
綾鷹曰く、アルテミスは己よりも強く、誰よりも強い『最強』であると。
しかしそれを信じるのは『学園』内で悪評が高いナギのみで、他に誰もそうであることを信じるものはいなかった。
なぜなら。
なぜなら、アルテミスが本気を出して戦うことなど、絶対の絶対に禁じられているのだから。それは『神宮寺』の中でも禁忌中の禁忌で、黒崎颯人の許可を持ってしても使うことが憚れるほどのものだった。
それを、彼女は誰もいなくなる部屋の中で使う気でいる。
最後の戦闘員が変質した。入り口は『感染者』が我先にと扉で挟まっている。うめき声が放送室に響く中、アルテミスは丸まった教師の耳元に口を近づけて……。
「あやっちからの言伝だよ。『可愛い妹に手を出すな』、って」
愛用のシスター服が揺らぐ。服の中から粉が溢れ出す。
素手で触れていた机が小麦粉よりも細かい粒子に変わり、床に山を作る。
迫り来る『感染者』より、『極東』の最高戦力より、『七匹の獣』より、今、目の前にいる少女が怖かった。笑う顔は死神のようで、素肌で触れたものが全て粉に変わっていく様子は、まるで理解できない理屈だ。
その素手が教師の頬へ伸びる。
「アタシ、あの時、あやっちとあっくんの決闘を止めなかったせんせのこと、実は嫌いだったんだよね」
敵だろうが、臆病者だろうが関係なかった。
結果的にナギを傷つける原因となったこの教師は、どさくさで『消す』つもりだったのだ。やがて、すらっとした白い指が教師の頬に触れる。だが、熱は感じない。荒れた肌の感触も、肌に浮き出た油分ですらも感じることはできない。
触れた途端に崩れていく。電波し、歯が、舌が、目がどろりと落ちていく。わずかな悲鳴はすぐに残響になり、数秒もせずして教師だったものは粉の山へと変わる。
見届けたアルテミスは立ち上がり、降りかかった粉を手ではらう。
「あーあ。お気に入りの下着だったのに。やっぱり、お手製のこの服以外は、みんな消えちゃうのかな」
粉と化した下着のおかげでノーブラノーパンであるにもかかわらず、恥ずかし気もなく歩き出す。その先には『感染者』たちがいるが、構わず真っ直ぐに歩いていく。
『感染者』はアルテミスを捕らえるために手を伸ばすが、触れた途端に粉になる。噛みつこうとしたが強靭な歯は、アルテミスの柔肌に赤い花を咲かせる前に粉になる。何もかも、『感染者』が行おうとしたあらゆる行動はアルテミスには通じず、何かをすれば粉の山が一つ増えるばかりだ。
当初の約束通り、能力を解放したアルテミスは能力封印のために義兄を探すことにした。道中、何体かの『感染者』に襲われたが、何もしなくても粉の山に早変わりするので歯牙にも掛けないようにした。




