頭上のお花畑
『学園』を取り囲むように計六台のトラックが配置され、そのトラックにそれぞれ五人ずつ、『極東』に派遣された第一師団の総メンバー三十二人のうち三十名が配置される形となっている。
警戒体制は非常に高く、一縷の隙すら存在しない。『学園』のグラウンドの騒ぎがまるで嘘のように静かなところからも師団の練度が物語っている。
しかし、どれほど警戒網が厳しかろうとも、それを意も介さない存在が現れれば話は別になる。
大砲の弾頭がアスファルトに直撃したかのような轟音と、粉々に巻き上がるコンクリートの粉末煙が領域外の緊張を現場に走らせた。
トラックを警護していた師団員たちはトラックに一人残して、煙の上がる場所をぐるりと取り囲むように勢揃いする。各々が武装を手に取って、煙が収まるのを待つが、それよりも早く煙の中から声が聞こえた。
「神妙にお縄につけ、馬鹿野郎ども」
煙から黒い塊――割れたアスファルトの破片が飛び出し、師団員の一人の頭を弾いた。
最も警戒すべきとお達しがあった声と、攻撃をしてきたことを踏まえて、師団員たちは来るべき者が来てしまったのだと悟る。煙が収まり、現れたのは焼けた肌の黒髪の少年――『極東』の最高戦力たる、神宮寺綾鷹だった。
いったいどこから、どうやってここまでやってきたのか。綾鷹が『学園』へ辿り着いていたのはメーヴィスからの通信と、綾鷹たちが『学園』へ向かう道中で市民を助けるふりをしていた師団員が、直接綾鷹から武装を手渡されていたことから綾鷹が『学園』にいることは確定していた。
そして、トラックが停められている場所は、『学園』から遠くはないが近くもない。すぐに来れるような場所ではなかったはずだ。
師団員の一人が異変に気づく。遠く、かろうじて目視できる場所に『学園』への無断侵入を防止するためのフェンスがある。それが、まるで大型車に突撃されたかのように変形しているのだ。
しかも、そのフェンスがあるのは綾鷹が飛んできた方角にある。
「ま、まさか……」
そのまさかだった。
綾鷹は放送室で師団員たちの大まかな場所は把握していたため、急いで今場所へ向かうために『学園』を出てすぐにあるフェンスをジャンプ台として利用したのだ。
ただし、そんなことは普通の人間では不可能。できたとしても三メートルが限度だろう。『学園』からこの場所までは優に一キロ以上離れている。たった一回の跳躍でここまで飛ぶのは有り得ないはずだった。
だが唯一、一キロ以上離れたこの場所に跳躍できるだけの身体能力を手に入れる方法がある。師団員はそれを目にしてしまった。
赤みを帯びた黒い毛で覆われた猿の手。皆まで言わずとも逸話のみで把握可能な異形の腕を拝見して、場の師団員は恐れながらも理解する。
「《Kパーツ》……」
《Kパーツ》。人類では到達不可能なオーバーテクノロジーで製作された一五の人体パーツを指し、それぞれに固有の特異な能力と、人類としての機能を一段階飛躍させる身体能力強化が施されており、《デウスニウム》とはまた別の意思決定素材が使用されている意思のある武装である。
綾鷹の左腕は《Kパーツ》が一つ、願望を叶える犠牲の左手『猿王の贄手』が生えていた。
どよめく師団員たちだが、決意は変わらぬ様子だ。後退こそしても、降参はしない。命をかけてでもトラックを守り抜く意思を感じて、綾鷹は自らが作り出したクレーターから這い上がる。
そうして、出てきたクレーターを親指で差しながら、ニヤリと笑う。
「死にたくなけりゃその穴に入りな。そこにいる奴らだけは殴らないでやる。それ以外は……わかるよな?」
「兵器を守れ‼︎ 我々の忠義を示すぞ‼︎」
「「「ウォォオオ」」」
一対二三の合戦が始まる。
解放された左腕のおかげで、常人をはるかに凌駕する力を手に入れた綾鷹にとって、《標準武装》をした学生など敵ではない。それは数がどれほど増えようとも変わらない事実だった。
槍を持った生徒が三人、綾鷹を貫くように突き出すが、一本は左腕で、もう一本は槍の中腹を足で蹴ってさらにもう一本の槍にぶつけて回避する。遠くにいたボウガン部隊の射撃が行われたが、左腕で掴んだ槍をへし折って、それを持って矢を払い落とす。
怯んだ槍部隊の隊員の顔面を素早く殴って昏倒させ、持っていた槍の残骸で次々とボウガン部隊のボウガン目掛けて投げつける。
逃げる間も無くボウガンを破壊され、唖然とするボウガン部隊に向け、今度は足元に転がっていたアスファルトの破片を蹴って飛ばし、頭部に命中させる。
およそ一分にも満たない時間で六名の師団員を失った敵は、滲み汗流しつつ、奥歯を噛み締めた。
同じ最高戦力でも、普段から戦っている団長であるアリーとは強さの本質が違った。もちろんアリーも勝つことなど到底叶わないが、足止めくらいならできる。
しかし、綾鷹は違う。足止めどころか、誰一人として殺していないところを見るに、手加減されているのだ。《Kパーツ》を解放した綾鷹にとって師団員など赤子同然なのだとわからされてしまう。
「痛い目に遭いたくなけりゃ、さっさと降参しな。お前らなんぞ、身体強化のみで十分だ。この意味がわかるだろ? てかわかってくれ」
身体強化のみ。つまりは《Kパーツ》に備えられた特異な能力を使用していないということだ。綾鷹は、特異な力を使わずともお前たちなど簡単に倒せてしまうと公言した。
わからないはずがない。数十秒で師団員の四分の一が気絶させられたのだ。ほとんど何もできずに倒されていった仲間たちを見て、力の差がわからないほど師団員たちの練度は低くはない。
けれど、その程度で引ける意思でもない。決意だ。アリーを救うという固い決意が彼らにはあった。
アスファルトを強く踏む。逃げないという思いはひしひしと綾鷹に伝わっていく。少しでも時間を稼ぐのだと、少しずつアスファルトを擦る音とともに彼らと綾鷹との距離は縮まっていく。
その直後だった。
急遽トラックが爆発したのだ。いや、もっと正確に表現するなら、コンテナが破裂したというべきだった。なにせ、中にいたものが溢れかえるようにコンテナの壁を破りながら出てきたのだから。
「なんだ……あれ」
「バカな⁉︎ 時間にはまだ早いぞ、メーヴィス⁉︎」
部隊長を命ぜれらているように見える師団員が目を丸くして叫んだ。
コンテナの中から出てきたのは体の一部に花を咲かせてよろめく人間の形をした何かだった。奇しくも『生物兵器』という予想が的中したが、その中身を見て綾鷹は自分の考えの甘さを痛感する。
体の一部に花を咲かせるなど、考えられるのは一つしかなかったからだ。
「テメェら……自分たちが何をしたのかわかっているのか⁉︎」
コンテナの中に入れられていたのは《愛を吸う者》で間違いない。それに加えて綾鷹は嫌な音を聞いてしまう。
背後、『学園』から音が聞こえて振り返る。立ち登る黒い煙と少し遅れて小さな悲鳴が聞こえてきた。タイミング的に見てもも『学園』に同じものが現れたと考えるべきだろう。
ナギが危ない。
そう思った瞬間に手加減をしている暇がなくなった綾鷹が、ここらの師団員を全員片付けようと試みる。一歩、足を前に踏み出して目の前の光景に目を疑った。
『感染者』が師団員を襲い始め、それを観ていた師団員たちが驚きで硬直していたのだ。
「話が違う‼︎ お、襲ってくるぞ、こいつら⁉︎」
「ウワァァぁぁ‼︎」
「や、やめ……」
《愛を吸う者》は『七匹の獣』の一匹だ。人を襲うなど、随分と昔から解明されたメカニズムの一つだったはずなのに、自分たちを襲う『感染者』に驚いている姿はどう考えても異常だった。
一人トラックに残された師団員から《愛を吸う者》に襲われていく。しかも、ろくな武装を持っておらず、併せて全くの不意から訪れたものであったことから無様に襲われ血の花を咲かせていた。
阿鼻叫喚の悲鳴の中で惚ける部隊長の肩を掴んで、綾鷹は問う。
「どういうことだ⁉︎ なんであいつらは――」
「騙されたのか……我々は……。やっぱり、頭のネジが外れた狂信者に助けてもらおうなど、考えが甘すぎたんだ、メーヴィス‼︎」
この作戦を考えたであろうメーヴィスの名前を恨めしく叫びながら、部隊長は膝を折った。そうしている間にも仲間たちが次々と食われていくというのに、立ち上がる素振りが見えないので、綾鷹は頭を抱える。
『感染者』に食われた者は同じ『感染者』となって鼠算のように無際限に増えていく。ここでどうにか食い止めなければ被害は甚大になってしまう。
だが、部隊長が口にした「メーヴィス」という名前は、とてもじゃないが記憶に残りすぎている。ナギが一緒にいるはずで、あちらの様子はこちらからでは確認不可能だ。心配しないはずがない。
ナギを助けに行きたいという思惑とは裏腹に、『極東』の最高戦力としての義務を全うしなければならないという考えが交差していた。
けれど、目の前で力なく倒れ、悲鳴を吐き出しながら食べられる師団員を見下ろして、綾鷹の足は勝手に動いていた。
馬乗りになる『感染者』の頭蓋を砕く一撃で殴り、噛みつかれそうだった師団員の首根っこを掴んで遠く後方へ投げた。
「逃げろ、テメェら‼︎」
「ま、『猿神王』……?」
「ここは俺がどうにかしてやる! テメェらは早く『学園』へ走ってメーヴィスちゃんに予想外のことが起きたことを伝えるんだ‼︎」
「し、しかし、我々は――」
「るっせぇ‼︎ 『感染者』に食われるのと、俺に殺されるのと、メーヴィスちゃんの靴ぺろぺろするのと、どれがい?!」
綾鷹の雄叫びに呆けていた全ての師団員が走り出す。逃げ出すと言った方がいいかもしれないが、言われた通りにまっすぐ『学園』へ向かっているのだから、文句は言わなかった。
ただ、部隊長だけがその場に残り、綾鷹の背を見ていた。
「何してる⁉︎ さっさと行け‼︎」
「お、俺は……俺は団長の靴の方が舐めたいんだ‼︎」
「黙れぇ、ホモ‼︎ テメェ、マジで死にてぇのか⁉︎」
いらない報告を受けて、綾鷹は青筋を立てて今度こそ怒った。
その後、その他大勢と同じく撤退した部隊長を見届けて、綾鷹の前にはざっと五十体ほどの『感染者』がわらわらと揺蕩っている。
左腕を見て、苦笑い。
(こんなところで犠牲を払いながら能力を使うわけにはいかないか。ったく、右手はナギの親父さんに許可もらわないと、ホントに後で怒られるんだけどな……)
背に腹は変えられない。
右腕にも施されていた包帯の結び目に指をかける。十字路の中心で、目の前も右も左も、道を塞ぐように歩いている『感染者』を見つめて、綾鷹は失笑を漏らした。
包帯が解ける。白い。輝くように白い腕だった。
後先考えず、今しなければならないことだけを思い描いて、解放された右手の人差し指でお花畑と化した者たちを指差し、声色高らかに叫んだ。
「いっつも俺はこういう役回りかよ、ちくしょう‼︎ ここから先は通行止めだ、馬鹿野郎どもが‼︎」
触発されたのか、一斉に『感染者』たちが走り出す。そして、大きく開けられた口で、綾鷹に食らいつこうと地面を駆ける。這う。転がる。
やる気十分なゾンビの集団のせいで、最悪の第二幕が密かに行われることになってしまった。




