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使役するシスター

 第一種緊急事態の警報が鳴り出して、すぐに設立された対策本部に教師達は集まっていた。各種通信機器が揃っている放送室が妥当であろうと考えていた綾鷹の予想は見事に的中し、対策本部は放送室に建てられていた。


「状況は?」

「神宮寺殿――いえ、《猿神王ましらのしんのう》殿。ご無事でしたか」


 『神宮寺』と呼ばれたことに眉を上げた綾鷹を見て、焦った大人の男性は速やかに呼び方を変えて対応する。綾鷹についてきていたアルテミスは、対策本部内にある一席に座って、勝手にパソコンを操作し始めた。


「お、おい、君――」

「いい。アルス、状況はどんな感じだ?」

「ん〜とね」


 アルテミスの行動にめくじらを立てた大人を制して、綾鷹は作業を続けさせた。

 リズム良く叩かれるキーボードと、それに連動して開かれる数々の窓を経て、アルテミスはメイン画面に一枚の窓を映し出した。


 その窓に映った光景に、大人達は立ち上がって頭を抱える。最も安全だと思っていた『学園』を取り囲むように『エデン』からの学生が武装して立っていた。加えて、彼らの背後にはいくつものトラックが止まっており、綾鷹はアルテミスにそのトラックの積み荷を調べるように指示する。


「無理無理。ナンバー登録されてないトラックだし、扉が開かれてないからどの監視カメラを見ても積み荷の確認はできないよ」

「でも、ナンバー登録されてないってことは、奴らのものの可能性が高いってことだよな?」

「十中八九そうでしょ。あやっちバカなの?」


 バチコンとアルテミスの頭を引っ叩いて綾鷹は振り返る。

 ひどいだの、痛いだの、セクハラだのと頭を摩りながら涙目で非難するアルテミスだが、綾鷹はそんなことは聞かずに頭を回す。


 一連のことを見ていた大人達は二人の凄さを理解する前に、二人の関係が悪いのではないだろうかと心配してしまっていた。


 依然として情報不足であることは否めない。攻めてきているのが《ピンディーラー》である以上、目的は分かりきっているが、その手段は今ひとつ理解できない。そして、その手段がナンバー登録されていないトラックに隠されていることは明白であった。


 爆発物であれば、『学園』を取り囲む必要はなく、突っ込んだ方が早いだろう。最悪なのは特殊な武装であるが、守るように配置されている『エデン』の学生を見るに学生達が使うようなものではない。


(そもそも、あいつらは何を守ってやがる? トラックの積み荷を守らなくちゃいけない理由があるのか……?)


 程なくして綾鷹は一つの仮説に頭を悩ませる。

 爆発物でもなく、おそらく武装でもない。テロリスト達が勝利するのに必要不可欠で、かつ守る必要のあるもの。最も可能性があるのは『生物兵器』だ。

 また、それらはもう配置についている。


 唖然とする大人達をかき分けて、綾鷹のよく知る教師が綾鷹の肩を掴んだ。

 首から見慣れないペンダントを下げて、気安く綾鷹に話しかけたのは、先日アリーと綾鷹が決闘を行なった際に審判を買って出てくれた教師だったのだ。


「よかった、神宮寺。お前がきてくれさえすればもう――」

「ちぃっ‼︎ そういうことかよ、ちくしょうが‼︎」

「お、おい、神宮寺⁉︎」


 綾鷹に保護してもらおうとやってきたのであろう教師を一瞥して、嫌がるように腕を振り解いて綾鷹は走り出そうとする。なのに、次に掴まれた腕だけはどうしても振り解くことはできなかった。


 ざわざわと綾鷹の行動に室内の緊張は増していく。ほぼ全ての作業員達が手を動かすことをやめて綾鷹と、綾鷹を止めた女の子を見つめて固まっていた。


 想定してしまった未確定の事柄に焦った綾鷹を止めることができたのは、同じ神宮寺の苗字を持つアルテミスだった。


「どこ行くの?」

「トラックの中身は、おそらく『生物兵器』だ」

「それで?」

「今すぐ止めてくる。その手を離せ、アルテミス(・・・・・)


 殺意だった。『極東』育ちによく見られる黒い瞳が乾いた視線を向けてきた。

 ゾッとするほどに冷たい視線は、魅入られた人以外にも影響を及ぼす。放送室ではすでに数人の被害者が綾鷹の殺意に当てられて泡を吹いて倒れてしまっていた。それを介抱するように数人が動くが、綾鷹の殺意はその者たちの動きすら制限させるほどだった。


 放送室のコンピュータが一斉に不調を起こす。これでようやく綾鷹の殺意は物理的な影響を及ぼす何かを発動させているのだと誰もが気がついた。


 よくよく見てみれば、綾鷹の左腕に巻かれた包帯がほつれている。そこから見える赤みを帯びた黒い毛に覆われた猿の腕が、このような影響を周りに振りまいていると知る。


 にも関わらず、誰もが影響を受けてしまう中で、アルテミスだけが平然と立っている。

 アルテミスは優秀ではない。黒崎颯人によって(・・・・・・・・)諜報クラスに入れられていることからも戦闘力はないものであると見做されている。そのアルテミスが誰も止められない綾鷹をいけしゃあしゃあと止めてしまっていた。


「アタシを見捨てるの?」

「…………そうじゃない。だーもう。今は説明をしてる時間も惜しいんだよ。わかるだろ?」

「本気で怒ったくせに」

「ごめん。謝るから、手を離してくれよ、アルス(・・・)


 綾鷹のまとう空気が少し和らいだ。おかげで放送室に起こったポルターガイストのような現象は治り、これ以上作業員達が萎縮することも無くなった。


 そのおかげか、綾鷹は見落としていたものに気がついた。綾鷹の右腕を掴むアルテミスの手が震えていたのだ。それは作業員も、もちろん教師にすらわからないわずかなものだった。それでも冷静になった綾鷹にはちゃんと伝わるほどの小さな意地である。


 アルテミスは怖かった。襲いくる敵がではなく、信じている義兄に見捨てられるということが何よりも怖かったのだ。それは、アルテミスが『学園』に隠し続けている体質に問題があった。


 それに気がつけたからこそ、綾鷹は自らの頬を叩く。その音にまだ恐怖が抜けていなかった作業員達がびくりと体を震わせたが関係ない。左腕に巻かれた包帯を解き、あらわになる猿の掌でアルテミスの頬を触る。


「俺は行かなくちゃいけない。わかるよな?」

「うん……」

「だから、条件付きでアルスの能力を発揮できるようにする。いいな?」

「うん……」

「力はこれ以上、どうしようもないと思った時に限定して使用を許す。解除キーは『ナギの裸が見たい』だ」

「なんであやっちが『極東』の最高戦力って呼ばれてるのか、わからなくなっちゃうからやめて」


 この後に及んで、時間がないと言いつつもふざけるあたり、綾鷹は性根がバカなのかもしれない。普段ならそういうのはアルテミスがやるものだが、今回ばかりはアルテミスがちゃんとしている方に回っていた。


 何が何やらさっぱりな周りは、再びなんとも言えない空気感で包まれていた。流石にこれ以上作業員たちに変人だと思われた目で見られ続けるのは心苦しかった綾鷹は、コホンと咳払いを一つしてアルテミスに告げる。


「解除キーは『可愛い妹に手を出すな』だ。もしも力を発動しちまったら、殲滅し次第、俺を探しに来い。全ての責任は俺が負ってやる」

「うん。ついでにムカつく人何人か消して(・・・)から行くね!」

「やめて? せめて敵さんだけにしてね? 俺の立場が危うくなっちゃうからね?」


 それを最後に綾鷹は放送室を後にする。残ったアルテミスが振り返ると、敬礼姿で立ち尽くす作業員と、普段からアルテミスのことをバカだと思っていた教師たちが冷や汗でシャツを滲ませて立つ姿があった。


 一部始終で、アルテミスに逆らってはいけないのだと、バカにしてはいけないのではないかと悟った大人たちは、皆最上級の礼儀を持ってアルテミスに接しようと思ったのだった。

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