世界の果てのウォーメイド
横たわる『エデン』からの学生に送られた制服を着た者たちは、麟太郎曰く《ピンディーラー》であるようだ。彼らは『エデン』の軍隊である《アリストロメリア》――正確には団長であるアリーの護衛を任されている第一師団の団員だろう。
アリーが彼らを見て心底驚いているところから、全くの無関係のように思える。ならば、原因は麟太郎の言う通り、アリーのウォーメイド、メーヴィス・フェアチャイルドが知っているはずだ。
しかも、ナギの予想が正しければ、きっとこの惨状を引き起こした本人こそが……。
「メーヴィス、答えて。……関係ないよね?」
「……やはり、先日の気配は気のせいではなかった、ということですか」
嫌な予感というものは、こういう時に当たってしまうものだ。
先日の気配、とは、おそらく『酒場』で語っていた話に出てきた給仕服を着た女性と大の男の現場を見ていた麟太郎自身のことだろう。あれはナギを怖がらせるために作った話などではなく、本当のことだったのだと、数日越しに理解した。
メイド服のように改造された制服がなびく。
手にはナイフとエメラルドを加工して作ったように見える緑色の輝く山羊のツノのような形のペンダントが握られており、場は一気に緊張状態へと移行した。
どうしてこうなったのか。それを話し合うには時すでに遅すぎた。あまりの衝撃に動けないアリーは棒立ちに、ナギは麟太郎の影に隠れるように背後に周り、麟太郎だけがメーヴィスと対峙する位置にいた。
「何が目的だ。『極東』を攻め落としても、貴様らに利はないはずだが?」
「ご冗談を。我々、《ピンディーラー》の目的は全人類の死滅……まあ、老師達はそれを進化と勘違いしておりますが、少なくとも私の目的は、私の大切なお人を苦しめる世界の終末、です」
頭がおかしいと常々思っていたが、《ピンディーラー》なる狂信者たちは全人類の死を望んでいるとは本気で思っていなかったナギは呆れて物も言えない。
だが、どうもただの《ピンディーラー》とは違うらしいメーヴィスの言葉で、概ね理解した。
メーヴィスの目的は、アリーを苦しめる世界の終焉だ。
言わずもがな、アリーは自らの性別を隠している。隠せざるを得ない状況でいた。なぜなら、もしも女であることがバレれば、母親ともども捨てられてしまうから。そうなれば、自由などなく、ただ死だけが体を汚染する。
その世界を過酷でないと、いったい誰が言えよう。
それがアリーを苦しめていないと言えるか。無理だ。それを昔から見続けていたメーヴィスが、アリーのことを可哀想だと思わないわけがない。
生徒達が市民を現場から離すために少しずつ動いている。もしも戦闘に発展すれば、被害が出てしまう。それだけは避けようと、市民の避難が完了するまでの時間稼ぎに口を動かす。
「アリーのため、なんだね?」
守ってもらう分際で、ナギは制する手を超えてメーヴィスに問いかける。静かに頷いたのを見て、ナギは麟太郎の手を掴んだ。
本気だ。メーヴィスは本気でこの世界を終わらせる気でいる。ならば、その相手をするのはナギでも、麟太郎でもない。もっと適した人物がいるではないか。メーヴィスを止めるのは、止められるのはたった一人しかいない。
敵を前にして、謎の行動をしているナギに、麟太郎は怒気を持って言葉にする。
「何をしている! お嬢は下がって――」
「りんくん。ボクたちに彼女を止める権利はないよ。彼女は本気だ。世界を殺して、たった一人の大切な人を救おうって、本気で思ってる」
「なっ……だからって、捨ておけって言うのか⁉︎」
首を横に振る。そうではないのだと伝えて、手を引っ張ったままアリーのもとへと行く。まだ避難は終わっておらず、状況を飲み込めないでいる獅子が呆けていた。
ナギが思うに、この事件が全部メーヴィスの考えのもと動いているものではないだろう。少なくとも、メーヴィスの作戦に賛同しているのは第一師団の団員達だけで、老師と呼ばれるもの達はそれを利用して、この事件に発展させたに違いない。
団員らは全員、アリーを救いたいと思って、救えなかったからこそ偽りの神に祈ったのかもしれない。無様だ滑稽だと言われ続けたに思う。このような方法しか出せなかった彼らを、ナギも哀れだとすら思うほどだ。
決してこの事件を許すわけじゃない。悪いことには、必ず罰が与えられる。小さい頃からの颯人の教えを聞いてきたナギには、そのことが迷信であるとは到底思えない。しかし、罪にはそれに合った罰でなければならない。
呆然としたアリーは言葉にもならない吐き出すような空気で目に写ったナギに反応した。
「ぁ……」
空気は張り裂けるような音がする。頬を赤くさせ、後から響く痛みに手を当てた。強烈なビンタは緊張状態の空気を刺激する。思わず麟太郎も目を丸くしてしまうが、お構いなしだった。
市民らの足が止まる。空気は冷たく鋭さを増していき、ナギとアリーの感情を伝え合うには程よく冷え切った。
じんじんと痛む手のひらを押さえて、惚けたアリーにナギは告げる。
「いつまでそうしてるの」
「ナ、ナギ?」
「これはアリーの不始末でしょ。最後まで他人に片付けさせるの?」
メーヴィスの間違いを正せるのはアリーだけだ。メーヴィスの罪に罰を与えられるのは、きっとアリエル・バートただ一人のはずだ。
どれだけ苦しかろうと、どれほど辛かろうと、アリーはメーヴィスの罪に罰を与える義務がある。友であり、家族のようであるつもりなら、間違いを正すまでしなければならないのだ。
自らのせいで狂信者に成り果てた友人を拝見して、悔しさでアリーは奥歯を噛み締める。胸元から金と紅のペンダントを取り出して、それを天に掲げる。そして、そばにいたナギに頼む。
「『供物』を分けてくれないか?」
「痛くしないでよ?」
公然で交わされるのはとても子供には見せられないようなキス。舌でもって舌を引き出し、わずかに噛んで血を滲ませる。《獅子王》の暴走を抑える『供物』の摂取は完了した。同時にナギの今後も目に見えて終わった。
舌を噛まれたナギは「いてて」とあかんベぇと舌を出して訴えるが、アリーにはもうメーヴィスしか映っていないようだ。共に戦おうとする麟太郎だったが、なおもナギに腕を引っ張られて止められた。
「アリー、ここで戦わないで。わかった?」
「あぁ。とりあえず、ここから離れればいいんだろ?」
「おい待て、見知らぬ男‼︎ 何サラッとお嬢とキスしてんだ貴様‼︎」
『学園』に滅多に来ない麟太郎は当然のようにアリーのことを知らず、ナギとアリーがキスをした理由にもまるで見当がついていないようで、それはもう怒りのままにツッコミを繰り出した。
しかし、麟太郎の叫びも虚しく、アリーが言うなり、掲げたペンダントが眩く光る。《獅子王》を起動させるようで、アリーのもつ威圧は一段と増していく。獅子の意を借りた王子は、この場の誰よりも雄々しく見える。
ペンダントが輝くにつれて空気は一変した。仮設テントが揺れる。その変化に場の全員が理解した。これから行われるのは戦争よりも激しく、おそらく美しいものであるのだと。
そして祝詞が捧げられる。
「目覚めろ、《獅子王》‼︎」
金と紅の獅子王。その爪は凶暴で、その鬣は鋼よりも強固。《アリストロメリア》最強の師団、第一師団団長の風格がそこにはあった。




