最高戦力とはいかなるものか
道中で老人の手伝いなどをしている生徒たちを見かけたが、最優先事項は安全の確保だったため手伝うことはしなかった。代わりにたまたま綾鷹が持っていた《標準武装》を生徒に貸し与え、何かあれば対処できるよう配慮した。
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そして、全力で『学園』まで駆けた結果、およそ《ピンディーラー》の進行に間に合った。いち早くたどり着いたらしい生徒達は規定通りに、市民の休憩場や長期避難に備えての備品整理を行なっている。
さらに、グラウンドに設置された避難所にたどり着いていた市民らは、皆一様に不安の色を出しており、落ち着かせるにはもう少しの時間が必要のように見えた。
「アリーちゃんはナギを連れて市民の誘導――あいた⁉︎」
「次にオレを女扱いしてみろ、素っ首叩き切るぞ?」
「今はそんな状況じゃないよね⁉︎ だーもう、わかったよ、わかった! 俺が悪かったって!」
緊急事態にも関わらず、女扱いされたことに怒るアリーは逼迫した様子の綾鷹の頭を引っ叩いた。状況が状況だったため、喧嘩をするよりも謝った方が早いと計算した綾鷹は即座に謝ってナギのことを頼んだ。
しかし、アリーはそれが疑問に思ったらしい。背を向ける綾鷹を睨みつけて、どこか怒気すら感じ取れる。
ナギを守ることを了承したはずの綾鷹が、ナギの身を簡単にアリーに任せたことが気になったアリーは立ち去ろうとする『極東』の最高戦力に疑問をぶつける。
「どこへ行く?」
「教師たちに状況を聞くんだよ。これでも俺は『極東』の最高戦力だからな。こういう時は教師よりも上の立場なんだよ」
「そうじゃない。ハゲタカにとって、最優先事項はナギのはずだ。それを見捨てる――」
「あんまし甘ったれたこと言ってんじゃねーぞ?」
冷たい視線だった。決してハゲタカと呼ばれて怒っているわけではない。綾鷹は、この後に及んで常識外れなことを言っている『エデン』の最高戦力にふざけるなと告げたのだ。
射殺すように向けられた視線と目が合って、アリーは把握した。
その視線は覚悟をしている視線だったから。それはアリーが自らの秘密を守るときのものと同じで、絶対に譲れないというものである。
綾鷹にとっての最優先事項はナギであることは間違いない。ただし、それは体のいい隠れ蓑というだけではない。綾鷹はナギを守ると誓っている。ナギとでも、『極東』の統治者とでもない、自分との契約だった。
だからこそ、綾鷹は確実にナギを守らなければならない。また、ナギだけを守らなければならないというわけでは決してない。
硬直する空気に当てられて、市民の不安は加速していく。しかし、綾鷹もアリーも、真に守りたいと思えないそれらを完全に無視していた。
「俺は『神宮寺』の跡取りだ。『神宮寺』は『黒崎』の不在に際し、この国を守らなければならない義務がある。そのための権威を今まで与えられてきた。それを放棄してナギだけを守れば、『神宮寺』は今の権利を全て剥奪される。そうなればどうなる? ナギが本当に俺の力を必要とするときに、俺は力を貸せなくなっちまうんだよ」
ナギを守るためには力が必要だ。
力を維持するには立場が必要だ。
立場を確立するためにはその他の信頼と実績が必要不可欠だった。
綾鷹には力がある。けれど、それを正しく扱える自信は持ち合わせていない。ゆえに、綾鷹の力は『極東』預かりとなっており、緊急時以外の使用を固く禁じられているのだ。
綾鷹の力は、大切な人も殺してしまえる出来損ないでしかなかったのだ。
ナギをお姫様抱っこしたままのアリーの胸ぐらを掴んで引き寄せる。真っ直ぐにアリーの目を見て、綾鷹は鬱憤を織り交ぜて伝える。
「一人を守るってのは、そういうことだ。力を持ち続けるっていうのはな、そういうことなんだよ、アリエル・バート。お前がナギを守りたいって言うのは構わねーよ。ただな、俺たちは『最高戦力』だ。その義務も果たさずに、いったい誰を守れるって言うんだよ」
離し、アリーを行かせる。
アリーはもう何も言わない。綾鷹の覚悟を見たからか、それとも認識の甘さを痛感したからか。少なくともナギは居心地が悪くなったようだ。
空気が熱を取り戻せしていく。しかし、その空気がその他大勢の心を溶かすには、まだ熱が足りないように思えた。




