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怖いメイド

「これは、アタシの友達に聞いた話なんだけどね。最近、『神隠し』が流行ってるでしょ? 実は、それに遭遇した人を見たって言っててね。なんと『神隠し』の正体は、顔なしのメイドで――」


 ビクッと、体を震わせて、手近にあったクッションを抱き寄せたナギは、青い顔でアルテミスの話を聞いていた。


 パーティーを開くに際し、何をするかをまるで決めていたなかった四人――途中でメーヴィスが加わったため、一人追加して五人は、怪談話ならぬ怪談噂話をすることになった。どうしてこうなったのかと言えば、おおよそのナギの苦手なものを知っているアルテミスと綾鷹の仕業だった。


 不思議だったのは出会って間もないメーヴィスや、そもそもアリーなどの存在を知っているのかすら不鮮明なアルテミスが、生徒であるにもかかわらずメイド型改造制服や、制服ですらないシスター服を着ていることに誰も何も言わなかったことだろう。


 ナギの快気祝いのパーティーという名目で行われたはずの集まりだったが、少しも怖さを感じないナギを除いた全員、主にアリーとメーヴィスは、綾鷹とアルテミスの策略を読み、みんなでナギが怖がる姿を見る会に変わっていった。


「ちょ、ちょっと怖くない? 大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、噂話だから、ね?」

「そうだな。少しも怖くないな。もしかして、ナギは怖いのか?」

「ま、まっさか〜。長い引きそうだから、抱き枕が欲しいかなって思ったくらいだよ〜」


 正直、今にも漏らしそうな勢いだった。むしろ、颯人の趣味で充てがわれたパンツは数え切れないほどちびったせいでぐっしょりと気持ちが悪い。けれど、それを必死に隠そうとして、まるで隠し切れずにいるのだった。


 アルテミスと綾鷹はナギの苦手なものを知っている。ただし、ナギはバレていないと思い込んでいるのだ。だからこそバレないように、適度に煽ることで実質的に続行させている。


 流石の手際にアリーは頷いた。メーヴィスも同じく関心の様子を見せている。なるほど、こうやってナギの可愛いところを引き出すのかと、脳内メモ帳に書き記して、次回に利用しようと策謀を回らす中、話は進んでいく。


「それでね。友達の話だと、顔なしのメイドは夜な夜な街を歩いている人に声をかけるんだって。振り返っちゃうと最後、呼び止められた人は魂を抜かれて顔なしのメイドに食べられちゃうの。ガブゥ‼︎ ってね」

「ひぅ! ……ちょ、ちょっとお手洗いに行ってくるよ……」

「あ、気をつけてね。顔なしのメイドはお手洗いにも出るっていうから」

「……………………」


 うるうるとした目でナギはアリーを見る。どうやらトイレについてきて欲しいらしいとわかるや、アリーは立ち上がってナギの腰に手を当てて一緒にトイレへと向かった。

 ナギがいなくなった部屋で、綾鷹は爆笑する。


「まったく。怖いなら怖いって意地張らずに言えばいいのにな」

「きっと恥ずかしいんだよ〜。ほら、なっちゃんって昔から変なプライドがあるし」

「お二人は奥様と仲がよろしいのですね」


 初めは動揺したメーヴィスのナギに対する「奥様」発言も、慣れてしまえばあだ名と同じで、綾鷹とアルテミスの両名は、すでに慣れてしまった。ただし、綾鷹は気が気ではない様子ではあるが。


 可愛らしいナギの姿をケラケラと笑う綾鷹は、前にも同じ質問をアリーにされたといい、アルテミスは昔から一緒だったからと答える。


「昔から、と申しますと?」

「俺たちは『神宮寺』の家系だ。『エデン』出身のあんたたちは知らないだろうけど、『神宮寺』は『黒崎』に代々仕えてきた家系でな。そのよしみで仲良くやってるのさ」

「なるほど。では、綾鷹様が奥様を狙っているのは……?」

「別に家同士の決め事ってわけじゃないぜ? それに、あのクソ親父なら仕えるべき主人に婿入りなんて絶対にさせないと思うしな」


 へらへらとしているが、綾鷹は秀才だ。周りの大人たちの考えなど、隠そうとしても彼には隠しきれない。綾鷹は相手の表情と態度、息遣いに至る全ての行動が手に取るようにわかる。それらがわかれば、相手の意思などまるで赤子の手をひねるが如くだ。


 綾鷹はすでに父親が婚約を済ませようとしている女性を知っている。そして、それがうまく行っていないことも。もちろん、うまくいかないように誘導しているのは綾鷹で、それにナギの存在が密かに関わっていることは秘密にしていた。


 結局、この時代の人間、特に上流階級の者たちは、余すことなく打算的なのだ。アリー然り、綾鷹然り、颯人然り、無論ナギも然り、みんなどこかで自分の利益を念頭に入れて生きている。そうしなければ生きていくことが困難な時代なのだ。


 そして、ここにも打算で生きるメイドが一人。主人のアリーの幸せと安全を第一に生きる彼女にとって、現在のナギの彼氏は邪魔者でしかない。ゆえに、今のような話をする必要があった。


「ならば、『エデン』統治者、ブラック・バート様の直々のご命令で、奥様とアリー様が婚約をなさった場合、どういたしますか?」

「ん? 『エデン』を堕とすけど?」


 凍りつく。関係ないアルテミスが朗らかに笑ったまま気絶しそうになるほどには、重圧が部屋いっぱいに広がっていた。その発生源は間違いなく綾鷹だ。だが、綾鷹は笑っている。とても、苦手な女の子の前でビクビクしているとは思えない微笑みだった。


 当たり前だろう。そう言いたげな綾鷹は、平然と、しかし部屋にいるアルテミスでも感じ取れる確かな憤怒を持って語る。今日この一瞬だけは、綾鷹でさえ、自分が女子嫌いであることを忘れてしまっていた。それを受けたメーヴィスは怯むことなく、話を続ける。


「外交問題になりますよ?」

「ばーか。冗談だよ、冗談。それに、一学生に国一つを沈没なんてできるわけないだろ? まあ、『たまたま』隕石が空中都市に落ちてくる、なんて偶然が起きるかもしれないし、人生てのはどうなるかわからないもんだぜ」

「…………さようですか」


 まるで、本当に隕石を落とせるような言いぶりに、ようやくメーヴィスは引いた顔をした。冗談にも思える話が、なぜか綾鷹が語ると本当になりそうだったのだ。これ以上は危険だと判断したようで、メーヴィスも話を変える。


 もしも、綾鷹の殺意が主人であるアリーに向けられたら。そう考えるだけで、この場を退くだけの合理的な理由にはなったようだ。


「そういえば、先程のお噂は誰からお聞きになったのですか?」

「へ? あ、あー、友達だよ、友達。クラスメイトの子。『エデン』の子だから、たぶん第一師団……あっくんの部下だと思うけど」

「諜報クラスの第一師団……わかりました。いえ、市民に不安を煽るような噂を流すような人物かと思いまして。そうですか……あとで、灸を据えなければなりませんね」


 黒い顔で、そう呟いたメーヴィスを見た二人は、メーヴィスは怒らせてはいけない部類だと直感したそうだ。あまりに怖かったメーヴィスの雰囲気は、よっぽど噂話よりも怖く、ナギがこの場にいなかったことを幸いに思う二人だった。

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