か弱き英雄は間違える
「本当に良かったのか?」
「ん? 何が?」
ナギよりも力持ちなアリーはナギよりも一つ多く買い物袋を持っている。ただし、アリーの言いたい「良かったのか」は買い物袋の話ではない。
遅刻の件はアリーが分析した通り『神隠し』のせいで慌ただしいおかげでお叱りはなく、比較的穏便に済まされた。
その後、行方不明者が多く出ていることを怪しんで、『学園』側は休学を宣言した。せっかく『学園』に行った四人だったが、すぐに下校することになった。共に登校した四人は、自然と四人で下校することになり、その道中でナギの家でパーティーをすることになったのだ。
今は、そのパーティーの買い出しにナギとアリーが駆り出されているわけである。
およそ、アリーが言いたかったのは、ナギを傷つけた本人である自分が、そのパーティーに参加しても「良いのか」という意味に還元される。
「あー、まだ根に持ってるの?」
「根に持ってる、という言葉は少し違う。後悔……とも違う。なんだろうな、この感情は」
「良いんじゃない? よくわかんないけど、ボクはアリーを恨んじゃいないよ。綾鷹も、アルスも怒ってないでしょ?」
「それは……」
「それよりいいの? 確か、学外ではメーヴィスさんと一緒じゃないといけないんじゃなかったっけ?」
いくら安全が保証されている『極東』だとしても、絶対の安全は『リンデルヴァーム』をのぞいて他にはない。ゆえに学外ではメーヴィスと共に行動をするようにと、強く命令が下されていたアリーだったが、今日はメーヴィスが近くに見受けられない。
だから、てっきり一人で大丈夫なのかと思ったナギは、そんな質問をしたのだ。
しかし、アリーは眉を顰めて、まるでナギが言っている意味がわからない様子。何か間違えただろうかとナギ自身も考え始めた姿を見て、アリーは気がついたように語る。
「ヴィスならいるぞ」
「え? ど、どこに?」
「キミの後ろ」
「へ? ……わぁ⁉︎」
振り返ると、そこには無表情のメーヴィスが立っていた。一体いつからそこにいたのか、気配を感じさせなかったため、なんともわからなかった。
そのメーヴィスはナギの驚きようを見て嘆息する。
「お嬢様。本当にこの方を妻として娶るおつもりですか? 一日観察しておりましたが、私の気配を感じ取れないようでは――」
「完全にハイドしたヴィスを見つけられるやつなんて、世界で見てもそうそういないだろ。むしろ、見つけられるようなら、オレはそいつを選ばない」
「はぁ……まあ、確かに見た目は美少女と呼べなくもありませんから、隣に立つくらいは敵いますが、成績が芳しくありませんよ?」
「嫁は少しバカなくらいがちょうどいい、そうだろ?」
「ねえ、泣いていい? 大声の陰口に心を酷く傷つけられたんだけど、泣いて良いかな?」
ずっとナギの観察をしていたらしいメーヴィスは、客観的なナギの評価を下している。アリーもいくつかの否定を交えていたが、概ね「そこが良いんじゃないか」というもので、決してナギを擁護するものではなかった。
陰口を叩かれるのは慣れたナギだったが、陰口を目の前で、かつ論争で聞くこととなると話はべつだ。さしものナギでもこれには耐えられそうになく、目頭に涙が溜まっていた。
その姿にアリーはすぐさまナギを抱き寄せてメーヴィスを非難する。
「おい、ヴィス。ナギを泣かすな」
「本当のことを言ったまでですが、何か?」
「本当だとしても言って良いことと悪いことがあるだろ? ナギは弱いところが可愛いんだ。散々言っただろう、なんでわからない?」
(擁護する気、まるでないよね?)
守りたくなる可愛さというやつだろう。きっと、アリーは母性本能と父性本能が同時に現れたに違いない。ナギを守らなければならないと、本能がそうさせているように見えた。
涙を拭い、ナギは沸々とした怒りをあらわにして、言い争いをする二人に吠えた。
「弱い弱いって! ボクだって、好きでこんなに弱いわけでもないのに、うるさいぞ、二人とも‼︎ それになんでボクがすでにアリーと婚約することになってるの。別にボクはアリーと結婚するなんて一言も――」
「オレと結婚すれば絶対の安心と安全が保証されるぞ? 何より、ナギにとっても玉の輿じゃないか」
「……確かに」
考える。
以前も思った通り、アリーはこのままいけば王として『エデン』を治めることになる。そうなれば、嫁は安泰だろう。安全と安心が保証された生活は、この世界では極上だ。しかも、王族ともなれば美味しいご飯も食べ放題に違いない。
揺らぐ感情。結婚に愛など必要ないと言われているようで気持ち的には拒否したいが、なにぶん生きるだけで精一杯なナギは、将来のための布石は必須条件だ。それが今、目の前にぶら下げられている。
以前と合わせて二度目の揺らぎだった。アリーとの結婚、或いは綾鷹と添い遂げる未来、どちらも一筋縄ではいかなさそうではあるけれど、ナギにとってこれ以上ない分岐点と言える。
う〜む、と、頭を捻らすナギが抱き寄せられた。アリーでも、メーヴィスでもなく、第三者によって強く抱きしめらて、ナギは上を向く。見上げたそこにいたのは……。
「だーかーらー、ナギは俺んのだって言ってるじゃん。ナギもすぐに否定してくれよ。俺、泣いちゃうよ?」
家にいるはずの綾鷹が三人の話が聞こえていたみたいで、悩んでいたナギを渡すまいと抱き寄せたのだ。
ナギたちがいるところは、ナギの家からまだ距離がある。とてもちょっと顔を出したら見えたという距離ではない。となれば、綾鷹がナギを心配して迎えにきたと考えるのが妥当だった。
「あ、ごめん。綾鷹、これ持って」
「へ? え、否定は? というか、せっかく迎えにきたのに第一声で荷物持ちですか?」
「え、だって、そのために来てくれたんでしょ? 優しいなぁ、綾鷹は」
「……うぉぉっしゃー! 張り切って荷物持ちやってやろうじゃねぇか‼︎」
手渡した荷物を力強く持ち上げた綾鷹は、張り切って先行する。
一連の光景を見ていたアリーとメーヴィスは向き合い、アリーがアイコンタクトで「な?」と告げると、メーヴィスはやれやれと首を振る。
「評価を訂正しなければなりませんね」
「へ? なんで?」
「黒崎凪。私はあなたを侮っていた。ああも、見事な強引さは、やはり『極東』の統治者の娘と認められるものでした。申し訳ございません、『奥様』」
「いやー、そんなに評価されるものでないと……ん? 『奥様』って?」
ニコリと無表情が柔らかく微笑み、メーヴィスは歩き出してしまう。
答えは得られず、アリーにも向き直ったが、参ったかという勝ち誇った表情は、やけに妙な予感を彷彿とさせる。綾鷹、メーヴィス、アリーと順に歩き出していくみんなを見ながら、ナギはその場に残され顔を引き攣らせる。
(もしかして、何かやらかした?)
その答えは、およそ出る気配のない問いだった。




