神は隠された
ナギが大怪我をしてから十日ほどが経過した。傷口は医師が言ったように大きく残されたが、体の機能に別段異常はない。損耗した腰の骨も調べたところ問題はなく、大腸も以前と比べて遜色ない働きをしてくれていた。
医師の話では完治に一週間ほど必要だとのことだったが、想像以上にナギの身体的能力と自己回復能力が低かったようで、十日経過したちょうど今日の検査を持って完治と診断された。
「問題なくてよかったね、なっちゃん」
「いや、傷が残るのは問題なんじゃないの?」
「そぉ? あやっちはそんなの気にしないと思うけどなぁ」
(誰も綾鷹にとっての問題とは言っていないんだよなぁ)
ナギと綾鷹が相思相愛で、二人の仲は絶対に裂かれないと思っているアルテミスは、早々に的外れなことを言っていた。しかし、変に否定もできないナギは、違うとは言えずに口をつぐんだ。
ナギの怪我の検査で病院にやってきていたのだが、付き添いは家族ではなく彼氏(仮)の義妹であった。本当は颯人が付き添いに来るつもりだったらしい。
ただし、急な用事が入り行けなくなったところを、用事をすっぽかそうとして美咲にバレて、ボコボコにされたあとに美咲に強制連行されたのは今朝方の話である。
普段から家にいることが少ない姉も例外なく家にいたかったことから、急遽美咲の連絡で付き添いでやってきたのがアルテミスだったというわけである。ただ、美咲の予想とは少し違うメンツも含まれていたが。
病院から出ると、日差しが強い中で互いに睨み合っている暑苦しいイケメンが二人いた。関わり合いになりたくないと思いつつも、身内である事実からは逃げられず、ナギは深く息を吐いて話しかける。
「二人とも、こんな暑いところで暑苦しいことをするくらいなら一緒に病院の中に入ればよかったじゃん」
「さすがに大人数で診察室へ行くのも迷惑だろ?」
「そうそ。でもまあ、こいつは自分が傷つけたことに負い目を感じて一緒にいけなかっただけだけどな」
「あぁ?」
「なんだよ?」
(仲がいいんだか、悪いんだか……)
怪我は治ったが、ナギの疲労は加速していった。
『極東』はかつて日本と呼ばれた島を巨大な戦艦に変えた移動島である。その理由は海洋に住む『七匹の獣』の一匹から逃れるためだが、主たる目的は外交である。現状、大陸に鎮座する『大帝中華連邦』には補給する術がない。そのため、海の『極東』、空の『エデン』がそれぞれ補給艦として存在している。
移動島というだけあって、内陸でも潮風がする。特に今日は磯の香りが比ではない。今朝のニュースで『大帝中華連邦』への着船が報じられていたため、今朝の颯人と美咲の急な用事とは、おそらく首脳会議が行われるからなのかもしれない。
(まあ、ボクには関係ない話だけどね)
颯人の娘というだけで、長女でも長男でもないナギからすれば、各国の首脳会議など遠い話だ。政治系はきっと長女である姉が継ぐだろうし、ナギを溺愛する颯人が政治のためにナギを嫁に行かせることはさせないだろう。
つまりは自由かつ安全な立場を手に入れたに等しいナギは、今日も気ままに生きていた。
ナギの検査を終えて、四人は『学園』へ向かう。遅刻は確定だが、病院に行く旨を伝えてあるナギとアルテミスは叱られることはないだろう。しかし、無断で遅刻している綾鷹とアリーは別だった。
「どうするのさ。綾鷹たちだけが怒られるならいいけど、ボクも巻き添えにされるのはやだからね?」
「大丈夫大丈夫」
(いったい何が大丈夫なのやら……)
へらへらと笑いながらの綾鷹を見て、ナギは嫌な予想ばかり考えてしまう。アルテミスもそのようで、笑っている綾鷹の背を突いた。
「ちょっと、あやっち。なっちゃんを困らせるようなことあんまりしないでね!」
「え、なに。そんなに信用ないの、俺?」
「ハゲタカの信用云々は地平線に投げ捨てて。遺憾だがハゲタカの言う通り、おそらく大丈夫だよ」
「だぁれがハゲタカだ! 誰が! 俺の名前は『あやたか』だって何度も言ってんだろ⁉︎ あれか、いじめか! いじめだな⁉︎ 喧嘩すっか、おぉん⁉︎」
珍しく意見が一致したらしいアリーが綾鷹の言葉に同意した。非常に遺憾の念が絶えないのと、いまだに先日の戦いの決着がついていないことを根に持っているようで、綾鷹のことをハゲタカと呼んでいるようではあるが。
ともあれ、珍しいことでもあったからその理由を聞くと、アリーは冷静な分析と一緒に語り出す。当然のように、誰も綾鷹の話など聞いてはいないのが少しだけかわいそうにも思うだけ思った。
「今朝のニュースを見ただろ?」
「あー、着船の話?」
「違う。『行方不明者』の話だ」
「へ? 何それ」
知らない話に目を丸くするナギ。アリーはその様子を見てこめかみに手を当てて呆れたように首を振る。
立ち止まり、カバンの中から一枚の紙を取り出すと、ナギに見えるように顔の前に差し出した。それをマジマジと見るや、ナギは見当がついたと言った顔で手を叩く。
「あー、『神隠し』の話ね。ニュースになってたんだ」
「随分と議論されていたニュースを知らずに、どうでもいい着船のニュースは知ってるんだ?」
「あはは、なっちゃんはお寝坊さんだから、ニュースなんて普段見ないんだよ〜」
ばちこんとアルテミスの頭を引っ叩いたナギは、ペラペラと話す口を黙らせた。もちろん、低血圧で朝に弱いナギにとって嘘偽りない真実であるが、ペラペラと話される筋合いもない。
「いった〜い! なっちゃんひどいよ⁉︎」
「なんでもかんでもペラペラと話さないでよ。まったく、バカルスは」
「なんで? 朝起きれないのは本当のことだよね?」
「本当でも嘘でも、恥ずかしいから言わなくてよろしい!」
もう一発頭を叩いて完全に沈めると、少し頬を赤くしたナギは向き直って紙を見る。
『神隠し』なんて、たいそうな名前をしているが、要するに行方不明者が出ているということだ。終末後の世界で、常に死と隣合わせなものだから、頻繁でなくとも人が行方不明になることがある。
『七匹の獣』に連れ去られたか、《ピンディーラー》に誘拐されたかの判断を下す前の曖昧なものを『行方不明者』と呼ばず、神に隠される『神隠し』と呼ぶようになったのは、おそらく《ピンディーラー》が『七匹の獣』を神として崇めているせいだろう。要するに原因不明は全て『七匹の獣』関連に括られているのだ。
であれば、『神隠し』として報じられたのではなく、『行方不明者』として報じられたと言うことは、この事件に『七匹の獣』が関与している可能性は低いということになる。
「犯人、わかったんだ?」
「さあな。町外れの店の近くで怪しい奴らを見たとは言っていたが。こういうこともあって、おそらく『学園』側も慌ただしいはずだ。いちいち遅刻者を叱っている時間もないだろう。」
「町外れの店……?」
(そういえば、りんくんがそんなこと言っていたような……? まあ、関係ないか)
内容を理解できたかそうでないかに限らず、話が終わったと見て、アリーは差し出していた紙をしまう。そして、一行は歩みを再開した。『学園』への道のりはそう遠くない。交通機関を利用する手もあったが、歩いて行ける距離で、かつ気乗りもしないことも相まって、四人は歩いて『学園』へ向かうことにした。




