世界の終わり
本当に色々あった。晩御飯と風呂を済ませて部屋に戻り、付け慣れたブラジャーを外して決して他人には見せられない楽な姿と変わり、ナギは今日一日を振り返る。
綾鷹の襲来に始まり、ミステリアスイケメンで知られるアリエル・バートの秘密を予期せぬして知ってしまい、あわや死ぬかもしれなかった経験など、人生でそうないだろう。
(ほんと、終末後の世界でいったい何をやっているんだろう)
世界は『七匹の獣』と呼ばれる終末的災害級の怪物によって一旦の終わりを迎えた。しかし、人類史はそこで終わりはしなかったのだ。
宇宙から飛来した謎の金属生命体『デウスニウム』を解析し、利用、共存する手段を確立したことで人類の戦闘能力は飛躍的に進歩した。
その中でも比較的安定して戦闘を行うことができる『大帝中華連邦』が量産する《標準装備》はその最たるものと言えるだろう。
しかしながら世界を救うには力不足な彼らを遥かに凌駕し、『契約』と言われる代償を支払うことで更なる力を得ることに成功した『エデン』の圧倒的技術力による《アルシードシリーズ》や『極東』が鍛えた《和月シリーズ》を手にする者たちを終末世界を攻略する攻略本――『ストラテジーブック』と呼び、各国の最高戦力は原則ここから選出される。
他にも、終末前の世界で致命的な矛盾を見つけ、不老不死の肉体と、その矛盾に則した特異な能力を手に入れた『フォリヴォラ』は、終末前ほど力はないが、国をまとめ上げる役割を買って出て、常人ならざる力で人々を守護している。
そして、現状において最も不確定かつ不安定ではあるものの、『七匹の獣』を討伐し得る可能性が非常に高い《Kパーツ》と呼ばれる、人類では作成不可能なオーバーパーツを身に宿す者たちを畏怖と尊敬の念から、攻略本を超えた者――解答本『アンサーズブック』と呼ぶ。
ナギはそのどれもに属していない。というよりも、属すことができないほどに弱かった。力ない者や資格がない者は『デウスニウム』を手にすることができない。なぜなら、絶命する可能性が限りなく高いからだ。
(適正不能。『学園』始まって以来の珍事件、か)
本来、その適正は入学前に行われる。もちろん、ナギもその検査を受けたが、結果は『適正不能』、適正なしともありとも取れない評価に『学園』側はさぞ困り果てたことだろう。加えて、ナギは学園長の子供であることもあって、立場はデリケートなものへと変わった。
ゆえに、ナギのクラス分けは学園長たる颯人の意見が押し通される形で、『学園』側及び学園長の推薦で『戦闘クラス』に配属されたわけだ。
(学生生活も、はや一年か。ボクの戦闘成績は芳しくないし、進級できるかなぁ)
ふふん、と、鼻歌を交えて髪をとかす髪を梳かす。
存外困っていないのは、ナギが『極東』の統治者の娘であるからこそだ。どう転んでも最悪なことだけは起こりづらいし、分不相応なクラス分けは父親のせいでもあるため、胸を張っていられる。
それにナギは予期せぬして嫁ぎ先、ないし就職先を手に入れたのだから、それこそ問題は皆無と言っていい。
(せっかく女に転生したし、見た目もそれほど悪くないはずだから、存分に有効活用していこう。最悪でも綾鷹でいいかと思ったけど、アリーの方がいいよね。子供的なこともあるし)
嫁ぐに際し、子孫を残さなければならなくなるのは当然だ。女であるナギはその領分を果たさなければならなかったが、同じく女であるアリーの元へ嫁げば、その心配はおそらくない。
秘密を隠し通さなければならない仕事はあるが、子供を孕んで身重になるよりは遥かに恐怖はなかった。無論、これまで仲良くしてきた綾鷹には申し訳ない限りではあるが。
■□■
夜が深ける。最悪な日もやがては過去になり、未来の輝きに錆びていく。ツイていないと言いつつも、しっかり徳を掠め取ったことにナギは気がついていなかった。アリーとの出会いは最悪で、しかしこれからもそうとは限らない。
終末後の世界で『最弱』として転生したナギには、生き残る術が必要だ。今はただ、その手段が見えていないだけで、手札は着実に整いつつある。そのことを他ならぬ父親――颯人は知っていた。
娘がパンツ以外全てを脱ぎ捨てて寝る支度をしている様子を、覗き穴から延々見続けるのが颯人の日課だった。一連の行動を見ている美咲は呆れ果てているが、それほど娘が大切なのだと思い込むことでどうにか家族崩壊は防がれていた。
「ほんとに颯人は凪ちゃんのことが好きだね」
「おうとも。マイスイートベイビーはいつだってどこだって可愛いからな」
「おーい。もう一人、娘がいること忘れてないかなー?」
「あいつはあれだ。美咲によく似て怖いからな――おっと、寝る前にトイレに行ってこようかな」
失言に気がついた颯人がフェードアウトしようとするが、腕をがっしりと掴まれて逃げられなかった。
「あの子のこともちゃんと幸せにしてあげないと許さないからね?」
「それはあいつの旦那がすることだろ。まあ、あいつのお眼鏡に合う男なんざこの世界にいやしないかもしれないけどな」
「凪ちゃんにはいるみたいだけど?」
「誰だ。今すぐ消してくる」
もう一人の娘よりもナギを優先する姿に眩暈がする美咲だが、颯人の手を離し、手で払うように覗き穴から退かす。そして、代わりに覗き穴からナギの様子を覗き見てため息を漏らした。
「またあの子、裸で……って、颯人、ずっとあの子の裸を――もう! 逃げやがった‼︎」
『学園』では無類の強さを誇る颯人だが、家では嫁に頭が上がらないらしい。
音もなく撤退した颯人を追いかけて、美咲も寝室を出ていく。
そのことを全く知らないナギは、悠長に将来の嫁ぎ先について本気で悩んでいるのだった。




