事後の放課後
とてもツイてない日だった。生涯においてこれほどまでに運が悪い日もそうないだろう。それほど、ナギには最悪な日だったのだ。
「まったく、クソパパさまは……」
「あはは、いいじゃねぇか。怒られるよりはマシだろうよ」
「あ、それはそうかも。でも、どうして怒らなかったんだろう……?」
「さぁてな。それよか、帰りに串カツ食おうぜ、腹減った」
ナギと綾鷹、少し離れてアリーの三人が歩いている。結局は医務室でナギの自慢大会が繰り広げられ、過去のナギの話までも掘り返されてこっ恥ずかしい思いをしたナギは心底疲れ果てていた。
離れたところを歩いているアリーは、二人のそんな仲睦まじげな会話姿を見ながらつぶやいた。
「仲が良いんだな」
「ん? 腐れ縁ってだけだよ」
「そうそう。俺とナギは赤い糸で結ばれて――え? ひどくない?」
ナギの言葉に自慢げに語った綾鷹は、度肝を抜かれたような顔になって思わず歩みが止まる。二人の息の合った会話を見て、やはりアリーは難しい顔になる。心の中で「いいな」と思ってしまったのだ。
アリーは自らの秘密を隠すために力まなければならない生活を強いられている。そのせいで周りの人間と親しくなることはほとんど不可能で、終いにつけられたイメージが『ミステリアスイケメン』だった。
決して仲良くなりたくないわけじゃなかった。ただ、それが困難であるだけで、アリーは友達が欲しかった。しかし、いざ手に入れられそうとなると、今度はどうすればいいのかわからなくなった。なにせ、アリーはこれまで友達を作らずに生きてきたのだから。
「どうしたの、アリー?」
「……いや、なんでもない」
「そ? まあ、なんでもないならいいんだけどさ。困ってることがあるならなんでも言いなよ? だいたいはそこの綾鷹が解決してくれるはずだから」
「ちょ! 俺はナギだからなんでもするのであって、別に誰にでもよくするわけじゃ――」
「友達が困ってるんだから、どうにかするのは男の解消でしょ?」
「友達」というフレーズにアリーは心を打たれた。もちろん、ナギの今の発言に特別な意味合いはない。けれど、心からナギはアリーを友達だと認めていた。
その言葉のおかげで、もうどうでもいいやという気分になったアリーは足早にナギに追いつき肩を抱く。そして、ミステリアスイケメンという不名誉な名前からは想像もできない綺麗な笑みを浮かべるや。
「愛してるよ、ナギ」
「ちょっと……そんなに力強く抱きしめると肩が外れるかもしれないでしょ? こう見えてボクはか弱いんだよ? というか、傷口開くから優しくしてよ」
「もっと嫌がれよ! 嫌がってよ、ナギ⁉︎ ナギは俺の彼女だろ⁉︎」
(形だけはね?)
いつもよりも彼氏アピールが必死な綾鷹を怪しげに見つつ、本気にしていないよねと意味ありげに眉を顰めた。
クスッと、左手側でアリーが笑う。それに過剰反応した綾鷹が吠えるように前に出る。
「言っておくけど、あの戦いは無効だからな! ナギは俺の彼女だから!」
「今はそういうことにしておいてやるよ」
「生涯だよ! ナギの相方がお前になることなんて一生来ないから! いいな⁉︎」
「いい加減にしてよ、二人とも。ボクは取り合うほど高価なものじゃないでしょ……」
再び喧嘩が勃発するのは非常に避けたいことだったので、ナギは喧嘩が起こる前に二人の手を握った。これでどうにかなるとも思えなかったが、二人がナギを取り合って争いを始めようとするなら、二人の手を同時に握って宥めるという手は使えなくはない手段だと考えたのだ。
ナギの予想通り、二人はナギに手を握られたことで喧嘩をやめた。ただし、ナギが思う仲良しこよしで行こうという考えではなく、握られたナギの体温に集中するがあまりに喧嘩をすることを脳内から弾き飛ばしただけであったが。
「主人様。初の友人との仲睦まじい下校、大変嬉しゅうございます。主人様のウォーメイドであるメーヴィス・フェアチャイルド、笑いが――いえ、お涙で前が霞んでしまいます」
「……ヴィス、他人をバカにするならまだしも、主人のオレをバカにするのはよせ。幼馴染であってもイラッとすることくらいはあるんだぞ?」
制服であることには違いないが、メイドの様相を残した少女が校門前で待ち構えていたようだ。要件はもちろん、主人であるアリーの帰りの迎えだろう。最高戦力の名を冠しているアリーではあるが、その座を狙う輩も少なくないのかもしれない。現に綾鷹の『極東』の最高戦力という肩書きを狙って、過去に幾度となく決闘を申し込んできた生徒がいたくらいだ。
(アリーも苦労しているんだな……)
「それに、オレがヴィス以外と帰るのが気に入らないだけだろ?」
「え?」
「まあ、端的に申しますと、そうなりますね」
「お?」
決闘を申し込まれて面倒臭いのかと勘違いしていたナギと綾鷹は二人して主人とメイドの会話に目を丸くした。
その実、アリーはよく決闘を申し込まれる。無論、最高戦力としての肩書きを狙っての申し出だ。綾鷹はこの申し出をナギとの蜜月の時間を邪魔されるので鬱陶しいと思っていたが、アリーは違う。
アリーの持つ《獅子王》の影響で戦うことが憂鬱でないのは否めないが、アリーは強くならなければならないと育てられたことから、経験値が豊富に手に入れられる他者との戦いが嫌いではないのだ。むしろ、自分が敗北するようなことがあれば、勝つまでその相手に挑み続け、最後にはその相手をも完膚なきまでに圧倒する。彼女にはそうすることができる才能と、生来の負けず嫌いが存在していた。
ゆえに、アリーはナギや綾鷹が思うよりも他人との戦いは嫌いではなかった。
「じゃあ二人とも、オレはここで失礼させてもらうよ」
「どうして? 一緒に帰ればいいじゃん」
「おいおい、ナギ。せっかく向こうからいなくなってくれるのに、どうして呼び止めるの? え、なに? 俺と一緒が嫌なの?」
「うん」
声もなく倒れ込んだ綾鷹を放って、アリーの返事を待っていた。
バツが悪そうに頬をかくアリーは、少し恥ずかしそうに……。
「親父との約束でな。学園外ではヴィスと一緒にいなくちゃいけないんだよ。ナギと一緒に帰りたい気持ちはあるけど、それはまた今度な」
「なん……あぁ、なるほど」
おそらく。これはあくまでナギの予想ではあるが、アリーはメーヴィスに諸々の説明をしなければならないのかもしれない。アリーの秘密がナギにバレてしまったことを知っているメーヴィスだが、その経緯までは知らないはずだ。
であれば、その説明を正確に伝えなければ、この帰り道にナギの知り合いと出会わない確証もないため、話が食い違うようなことがあった場合に隠し通してきた秘密が呆気なく暴露される可能性だってあるのだ。
そのことを理解したナギは、右手を上げてひらひらと数回振った。それがさようならのジェスチャーだと把握したアリーは目に見えて微笑んでみせる。
「また明日、ナギ」
「うん。また明日」
そうして、ナギとアリーは別れた。次に会う約束を託けて、アリーはナギに背を見せた。メーヴィスもナギに一礼すると、アリーの一歩後ろについて歩き去ってしまった。
「やめろぉ! 俺を蚊帳の外にするんじゃねぇ‼︎」
ただ一人、仲間外れにされて駄々をこねる子供のように地面でもがき狂っている綾鷹に、呆れ果てたナギは、宥めるように頭を撫でながら。
「ほら、アルスを迎えにいこう。色々あって忘れてたし」
いつの間にか忘れされていたアルテミスを迎えに行くと、綾鷹の気を紛らわす言葉を使った。アリーが帰ったこと、義妹を迎えに行かなければならなかったことを思い出したこと、さらにはナギの優しさでどうにか立ち直れた綾鷹と、帰ってすぐにでも眠りたいと考えているナギは、仲良くアルテミスを迎えに歩き出す。
その後、アルテミスに泣きながら怒られ、かつ、ほぼ全ての学生にグラウンドでの一件が大分の脚色を受けて広まっていることを知って、ナギは本当に不貞寝したくなったのは、また別の話。




