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地獄の保健室

 倦怠感で頭が重い。ひどい乗り物酔いをしているようだった。

 目を開く。まっさきに太陽の日差しが視界を焼いた。


「目ぇ、覚めたか?」

「……クソパパ――ふげっ!?」


 雛に刷り込みをするかのように、顔を覗き込んでいた眼前の人物の名前を、ナギはとっさに間違えた。

 そのせいで、脇腹に深く指で突かれて、鈍い悲鳴を上げてしまう。思わぬ激痛にナギは今、自分がどこにいるのかを思い出した。


 『フォリヴォラ』の能力を開放した颯人によって、グラウンドで起きていた騒動はあえなく鎮圧された。その後、完全に眠りに付いていた瀕死のナギを見つけ、医務室へと運び込んだのだ。


 約1時間の手術と30分の熟睡から目覚めたナギは、腰の骨を三グラムほど欠け落とし、かつS字結腸を5ミリほど傷つけられ、その周囲の腹の肉を前方から後方にかけて深く抉られるという大怪我を負ったが、奇跡的・・・に生存した。


 ただし、1週間ほどの安静は免れないと、後に医師の説明で念押しされる羽目になった。


「そういえば、2人は?」

「…………」

「パパ大好き」

「2人は向いのベッドだ。思いの外、柔な奴らだったみたいでな、かれこれ1時間半も目覚めない」

「ク――パパが本気でやったからじゃなくて?」

「雑巾で倒されるなんて、各国の最高戦力がいい笑いものだと思わないか?」


 「パパ大好き」という言葉を念頭に入れないと会話が成り立たない時は、たいてい怒っているときだと、ナギは認識している。怒られる理由も理解しているから、今回ばかりはナギも「パパ大好き」と言うことに否定的ではない。


(そりゃ、不老不死の怪物の攻撃だし、不意の一撃を食らってむしろ死なない方を褒めるべきだと思うけど……)


 余計なことは言わない。話をややこしいことにしてしまう恐れもあるし、なによりこれ以上に颯人の機嫌を損なうようなことは避けたい事態でもあった。なぜなら、颯人の機嫌が悪いと、美咲に加え、姉の機嫌までも悪くなり、喧嘩が起きる可能性が無限に高まるからだ。


 喧嘩が起きると最悪半年は家事全般が機能停止することを知っているからこそ、ナギの言葉は慎重に慎重を重ねたものになる。


「さて、どうしてこうなったのか。理由を聞かせてくれるよな?」

「うっ……それは……」

「まああれだ。『エデン』のバカ息子がマイスイートベイビーに結婚を申し込んで、神宮寺のガキンチョがそれに反発して決闘を申し込み、熱が入りすぎて国宝級の武装を出そうとしたなんて、ハチャメチャな事件が起こるわけもないしな。…………とうとう『学園』のイケメンナンバーワンでも決めるために戦ったりしたのか?」

(いえクソパパさま、見事的中でございます……)


 エスパーの如く、1から10まですべて見抜いた颯人の言葉にナギは汗を滝のように流し始めた。

 例えば、颯人に今語ったとおりだと言ったらどうなるだろうか。


 おそらく、ひとしきり笑ったあと、寝ている2人をあの手この手で叩き起こし、ヤクザの親分のような形相で「お前たちに娘はやらん」とかいってトドメを刺すだろう。


(よし、肯定は却下だ)


 大きくうなずいて、別の案を考える。

 では、イケメンナンバーワンを決めるために戦ったと言ったらどうなる。

 呆れた顔をして、2人を叩き起こしトドメを刺すに違いない。


(こ、これも却下……)


 およそいい案は浮かばない。最終的に2人が死ぬビジョンしかたどり着かないので、でっち上げの嘘は颯人には通用しないし、真実を織り交ぜようにもナギが関わっていて、2人が突如争うようなストーリーがとっさに思い浮かぶわけもない。ほとほと行き詰まったところに、2人ではない人物からの声が割り込む。


「オレが、アナタの娘に求婚を申し込んだ。そうしたら、このバカが突っかかってきたものだから決闘を申し込み、あのような事態に発展した」

「ア、アリー……」


 目を覚ました様子のアリーが、やはり頭重感を覚えているみたいで頭を押さえながら、そう告げた。

 嬉しくないタイミングで、嘘を織り交ぜない話をするなど、ナギにとっては心臓が破裂してしまいそうなほどの状況だった。腕を組みつつ、颯人は目覚めたアリーに向き直り、


「ほほう? じゃあ、あの戦いはマイスイートベイビーを取り合った結果だって言うんだな?」

「そうだ」

「……俺の娘のどこに惚れた?」

「見た目はか弱く可愛らしいのに、いざというときは自らを省みずに戦場を駆ける強さと儚さを含んでいるところ」

「見たところお前さんとマイスイートベイビーは、まだ他人の域を脱していないように思えるが?」

「今朝であったばかりだ。それまでは同じクラスだとすら知らなかった。手違いで更衣室を間違えて入ってきたのがアナタの娘との出会いで、とっさのことだったからな……いわゆる一目惚れというやつだろう」

(なんでこの2人、こんなに恥ずかしい会話を平然とできるの……?)


 顔を真赤にして、湯気を放出しながら2人の会話を聞いているナギは、そろそろ限界が近いように見える。


 そもそも、アリーが一目惚れをしたのかの真偽は怪しいところでもある。なぜなら、2人の馴れ初めは一歩間違えば殺人事件に発展していた可能性すらあったのだから。


 しかしそれでも、唯一の救いはこの場に綾鷹が目覚めないでいてくれたことだろう。もしも、綾鷹までもが参戦したら、収拾がつかず、手に負えないナギ自慢が始まっていたことは想像に難くない。


「ってぇ! だーもう、親父さんマジ手加減ってやつを覚えてくださいよ……」


 神は死んだ。否、生きていたとしてもナギが息の根を止めることだろう。


「神宮寺のガキンチョも起きたか。今、お前さんたちが本気を出して戦っていた理由について聞くのと、マイスイートベイビーの自慢大会を行ってるんだが、お前さんも参加するだろ?」

「は!? おいおい、なんだか面白そうなことになってるじゃないかよ~、な~!」

「とりあえず、お前さんたちが争った原因を知るためにも、2人がマイスイートベイビーをどれだけ愛しているのかについて聞かなくちゃいけねぇよなぁ」

「それ、ボクがいないところでやってもらってもいいかなぁ!?」


 神も仏もお隠れになった世界で、とうとうナギの限界は言葉となって飛び出した。

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