5話
『───よ。お目─め────』
誰だ。
誰かが、俺を呼ぶ声がする。
しかし、見覚えのない声。俺の家族にそんな声の奴なんていない筈。声は女性の声だが、そもそも俺の家族に兄弟は男しかいない。素直で天使の様な今年新高校一年生な弟に、ちょいと生意気な弟中学二年の弟しかいない。そして母はどちらかというともっと若々しく高い声だ。
『だれ、だよ───』
「■■─■──様、お─覚───さ─。我が───』
ゆっくり、ゆっくりと瞼を開ける。その時の俺の瞼は何時もよりも重々しく、まるで己の身体では無いような感覚だった。瞼から差し込まれた光は、刺激的なものではない優しいものだ。
だが、次の瞬間俺が見た光景は何時もの日常とは明らかに異質なものだった。
目の前に広がるのは、何時の時代の服装だ!?と言ってしまいたくなる服装をした外人達が俺の元で何か膝を着いている。老若男女問わず、だ。
なに、俺。何か崇められてない?だって俺がいる場所って何か祭壇の中心みたいだぜ。しかもお供え物とかめちゃくちゃあるじゃん。え、こわい、なにー?
「あぁっ、お目覚めになりましたか■■■■■■様」
「(だれだコイツ……)」
俺の近くに寄ってきたのは一人の巫女らしき少女。しかし顔が隠れて素顔まではわからない。だが、何だろう。全く根拠は無いが、美少女っぽい感じがする。声とか体型とか、ナイスバデーじゃんか。うん、服も何か神話っぽい薄着だから身体のラインがくっきりと……眼福眼福。
───でも、これ夢だよね?
俺……そんなに欲求不満なのかね。
彼女いない歴=年齢=童貞だからか……悲しい。
あー、そろそろ目覚めよっか俺。
せーのっ、おはよー、ございますっ!
「お願い致します!この国をお救い下さい!」
「(あーれ?目覚めないぞぉ……)」
どうした……え、キッつ。
え、え……?
しんどいって、何故目が覚めない。夢から覚めないんだ?
───まさか、嘘でしょ。
よくある小説の、異世界に転移しました!とか転生しました!とかそういうやつ?え、キッツ。は?は?
は?
いや、困るって。他の誰かにしろよ。何で危ない場所に連れ去られるんだ。安全な地球が一番でしょーが!何で異世界にいるんだよ!!!
「ど、どうされましたか?」
「(こいつが俺を召喚した奴か?ぶちのめしてやろうか!!!)」
殺意しかわからねぇ……。
ほんと、誰だよこいつ。
何が「国を救ってください☆(きゃぴっ♪)」とか抜かしてんじゃねーぞぉお!!!ぶっ潰すぞ、こんにゃろ───がッ!!!
よし、決めた!
この国───ほぅ、滅ぼす、ZE☆
いくぜ、おらぁぁぁぁぁ──────……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「夢、か」
……誰だよ、異世界とかほざいていた奴。バカだろ。
あ、俺か。
まあ……夢でよかった───。
で、今時間は……5:30。
何時も通りだ、よかった。
6時までにお嬢のいる屋敷に行かなければならない。
さっさと仕度するか。
VRヘルメットを被ったまま寝落ちとか笑えるな……。
とりあえず、だ。
まあ、仕事だからな。給料貰ってる分、しっかり働かなければなるまい。バイトだけどな。高校入学時からやっているが、早起きは得意だ。それに仕事の内容的に俺に向いてるんだ。
「……準備、完了」
課題オッケー、忘れ物なし。
準備万端、何時でも行けるぜ!
───と、いいたいが行く前に朝食が食べなければならない。でなければ力が出ないんだよなぁ。やっぱり朝食は大事だ。その中でもお米は偉大。パンよりご飯、太田太です。その前に洗面台に行って歯磨き等をする派なんだけどね。
「あっ、ふーくんっ!」
「おはよう」
我が母、諒子。見た目が俺と同じ学生しか見えない程若々しいのだが、最高の母親である。毎朝炊事洗濯をしてくれるので、本当に有難い……ぁ。
「それ」
「うんっ!昨日ふーくんがプレゼントしてくれたエプロンをしてみたのっ」
そういえばプレゼントしたな。毎日頑張ってくれるから何かしらプレゼントはしてるんだよ。週に一度はな。無論記念日も欠かさぬ。親父は出張してるからな。親父も親父で必ず月に一度は帰って来る様にしているけど……母を支えなければならぬ。長男としてな。
「はいっ、どーぞっ!」
「いただきます」
……うむ。やはり美味っ!今度の休みは昼食と夕食を作ろう。洗濯については弟二人に任せよう。やらなかったらやらなかったで俺がやるけどな。っていうか、何時も仕事でやってるから関係ないけど。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした♪」
「……何時もありがとう」
感謝は必ず。
それが俺が大事にしていること。
何でもないような事でも生活を支えてくれる人に対して感謝をする切っ掛けとかはなかったが、何となくだ。頑張っている人を見ているとな。何時もありがとう、と思ってしまう。まあ、端から見れば偽善者なんだろうけど。
「行ってきます」
「行ってらっしゃ~い♪」
……帰りにケーキ買っていくか。母さんチーズケーキ好きだから多分喜ぶだろう。
とりあえず、今日も1日頑張るか。
自宅から徒歩約15分、お嬢の屋敷の前に到着する。めちゃくちゃ金持ちな人が住んでいるのだと一目でわかるだろう。だが、その規模が桁違い。確か東京ドーム十個分あるぞ、ここ。方向音痴な人が入れば必ず迷う。てか、トラップがあるから下手すれば死んじゃうし……。
さて、ちゃんとした正規ルートで向かってるからな。同行者は俺一人だ。と、いいつつ見えない所から監視はある。
……そろそろ出てきても良さそうだが?
「おはようございます、太田様」
「おはようございます」
使用人の中でも最も位の高いバトラーである初老の男性。この方はお嬢の専属ではなく、お嬢の父親専属だ。バトラーの中でも有名らしいが、そこまでは知らない。
「おっ、おはよう、ございっますっ!」
「おはようございます。お嬢様」
さて、やって参りました我等がお嬢様、『夜桜麗華』様。艶やかな長い黒髪にまんまるとぱっちりとした瞳。その睫毛は長く余計に美しさを増させるには十分だ。そして白く透き通った綺麗な肌は触ればさぞ触り心地が良いのだろうと目で理解できる。美少女というより、天女だ。まさしく天から舞い降りた美の化身そのもの。容易く触れてしまえば、その美しさに滅されてしまうと思うのは冗談だと思いきやガチで思ってしまう男もいる。
説明でもわかるだろうが、お嬢様は学内No1美少女として一年では男女問わず君臨していたのだ。ま……俺からすれば高嶺の花なので、むしろ逆に性的な目で見れない。もう一年間共にいるが、既に護衛対象なので興味は無くなっているのが本音。
「太田、行きましょう」
「承知した」
……え、硬くないかって?
すまん。現実の俺は心で思っている事を口に出来ないヘタレ野郎なのです。なので、思った事を中々言えずに簡潔に一言で済ませてしまう。これが俺にとって楽なんだけどな。基本俺からは話しません。だって、そんなコミュニケーション能力高くないから。
麗華様の鞄を持って、俺は従者の様に彼女の直ぐ斜め後ろに着いていく。何時でもお嬢の前に立って守れる様にはしているのだ。何時何時、何が起こるかはわからない。
不審者が現れるかもしれないし、車が突っ込んでくるかもしれない。そもそも、お嬢は夜桜家の御令嬢。狙われるのが当たり前、というのは不謹慎だろうが事実だ。だからこそどんな些細な事でも、可能性が低くても対処をしなければなるまい。
「……」
「太田、顔怖いわ」
「失礼した」
うむ。何時も警戒しているとお嬢に注意される。どうやらめちゃ怖いらしい。自覚していないけど、意識しているつもりなんだけどな……。
……さて、現在の時刻6:30です。
何故こんなに早く登校するか、と疑問に思うだろう。
これには二つ、理由がある。
まず一つ目は、お嬢は学校だけでなく学外でも人気なのだ。なので普通に登校してしまえば、男子生徒達に囲まれてしまう。これはこれで大変なのだ。特に教師達が、ね。入学初日に……あれは大変だった……まさか、教師の皆様に御迷惑をお掛けしてしまった……。
そして二つ目は、純粋にお嬢が散歩が好きということもある。お嬢の屋敷から出るには数十分は掛かるが、その屋敷から約10分弱で到着する。けど、それはあまりにも速いので時間潰しにお嬢の通学ついでの散歩の付き添いもしているのだ。
だが、こんな時でも希にスレ違う通行人や数キロ先に監視している特殊部隊も常に配置されているので最悪俺が対処出来なければ、その方々がフォローしてくれる事となっている。
……そもそも何故俺がお嬢の護衛をしているのか、という理由は意外にも薄い理由がある。まあその理由はお嬢の父親と俺の父親が学生時代の親友なのだ。護衛に抜擢されたのは、見た目がでかくて厳つい。そして娘であるお嬢と同年代だったからだ。というより、入学したのも偶然で、ていうのもある。
「……太田、昨日何かありました?」
「?」
「何となく?」
多分、『Moster Onlie』かな。
俺、表情出やすいのかも?だが、ゲームやって楽しんでいましたと言ってもお嬢はそういうの興味無さそうだしな。そもそも俺はお嬢の送り迎えの護衛に、掃除や洗濯だ。時給はいいしな……。
……まあ、はぐらかすのはあれだし一応言っておくか。
「ゲームです」
「げぇむ……」
「はっ」
「どんなげぇむなの?」
「『Moster Onlie』です」
「……へぇ」
因みにお嬢との会話はあんまり続かない。ほんと、ごめんねお嬢。もう話が終わって、特に続けることもないんだ。マジでめんご。つまんない護衛ですまない……。
───それにしても、今朝の夢はなんだったんだ?
何というか、あまりにも……まさか、俺の前世とか?
………………まっさかぁっ(笑)そんな厨二病が思い願う、愚かな願望とかあり得ないですよねぇ!