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心緒  作者: 宮田カヨ
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その9

 フィデーリタースと名付けた男は、銃を扱うのも軍刀を握るのも初めてだった(ついこの間まで浮浪者として生活し、戦場とかけ離れた生活をしていたので、当然だが)。ものは試しにと使わせてみたものの、銃の反動には耐えることができていなかったし、軍刀の握り方もなっておらず、すぐに手から離れてしまいそうだった。

 それなら、と彼は座学を教えてみた。一応、字の読み書きはできているが、簡単なものしかできず、それ以外のことはできていなかった。

「申し訳ありません……ジェニングス少佐」

 フィデーリタースは内心、焦りを感じていた。このままでは彼の役に立てない。彼に対して恩を返すことができないではないか。

 しかし、彼はフィデーリタースを責めなかった。少しずつ慣れていけばいい、と言った。

「大丈夫です、一緒に頑張りましょう」

 彼は、フィデーリタースに座学を学ばせることを選んだ。上官からの命令で最低限、体を動かすことはさせたが、それ以外では字の読み書きや本を読むこと、趣味を見つけるように指示した。無理に体を動かしても、体が壊れることは見え切っている。無理に戦いへ身を投げる必要はない、と彼が言ったからだ。それに、彼はフィデーリタースが戦場へ行くことをよしとしなかった。その様子を見た同僚からは、甘い、と言われてしまった。

「さっさと使えるようにしたらいいじゃんか。何で戦わせないの?」

「……今まで浮浪者だった奴を、いきなり前線送りなんてできないさ……まあ、大丈夫だよ。なるようになるさ」

 訓練場で体を動かしているフィデーリタースと赤毛を見ながら、彼と同僚は話し込んでいた。他にも訓練場を使用しているものはいるが、皆彼らを遠巻きに見つめ、関わろうとはしていない。

「……お気楽っつーか、危機感がないっつーか」

「そんなこと言ったら、あいつだって同じだろ?」

「あいつは馬鹿だし、俺の言うこと聞いてちゃんと守るからいいの」

「あいつだって聞くさ」

「でも馬鹿じゃない」

 結局のところ、フィデーリタースの情報は何一つ掴めなかった。とある孤児院出身であることが、彼の口から出た、身の上がわかる唯一の情報で、その孤児院について調べてみたところ、そこは院長の起こした不祥事のせいでとうの昔に閉鎖されていた。当時勤めていた職員たちはとっくに所在が分からなくなっている。調べてわかったことは、彼が法律違反に値する人間で、彼の出身である孤児院はその法律に違反する人間を収容していた場所であるということだけだった。

 同僚はため息をつき、肩を竦めた。

「言っとくけど、お前結構な人間から反感買ってるぞ」

「まあ……それに関しては元からだしな」

「……法律違反して見逃してもらえてるのなんて、上官か党の人間かお前くらいだし、結構な奴、お前のこと上官に告げ口してるぞ。後ろから刺されないように、気を付けろよ」

「でもお前は告げ口してない。それに、お前も同じだろ? 法律違反は」

「言う価値ないだけ、馬鹿にはなりたくないから。それに、俺はお前と違って俺は隠すのが上手いからバレてないの」

 同僚は一度深いため息をついた。

「特にグレーゼには。お前が目を離したら、何しでかすかわからないし」

「……わかってる」

「……ならいいけど」

 同僚は赤毛の方を見つめる。

「警告してくれるなら、あいつのこと隠すことくらい手伝ってくれ」

「金出してくれたらいくらでも手伝ってやるよ。ただでさえ、あのバカのせいで金減ってんだし……なんでガキってこうも金ばっかかかるのかな……ガキって年齢じゃないけど」

 この精神と金銭対しての意地汚さが赤毛に伝染しないか、と赤毛を側近として選び、人としての教育を施しているときは心配したがそのようなことはなく、赤毛はのびのびと人として成長している。そんなふうになってくれたら良い、と思いこうして赤毛とフィデーリタースを交流させているが、人見知りの嫌いでもあったのか、フィデーリタースはあまり人と深い関係にはなろうとしなかった。

「……お前の銭ゲバ精神、あいつに移らなかったのが幸いだな」

「お前はもう少し金に執着もった方がいいよ。あって損はないしね」

「金は少しあるくらいが丁度良い、っていうぞ」

「俺はたんまりあってくれる方が嬉しいから」

 しばらくして、彼は同僚とともに戦場へ行くことになった。フィデーリタースには本を読むことなどを伝え、彼は戦場へと向かった。今回の戦いは、帝国と敵対している連合国のうちの一つとの戦いだった。結論から言えば、戦いは帝国の圧勝だった。戦死者もあまり出さず勝ち進めることができたが、彼や同僚を含む軍人がそこで負傷した。銃弾が足をかすめた程度だったため、あの医師もすぐ治ると言っていた。

 しかし、それがきっかけになったのか、フィデーリタースは本を読むこともそこそこに、体を動かし、武器を握ることが増えた。戦闘訓練も積んでいき、へぼだった実戦もある程度できるようになっていった。

 彼がそうしなくていい、と言っても聞かなかった。

「そんなこと、しなくていいんだ。頼むから、やめてくれ」

 最初は敬語で互い話し合っていたが、いつの間にか彼の敬語は外れ、フィデーリタースも彼をファーストネームで呼ぶようになった。

「……俺の命は、ナハト、あなたのものです。あなたをみすみす見殺しにする真似なんて、できません」

 フィデーリタースが側近としての責務と、恩を返そうと行動していることはわかっていた。

「俺はお前を戦わせるために側近にしたわけじゃない」

「……わかっています。あなたが法律違反まで犯して、俺を助けてくださったことは」

 フィデーリタースは、だからこそ、と言葉を続けた。

「俺は、あなたに命を捧げたいのです。あなたという人間のためなら、俺は……」


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