その7
なんか最近一気に進むなー(フラグ)
「俺が言える立場じゃないけどさ、お前も結構物好きだよね」
字の読み書きをするためのテキストを渡しに、同僚の部屋に行った時だった。
部屋を出て行こうとする彼を呼び止めた。普段はそんなことしないのに、一体どう行った風の吹き回しなのだろう。暇なのだろうか、とも考えたがいまいち納得できない。
「……何のことだ?」
「お前、変な狗、拾ってきたんだろ。こいつが見たってさ」
同僚は座っている赤毛を指差す。なるべく人目につかないよう行動してきたというのに、一体どこから情報を仕入れたのだろう、と彼はため息をついた。
同僚はテキストを座っていた赤毛に渡す。赤毛は彼にぎこちなく礼を言うと、ペンを持って読み書きを始めた。赤毛は幼い子供が書くような拙い字を書いていく。赤毛は今でこそ座って時の読み書きを練習することができるようになったが、つい最近まで発音の練習や人としての最低限の生活を営むことを訓練していた。彼もそれに協力し、共に赤毛を人間にしていった。
こいつを選んで損したよ、と同僚が愚痴をこぼしていたのを今でも覚えている。けれど、それが本心ではないことは彼にはわかっていた。
同僚はため息をつき、彼に向き合った。
「民間人が死のうが、別にどうでもいいだろ。助けたからって金が出るわけじゃねえんだしよ。金のない相手、助けたってしょうがねえだろ」
「……拝金主義や守銭奴はいつか身を滅ぼすぞ、気をつけろ」
「ご忠告、どーも。で、質問に答えてくれる?」
雪の中、倒れていたあの男は宿舎の医務室に連れて行った(町医者でも良かったのだが、彼には当てがなかった)。戦場で受けた傷の処置に関しては心得があるが、衰弱した者への処置の仕方はわからない。医師に任せ、目を覚ましたら教えて欲しいとだけ伝言を残し、その場から立ち去ったのは今から数時間前のこと。
「何で拾ったの? 敵のところの鼠だったらどうすんの? 責任取れるの?」
「……なんでだろうな。俺にもわからないよ……もし仮に、あいつがお前の言う通り鼠だったら、俺の首を刎ね飛ばすなり、吊るすなり、銃で撃ち殺せばいいさ。そうすれば、上も納得するし、周りの奴らもお喜びだろ?」
言われてみたら、なぜ助けたのかわからなかった。それが懇意だったのか、同情なのか、善行を積むための行為だったのか、何だったのか、考えれば考えるほど頭がこんがらがっていく。
同僚はため息をつくと、呆れを含んだ眼差しでこちらをみた。
「……まあ、お前が甘ちゃんなのは知ってるけどさ。今度から助けるべきやつは見極めなよ。面倒ごとに巻き込まれて、あとあと困るのお前なんだから」
ぶっきらぼうな物の言い方なのは、同僚の癖のようなものだった。
「……心配してくれてありがとな」
「……は? 別にしてないんだけど。寝言は寝てから言いなよ」
素直じゃないやつ、と笑みを浮かべれば、笑うなと叫ばれた。その声に赤毛の方が跳ね、同僚は慌てて視線を彼から赤毛に移す。それに笑えば、笑うなと言われた。
同僚の部屋を出て、自室へと戻る。途中、廊下を歩く他の同僚や部下、上官たちとすれ違ったが、特に挨拶も何もせずに素通りする。時折わざと聞こえるように声を大きくしている陰口が、彼の耳に入った。宿舎の中で、用もなく彼に声をかけるのはあの同僚と赤毛、あとは医師として勤務する若者とその助手くらいだ。それ以外とは口もきかないし、用があっても最低限の会話だけで済ませる。随分と嫌われたものだな、と吐いたため息には周りへの呆れと侮蔑が含まれていた。