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心緒  作者: 宮田カヨ
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その6

 雪の中、弱っていた白銀を見つけたのは本当に偶然だった。

 確か、あの日は白猫の様子を見に、裏路地へと行っていた。

 餌をやったり、 構ったりしている白猫だった。白猫は身重で、ついこの前子猫が生まれたばかり。生まれたばかりの子猫や、出産で体力が消耗している白猫がこの寒さの中、生き延びられるとは思っていない。差し入れと言っては変だが、餌や毛布を、猫に渡そうと思っていた。

猫は住宅街にある集合住宅の裏に設置されている、ゴミ箱の下に巣を作っていた。そこなら運が良ければ腐っていない残飯で腹は満たせるし、時折人が残飯ではない餌をくれる。人が住んでいるため天敵も寄ってこない。欠点は、暖があまり取れないことだけ。

 ゴミ箱の前にしゃがみ込み、下を覗く。今着ている軍服は汚れてしまうが、後で洗えばいいと思っていた。

 奥の方に、白い猫と子猫の頭が見えた。こちらを警戒しているのか、白猫は子供を守ろうと威嚇していた。

「ヴァイス、出ておいで。俺だよ、ご飯持ってきたよ」

 白猫なので、ヴァイスと呼んでいた。色で呼ぶとは安直だが、他に思いつかなかったのだ。

 ヴァイスと呼ばれた白猫は、彼の声を聞くと、ゆっくりとした足取りでこちらへ向かって来た。けれどゴミ箱の下から顔は出さない。子が生まれたばかりで、いくら慣れている相手でも警戒が解けないのだろう。仕方がない、子供が生まれたばかりなのだから、と少し笑って持ってきた餌を下に入れてやる。そして、持ってきた毛布もそのまま下へ入れてやった。それには少し警戒していたようだが、暖かいものと分かれば、ずるずると奥へ持って行って、子猫をそこに運んでいた。その様子を見て、彼は少しだけ笑った。

「いつか触らせてくれよな」

 白猫はこちらを一度だけ見て、毛布の中にくるまってしまった。

 体を起こし、ずれたマフラーを巻き直す。

「またね、ヴァイス」

 白猫にそう声をかけて、その場を後にする。大通りに出ると、子供達の歌声が聞こえた。確かあれは今、子供達の間で流行っている歌だった。幼い子供がいる上官から教えてもらった。比較的交友的な上官曰く、学校で流行っているものらしい。侮蔑を含むスラングを多用しているため、言葉遣いが悪くなるなど、そんな愚痴を聞かされた。

 戦火の中、大声で、敵国を侮辱するスラングを混ぜながら、子供達は楽しそうに歌い、雪の中で遊んでいる。それに眉を顰めながら、宿舎への道へつく。

 少しだけ、遠回りと寄り道をしてから帰ろうと思った。すぐに宿舎へ戻るのは、なんだか気が引けてならなかった。まだ門限まで時間はあるし、多少遅れてもある程度は目を瞑ってもらえるはずだ。

 普段通らない道を、一歩一歩踏みしめながら歩く。ブーツから伝わる雪の感触や、雪を力一杯踏みしめながら、少しずつゆっくりと。子供達が歌うスラングまみれの歌や、町の騒々しさが少しマシになった気がした。

 時折、子供や通行人が彼に気づくと声をかけた。彼は困ったように笑って、手を振り、軽い会釈を返すだけだった。それでも、通行人たちは謙虚や礼儀正しいと彼を評価したり、子供は反応が返ってきたことが嬉しくてはしゃぎ出したりしていた。

  回り道などせずにさっさと帰ればよかった、と後悔しながらさっさと抜けてしまおうと足を速く動かす。

 ふと、彼は足を止めた。雪を被った、とても貧相な男が倒れていた。浮浪者なのだろうか、よく見ると空き缶のようなものも置いてある。中にはわずかな小銭しかない。その日食っていくために必要な小銭すらなかった。辺りを見回すが、行き交う人々は男に視線を向けていても、目は向けていない。彼は思わず駆け寄り、男の前にしゃがみ込んだ。体は冷たく、意識を失いかけている。浮浪者はこんな雪が降っている寒い日でも暖が撮れる場所を知っていて、冬の間はそこで暖をとるはずだ。それなのになぜ、こんな場所にいるのだろう。

「……おい、お前! 大丈夫か!」

 彼が声をかけてようやく、男を遠巻きに見ていた通行人たちがわらわらと集まってきた。人通りも多いのに、気づかないわけがない。彼は男の体を揺さぶった。その時、気づいた。人々が彼に声をかけなかった理由が。

 男は小さく呻き声を上げただけで、それ以上の反応はしなかった。しかし、今はその時間すら惜しい。男の息は今にも止まりそうなくらい浅い呼吸だった。

 このまま放置して宿舎に帰ってしまえば、確実にこの男は凍死する。彼はコートを脱ぐと男にかけ、男を背負った。同じ男と思えないほど軽く、全てが細かった。

 そのまま急いで宿舎へと戻る。先ほどのように雪の感触を楽しむなんてことせずに、滑らないように気をつけながら、宿舎までひたすら走った。

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