その55
シュティレはワイングラスを落としそうになった。
「死んでる?」
「ああ」
男はワインボトルが空になったのを確認すると、そばに控えていた使用人に、とびきりいいものを、とワインを持ってくるよう言いつけた。
「でも、役所には死亡届なんてなかったはずだけど」
「まあな、俺と上の連中の意向だ。『懐刀』はまだ使える」
「……なるほど、父親の死を知ったらってことか」
「そういうことだ」
全く、悪趣味だこと。
「そうだ、なんで死んだの?」
「言ってもいいが、酒が不味くなるぞ」
「……自分で調べるわ」
「そうしてくれ」
「あ、墓とかないの?」
「共同墓地にあるが、場所までは覚えてない」
相手が満足するまで酒を飲んで。シュティレはその間ずっと考えていた。本当に死んだのだろうか。嘘ではないのか。ミナヅキ・ムラマサが死んだこと。
相手が酔い潰れたことで、ようやくお開きになって。ホテルへと戻ってまずシュティレがしたことはトイレへ向かって胃の中身を吐き出すことだった。
「あー……飲みすぎた」
「大丈夫ですか?」
ナハトがタオルを渡してくれる。先程まで背を撫でてくれていたのに、いつの間に用意したのだろうか。
礼を言って、それを受け取って、シュティレは口を顔を洗ってからタオルで拭いた。今部屋にベレッタはいない。大学で授業があるそうだ。
「ありがと」
「……いえ」
シュティレは水を一杯飲んでから今日会ったことを話す。
「一筋縄ではいきそうにない。時間ちょうだい」
「……あの」
「何?」
「……本当に、父のこと助けてくれるんですか?」
「まあね。なに? 助けなくていいの?」
「い、嫌です!」
「でしょ? だから時間ちょうだいね」
ナハトは頷く。その顔には希望と期待が満ち溢れている。
それからは奇妙なこともあるものだ。帰ると同時に、ナハトと、ついでにベレッタと友人として関係を気づいてしまったのだから。人生、何があるかわからないものだな。そう思った。




