その53
「ナハト、元気してたか? 何かされてねえか? ちゃんと飯食ってたか?」
ナハトの体に触れて体調を確かめるベレッタ。こいつめんどくさいやつだ、と今とあまり変わらない感想をシュティレは抱いた。
首都にある大学に、二人は来ていた。大学の方には生徒と面会をしたいと事前に申請していたこともあって、すぐに応接室に案内された。普通ならありえないことだ。そもそも、この大学は生徒と教員など、大学の関係者以外の入校を許可していない。だが、軍人であることとウィンチェスター含む上層部数人、そして懇意にしている政治家の署名が入った紹介状が役に立った。
待つのかな、そんなことを考えていた。シュティレは出されたコーヒーを飲みながら案内役の教員と話をして、ナハトは緊張から手が震えていて。
五分もたたないうちにお目当ての人物はやってきた。
「ナハト!」
部屋に入ってきたのは黒い髪と目の下に隈を作った男、ベレッタだった。ベレッタは自己紹介よりも先にナハトの顔を見ると駆け寄り抱きついていた。そのせいで椅子が嫌な音を立てる。その場にいた教員も嫌そうな顔を向けている。
「あ、アールツト、落ち着いて……」
「落ち着いてられっかよ、どれだけ俺が心配したかお前わかってんのか?」
シュティレはため息を吐く。粗暴な男、これがアールツト・ベレッタという男か。シュティレは初対面の時にそう思った。仮にも医者の卵がここまで口が悪いとは、最初はそう憂いたものだ。だがこれは反骨心からくるものだと理解したのはもう少し先だ。
「なあ、俺、もう少しで……」
「……あんたらさ、ホテルで積もる話してくれません? 俺、移動したいんですけど」
ベレッタはナハトから体を離して立ち上がったシュティレの方を向く。
「……ナハトのこと、連れてきてくれてありがとよ」
「どういたしまして。で、さっさとしてくれません?」
敵意を出してナハトを守ろうと庇うように立っている。けれど形式上ではあるが一応礼は言えるくらいの作法はあるようだ。
「ホテルでも話すことはできんでしょ? 俺、時間ないんですよ……あんたさ、親父さんのこと、どうでもいいわけ?」
ナハトは体を固まらせて、ベレッタはシュティレに初めて敵意以外のものを向けた。
「水無月おじさんのこと、なんでお前が知ってんだよ」
「そいつに借りがある、だから知ってるんですよ。それだけ。あんたに話す義理ない」
シュティレは案内役の教員に出口へ案内してほしいという旨を伝える。そして、部屋から出る前に二人に声をかける。
「早くこないと、あんたの親父さんのことほっといて俺、帰るから」
まあ、ナハトのこと置いて帰れないけどさ。嘘でもこれを言えばついてくるだろう。なんせ、二人は単純だから。
出口へ向かって歩けば、ナハトとベレッタが慌ててついてきた。
「……あのさ、言った手前あれだけど、授業出なくていいんですか?」
シュティレは教室移動をしている生徒を指差しながらベレッタに聞いた。
「ああ、こいつの方が大事だ」
「……あっそ」
シュティレは胸に何かを感じた。あの時はわからなかったが、それがなんだったのか今ならわかる。
二人が羨ましかったのだ。




