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心緒  作者: 宮田カヨ
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その5

クリスマスなので一気に投稿です。

 荒くなった呼吸のせいで、喉が痛む。体の水分が、冷や汗として全て外へと出て行ってしまったような感じがする。しかし、水を飲む気にはなれなかった。今口の中に何かを入れたら、確実に吐いてしまう。そんな気がした。

ドアを開け、部屋の中へと入る。ニュイにあてがわれた部屋の窓からは広場がよく見える。無邪気に広場を駆け回り、談笑する様子を見ていると、この場所が戦火と俗世と切り離されているような気がしてならない。窓の隙間からは、孤児たちの笑い声が聞こえてきた。その声を聞きながら、ニュイは壁に背を預けながらへたり込む。ため息をつき、少しでも気分を落ち着かせようと深呼吸をした。

 女児の言っていた帝国とは、この戦火の中、他国を侵略し領土を広げている国だった。自国の繁栄ためならどんな手段も辞さない。よく言えば愛国心が異常に強く自国民を強く愛している、悪く言えば自国以外を気にもとめていない選民思想の激しい非道の集まり、とニュイは評価している。帝国の軍人は、戦争を行うことになんの感情も抱いていない。むしろそれを歓迎していた。それで正義の鉄槌でも下しているつもりなのか、はたまた権威を示したいのか。正確な理由は、ニュイにはわからなかった。

 あちらこちらに戦争を仕掛け、猛威を振るう様はなんと幼稚で愚かだっただろう。

 しかし、それが衰退し始めたのは今からちょうど一年前。帝国の軍に所属していた「懐刀」と呼ばれる軍人が突如、行方不明になったのだ。

  一人で小部隊十個分の働きをすると評価され、「懐刀」は常に前線に駆り出されていた。多くの戦いで功績を残し、国に繁栄をもたらす軍人だと期待されていた。

 しかし、その力のせいで敵国の人間からは疎まれ、常に命を狙われた。夜をまともに眠ることもできず、安心できる居場所はどこにも無かった。帝国の軍人からは妬みや怨嗟を抱かれた。「懐刀」のせい仕事を奪われていたのだ。自身の貢献する場が奪われ、軍の上層部からは役立たず扱いを受ける。その腹いせは常に「懐刀」に来た。

 突然消えた「懐刀」行方は誰にもわかっていない。「懐刀」を無くした帝国は衰退の一途をたどり、かつて得た領土を守ることに必死になり、新たな領土を手に入れることが難しくなってしまった。帝国と同盟を結んでいた国も、自国を守ることで精一杯となっている。

 いかに帝国たちが「懐刀」に頼っていたかがよくわかる。

「……さっさと諦めちまえばいいのにな」

独り言は、小さな声だったにも関わらず部屋の中によく響いた。

おそらく、帝国さえ降伏すれば少なくとも戦争は終わる。誰も彼も、長く戦争を続けていたいわけではない。降伏すれば国家としての失墜は免れないだろうが、これ以上無意味な行為を続けてなんの意味があるのだろう。

頭の中にある何かを振り払うように、ニュイは首を横に振った。慰めにもならない意味のない行為だったが、するだけで少し気分が良くなったように感じる。

 ゆっくりと立ち上がり、部屋を後にする。ぼんやりとする頭を抱えながら、台所へと向かった。今は吐き気を感じない。喉が渇いて、肉がひっつきそうだ。

 修道女の言う通り、水か何かを口の中に入れようと思った。

「俺にはよくわかりませんが、あなたはとても繊細な方なのですね」

 白銀の声が、ニュイの頭の中に響いた。

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