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心緒  作者: 宮田カヨ
41/62

その41

スプラフェスお疲れ様でした!!


 薄暗い牢屋に、イノセンスはいた。

 首と足には鎖がつながっていて、伸ばしっぱなしの髪の毛は乱雑に切られ、炎であぶられたのか所々焦げていて、体は鬱血や火傷など、怪我で覆い尽くされ、必死に涙を堪えていた。

 その日、シュティレは奴隷商に用があった。

 その奴隷商は、表向きは工場長として働き、戦争に必要なものや日用品を作り、収益を帝国に献上している、どこにでもいる男だった。だが、実際にはフィデーリタースやイノセンスと同じ人種の人間を奴隷として売り捌いているような男だった。

 奴隷の売買は法律で禁止され、売った側も買った側も、発覚すれば一生牢獄の中で生活することとなる。

 だが、その法律はほとんど形骸化しており、金持ちのほとんどは召使いとして奴隷を所有している。召使として働いていたらまだいい方だ。

 シュティレが奴隷商に用があったのは、奴隷を買うためだった。購入した奴隷を側近として迎えるためだ。

 シュティレは軍の人間を側近に迎える気はなかった。帝国の人間は、どうも信用することができなかったのだ。

「それで、どんなのがいるの?」

 奴隷商に差し出された葉巻を咥えて、ぶっきらぼうにそう言い放つ。

「ヴォルカニック様は、一体どういったものがお望みで?」

 この奴隷商はシュティレに対して多大な恩を感じている。この奴隷商は今でこそ金を稼ぎ、巨額の富を手に入れているが一昔前はそこらの工場長よりも稼ぎのない男だった。利用価値がある、そう判断したシュティレが手を回し、莫大な稼ぎを手に入れることができ、帝国の政治家ともコネクションを持つことができた。

 見返りに、シュティレはこの男を介して戸籍などを手に入れている。もちろん、その金は全て奴隷商が払っている。狡猾で恩着せがましい性格のくせに、意外に義理堅い。変な男、シュティレは奴隷商のことをそう思っている。

「頭がいいやつがいいけど……とりあえず全員見せてくれる?」

「ええ、かしこまりました。こちらです」

 地下へと案内され、売られている奴隷を見つめる。

 狭い個室の中、期待と不安が入り混じった目で、鎖に繋がれた人間がシュティレと奴隷商の顔を見つめている。買われ自由の身になれるという期待と、処分されるかもしれないという恐怖心。

 自分が言うのもあれだが、この奴隷商もだいぶ趣味が悪い。

 いないな、理想の側近。シュティレはため息を吐く。

「ヴォルカニック様? 如何されました?」

かすかに悲鳴が聞こえた気がした。

「まだ誰かいるの?」

 更に地下に続く扉を指差しながら、シュティレは問う。

「ああ、出来損ないがいるだけでございます」

「一応見せてくれる? 全員見たいからさ」

「とんでもない、とてもお見せできる代物では……」

「いいよ、別に。見せてくれる?」

 奴隷商は、仕方がない、といった感じで扉を開け、案内した。

 シュティレが地下へと足を踏み入れたとき、悲鳴は聞こえなかった。代わりに呻き声だけが聞こえてきた。

「お前たち、お客様の前だ」

 奴隷商は一番奥の牢屋の中にいる、大柄な男たちに向かって言った。牢屋は数個ほどあったが、使われているのはこの一つだけのようだ。

 大柄な男たちは奴隷商の声を聞くと姿勢を正し、シュティレに向かって挨拶をする。どうも、と軽く返して、牢の中にいる奴隷の顔を見た。

 顔は赤く腫れ、碧眼には涙を溜めている。長い赤毛は痛み、あちこち跳ねている。

 赤毛は奴隷商の顔を確認すると奥へと引っ込んでいこうとした。

「こいつ、何でここにいるの?」

「これは商品ではございませんゆえ」

「なんで? 見た目はいいのに」

 好色家なら喜んで買いそうな見た目をしている。

「……これは値段をつけることすらできない出来損ないでございます」

「……というと?」

「……これは頭が足りません。憂さ晴らしのためにここに置いているのでございます」

 男に髪を掴まれ、引っ張られ、石畳の床に叩きつけられる赤毛。声を出せば、ひどい仕打ちでも待っているのか、声が漏れないように口を噤んでいる。先程は抑えることができなかったのだろうか。

「……こいつにする」

 奴隷商は言葉が出ないようだ。

「こいつにする」

「い、いやしかしヴォルカニック様……」

「欲しい額、あるなら言えば?」

「い、いえ。ヴォルカニック様から金銭をいただくなど……」

「そう。こいつ、とりあえず外に出してくれる?」

 奴隷商は渋っている。憂さ晴らしがなくなるというより、出来損ないを自分に渡すことを恐れているようだ。

 早く、とシュティレが催促すれば、奴隷商は牢の扉を開けて、中にいた男が赤毛を引っ張り出す。

 シュティレは赤毛と目線を合わせる。

「……お前、今日からイノセンスね」

 イノセンスと名付けられた赤毛は、怯えて泣いていた。


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