その4
帝国を帝都に変えようか悩んでる
ニュイは出版こそしていないが、作家のようなことをしている。本を出版することはとうの昔に絶たれた夢だったが、物語を書くということだけはやめられなかった。
今は世界中のあちこちで戦火が巻き起こっている。街や村は襲撃され、跡形も無くなっている場所もある中、この修道院は傷一つ無く、軍人が踏み込んでくる様子すらない。
この修道院は襲撃除外地区に指定されている。そのため、爆撃や襲撃を行うことは許されていない。だから、孤児たちはここを目指し、助けを求める。両親も子供をここへ預けたり、ここへ捨てたりする。
戦火の状況下でも、我が子への愛が働いているのだろうか。
「かあさんもとうさんも、戦争が終わったら迎えにきてくれるよね。迎えにきたら、ニュイが書いた話を読ませてあげるんだ。二人とも、きっと面白いって言うはずだよ」
男児は自分に言い聞かせるようにそう言った。心配したのか、はたまた慰めようとしているのか、女児がこう口を開いた。
「大丈夫だよ! きっと、戦争はもうすぐ終わるよ! だって、『ていこく』の『ふところがたな』はもういないのよ!」
その言葉には希望が詰まっていた。孤児たちは戦争が終わることを望んでいる。
だが、その言葉にニュイの体は強張った。滅多に描かない冷や汗が肌を伝う感覚がする。
それは修道女や他の大人達も同じだったようで、空気が張り詰めたような感じが、辺りに漂った。孤児たちの呼びかける声や笑い声は、遠くに響いているような感じがする。
そういえば、と思い出した。この前、街まで物資を買いに行ってきた者が忠告めいたことを言ってきた。
「ニュイさん、気をつけてください。あいつらはまだ、懐刀を諦めていません」
なるべく人目につかないよう行動してきたが、まさかここまで追っ手が来ていたとは。恩を仇で返すような真似はしたくはない。この場にいる者たちが危険な目に合わされるなら、すぐにでもここを離れるべきか。
「ニュイ? どうしたの? 大丈夫?」
女児の声に、ニュイは我に返った。
しかし、ニュイは女児の顔を見ることができなかった。答えようとしても声も出せず、なんとか顔を動かし、黙って頷いた。
「ニュイも『ふところがたな』が嫌いなの? 大丈夫、もしここに『ふところがたな』来てもわたしたちが守ってあげる!」
やめてくれ、そう言いかけた。それを見ていた修道女が助け舟を出す。
「……いいですか、あまりそういうことを口に出してはいけません。誰がどこで聞いているか、わからないのですよ」
修道女が女児を窘めた。真剣な修道女の声に、女児は小さく謝罪する。
「……ニュイ。顔色がひどいです。水を飲んで来なさい」
修道女はここを離れるように言った。
「……はい、そうします」
ニュイは立ち上がり、その場を離れた。後ろから女児の声がする。だが、なんと言っているかはわからなかった。
修道院の中に戻り、ニュイは台所ではなく自室へと向かった。その足取りは早く、今にも駆け出しそうだ。足音が、静かな修道院に響く。修道院の中には、人がいない。皆、広場へ出ている。そのため、ニュイに声をかける人物は誰もいなかった。