その34
シュティニュイ(シュティナト)みたいだけどそんなことないです。
イノセンスは袋を受け取った。少し不服そうだが、納得はしてくれたようだ。その頭を撫でて、シュティレは部屋を出た。
シュティレはある場所を目指しながら、こう思った。もし、こいつがまた姿を眩ましでもしたら。今度は全員を守りきれる自信はない。きっと、上の人間も、もう賄賂なんて欲しがらない。あの人たちを守るためにも、ナハトには今しばらくここにいてもらわないといけない。あの人たちを逃す手立てが思いつくまでは。
一年前のあの時、ナハトは帝国から逃げ出した。ナハトが戦争や帝国に嫌気がさしていることは気づいていた。逃げ出したいというなら友として手を貸してやるつもりだった。まさか、自分に何も言わずに出ていくとは思っていなかった。
この帝国で、ナハトと一番近い関係にあるのはベレッタだ。だから、誰よりも早くベレッタの元へと向かい、逃亡の件を問いかけた。ベレッタは少し悩んだようだったが、お前なら大丈夫か、と呟くと全てを話した。
「あいつは、逃げたんだよ。俺が手を貸した」
「……なんで、俺に言わなかった」
「口止めされてたんだ……お前のことを面倒ごとに巻き込みたくなかっただとよ」
ナハトと関わりを持っている時点で面倒ごともクソもない、シュティレはそう言い返した。
「……どいつもこいつも、どうしてこうもバカばっかりなの……!」
滅多に顔を出さない怒りと虚しさが、胸の中を支配する。詐欺師として働いていた頃も、今も、裏切ることはあっても、裏切られることはなかった。信じていた相手に裏切られるというのは、こんなに辛いことなのか。かつて、自分が騙していた相手を思い出す。嘘つきと言われたこともあった。お前なんか信じなければよかったと言われたこともあった。正直、何を言っているんだと思った。
信頼関係を築いているとでも思ってたの、そう思っているのはお前だけだろ。嘆いている相手にそういえば、相手は面白いほど喚き散らしていた。
「……意外だな」
「……何が?」
「俺のこと、あいつらに売ると思ってたぜ」
「……殴られたくなかったら黙ってて」
ナハトが逃げ出した今、できることをしなくてはならない。ベレッタとその妹、置いていってしまった側近の身を守らなければ。シュティレはドアノブに手をかける。
「……お前には妹の分含めて貸し二、ナハトのバカにも貸し二」
「……悪いな」
「……そう思うなら、最初から俺に相談してよ」
シュティレは扉を開け、外へと飛び出ると、急いで自室へと向かった。ドアノブに手をかけるより前に、扉が開く。
「イノセンス、どこいくの?」
この忙しい時に、いい加減にしてよ。思わずそう言ってしまいそうだった。別に八つ当たりしたいわけではない。
「フィーのところ。ナート探しにいくんだ。シューレも一緒に行こ?」
「……ダメ、部屋にいな」
シュティレは足早にクローゼットの前へ行くと、奥から袋を数個取り出した。写真や明細書があるのを確認すると、部屋を出て行こうとするが、イノセンスが立ち塞がった。
「どうして?」
納得いかない。そう顔に書いてある。子供と言うのは本当に面倒だ。
「どうしても。忙しくなるから、部屋にいて」
今はイノセンスに構っていられるほど余裕はない。早く手を回さないと、全てが手遅れになってしまう。




