その33
「何?」
「ナートはここが嫌いなの?」
子供は遠慮を知らない。知りたいと思ったことは口に出し、大人に回答を求める。
シュティレはため息を吐いた。子供というのは、下手な政治家や煩悩に塗れている大人よりも扱いが難しい。
「……なんでそう思うの?」
「だって、ナートは帰りたくないって言ったんでしょ? グレーゼさんが友達と話してるの聞いたの」
いらないことばかり持って帰ってきやがって、とシュティレは心の中で悪態を吐く。しかし、親の心子知らず。シュティレの考えていることなんて露知らず、イノセンスは言葉を続けた。
「どうして嫌いなのかな? ここにいたら外に出られるし、ご飯だってちゃんと食べられるのに。それに、やることだってあるんだよ? 叩く人もいないし、言うこと聞いてたらみんな優しいし」
「……それ、ナハトが起きてる時言うなよ」
「どうして?」
「どうしても。ナハトが泣いてるところ、みたい?」
「……見たくない」
イノセンスは首を横に振った。こういうところは素直で助かる。
こいつくらい素直だったらいいのに、と部屋の隅に立っているナハトの側近に目をやる。決して馬鹿ではないのだが、フィデーリタースは自分のことを理解しなさすぎている。自分を理解していない人間というのは、子供とまではいかないが、多少扱いが面倒だ。理解させるのにかなりの時間を要するからだ。
シュティレは立ち上がると、フィデーリタースに声を掛ける。
「フィデーリタース、悪いけど留守番してて。少し出る」
「……かしこまりました」
イノセンスが立ち上がった。
「どこかいくの? 俺もいく」
「お前は留守番してな。ナハトのこと見ておいて」
イノセンスは首を横に振る。
「やだ、俺もいく」
シュティレはため息をついた。
「……じゃあ、これ持ってて」
シュティレは机の上に置いていた、金の入った袋をイノセンスに渡した。
「俺が帰ってくるまでこれ、預かってて。できる?」
「……フィーにやってもらったらいいじゃん」
「だめ、知ってるでしょ? 俺が他の人に金触らせたくないって」
「そうだけど……」
あともう一押しだ。シュティレは膝をついて、イノセンスの目を見た。ナハトとベレッタが言っていたことを思い出したのだ。子供と話す時は、必ず目線を合わせろ、子供は上から見下ろされるのを嫌うからな。
普段はそのことを忘れて、つい見下ろして話してしまう。
「お願い。できる?」
「……わかった」




