その26
この化物、お前さえいなければ。投げかけられた言葉が、頭の中で繰り返される。ニュイは頭を抱えてしゃがみ込む。銃声はまだ収まっていない。アーデルに言われたにも関わらず、いい気になった帝国の軍人たちは、無抵抗の敵国の人間に発砲をやめなかった。
もう嫌だ、お前たちの都合なんて知らない、家に帰してくれ。そう言えたらどれ程よかったか。言える状況でないため、それは吐瀉物として表に出てきた。靴とズボンを汚す。胃酸の匂いが鼻を付く。
昨日奪還した村から離れた場所に位置する基地。今日はそこを奪還した。大勢の犠牲を払いながら。
ナハト、と名前を呼ぶアールツトの声が聞こえた。負傷者を放り出し、ニュイのそばに駆け寄る。
「ベレッタ、まだ俺の治療が終わってないだろう!」
誰かがそう言った。アールツトは中指を立て、その人物に言い返す。
「知るか! そんくらいの傷なら唾でも付けとけ!」
アールツトの手当てしていた人物は、大した怪我はしていなかった。ニュイの後ろをついてきて、銃弾に驚いてこけて擦りむいた程度だ。怪我の程度で言えば、前線で戦い、腕や顔に弾丸が掠ったニュイの方がまだ重症だ。けれど、今は痛みよりも、吐き気の方が勝った。
ニュイの背を優しく撫で、全部出しちまえ、とアールツトは促す。
「汚いな、ジェニングス」
煽るようにグレーゼが言った。ニュイに向かって土を蹴る。鈍い音がして、アールツトがグレーゼに向かって拳を振り上げたことがわかった。昨日のことといい、我慢の限界だったのだろう。
「黙ってろ! この……」
シュティレがアールツトを、アーデルはグレーゼを止めに入った。それをよそに、他の者は無抵抗で降伏した人間に銃を向けている。
イノセンスが膝をついて、アールツトの代わりにニュイの背を撫でた。胃からは何も出なかった。




