その23
シュティレが呆れたように言った。警戒も解かず銃は構えたままだが、撃つ気はないようだ。ニュイも同じで、男を撃つ気はなかった。銃はあくまで警戒の意思を示すために使っているだけだ。
「それより、なんの用? 話があってきたんじゃないの、あんた。あと、見つかってもいいの?」
シュティレが大声を指摘すると、男は口を噤んだ。この男は、感情で動いてしまう人間のようだ。
「……ナハト・ジェニングスに用がある」
男が声を抑えながら言った。用、と言うが一体この男の目的はなんなのだろう。シュティレの方に目配せすると、聞くだけ聞いてみたら、と視線で返された。
「……何だ?」
今まで敵に命を狙われることはあった。けれど、話があると言われたことはなかった。話を持ちかけるよりも、「懐刀」の命を奪う方が早い。皆がそう思っていた。
「……ナハト・ジェニングス、こちら側につけ」
男の言葉を理解するのに、時間を要した。
「……俺に、帝国を裏切れ、そう言いたいのか?」
男は頷いた。ニュイは驚きを禁じ得なかった。
「そうだ、悪い話ではないはずだ。帝国は今や劣勢。お前がこちら側につけば、確実に戦争は終わる」
もし、ニュイ一人だけの問題だったら、迷うことなくこの誘いに乗っていた。戦地へも行きたくない、誰かを傷つけたいわけでもない。こんな魅力的な取引、断るわけがない。
「……すまない」
けれど、これはニュイだけの問題ではない。
すぐに了承を得られると思っていたのだろう。男は驚いた様子だった。
「なぜだ! お前だって、好き好んで戦地へ行きたいわけではないだろう!」
「それはそうだ! 俺だって……俺だって……」
「ではなぜ! ……まさか、親族を人質にとられているのか!」
違う、そう言おうとした。男はニュイの話を聞かず、一人で何かを呟いている。
「帝国がそこまで外道だったとは……これでは、選択の余地などないではないか……!」
ニュイは銃を下ろして、男を見た。隣にいたシュティレはとっくに銃を下ろしていた。
「……あいつとは正反対だな、よく喋るし熱血漢っぽい。あと馬鹿っぽい」
シュティレは面倒くさそうに(というより面倒くさいのだろう)ため息を吐いた。男に対する、さっさと帰れ、という感情が顔に滲み出ている。
「……比べる対象じゃない」
この男と、フィデーリタースは系統が違う。そもそも、このようないかにも正義感の強そうで生真面目な男は苦手だ。
そんな中、イノセンスが前に出た。
「ねえ、おじさん」
放置されて拗ねていたのか、声が不機嫌そうだ。
「ん? なんだ、坊や」
坊やって、とシュティレの呆れた声が聞こえた気がした。
「おじさん、名前なんていうの?」
イノセンスに言われて気づいた。そういえば、この男の名前を聞いていなかった。
「俺はプラヴァス、プラヴァス・レミルトン中尉だ」




