その2
部屋に停滞いている空気を外に出そうと静かに窓を開けた。
外には黒が広がっていた。冷たい夜の風がニュイを優しく撫でると、部屋の中の空気を連れ深い夜の世界へと出て行った。木々に包まれ、人の手がほとんど入っていないこの辺りは夜になると人工的な光ではなく自然体の夜の黒が辺りを支配する。
まだ子供だった頃。両親からはお前の髪は夜のように黒い、と言われた。電灯が照らす明るい夜しか知らなかったその頃は、一体何を言われているのかよくわからなかった。しかし、今ならその言葉を理解できる気がする。
ニュイは目を閉じて大きく息を吸う。冷たい空気が体の中を満たす。かつては味わう余裕すらなかった空気の冷たさも、夜の静寂も今はここにある。
ふと、ニュイはある人物を思い出した。
不気味と評価されていた、白銀の男。人形のように表情がなく、まるで調教された犬のように従順で感情を押し殺し、全く表に出さなかったあの白銀と、書いた物語に出てくる王様はなんだかよく似ている気がする。
今この夜の暗さの中に、あいつもいるだろうか。そして同じように、果てしない夜の世界を見て、何かを感じているのだろうか。未練がましいことは、自分が一番よくわかっている。思い出しても、後悔しても、もう意味のないことだということはわかっている。だが、ニュイに取って、あの白銀は大切な人間だった。それなのになぜ、あの場所へ置いて行ってしまったのだろうか。ともに連れてくればよかった。白銀は、きっと自分の手を取ったに違いないのに。
もし今、この場に二人でいれば、何か変わっていたのかもしれないのに。
ニュイは窓を閉め、もう一度椅子に座り、ペンを握ると物語の続きを書き始める。この物語は、修道院に住む孤児達が読むものだ。
読み物など思想に影響するものは閲覧や販売が制限され、検閲審査を通ったものだけが世間に顔を出している。娯楽の少ない修道院では、凝り固まった思想本や宗教の教えが記された本を読むより、ニュイの書く物語を読むほうが、子供達は喜んだ。
その楽しみを奪わないためにも、ニュイはペンを動かし続けた。