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心緒  作者: 宮田カヨ
15/62

その15

Twitter始めてみました。@kayo_housenkaです。

「……まあ、後で金せびられるのは間違いねえ。値切り交渉、頑張れよ」

 手当てが終わり、アールツトは彼を自室へ案内した。ひとりで行ける、と言っても、立場を考えろ、と返され聞かずじまいだった。

「てめえに反感持ってるやつ、何人いると思ってんだ。ひとりで歩いてみろ、お前グレーゼから折檻受けたばかりで、ろくに戦えねえだろ。死ぬ気かよ」

 自室の前には少女がいた。つまらなそうに爪先を眺め、待ち人を待っている。仕草も、動作も、何も変わっていない。

「フリューリング、留守番ご苦労様」

 フリューリングと呼ばれた少女は顔を上げると、アールツトのそばへ駆け寄ってきた。

「ナハトだ! 帰ってきたんだ!」

 子供特有の甲高い声で名前を呼ばれた。嬉しそうに笑い、語りかけてくる。彼女はニュイに対して怨嗟などの念は抱いていないようだ。アールツトはフリューリングを連れて行った。仕事があるから戻る、何かあったらすぐに呼べよ、と言い残して。

 自室のドアを開けた。まず、目に入ったのは長い銀髪だった。

「……フィデーリタース」

 主人と側近は原則同室である。だから、ここにフィデーリタースがいることはなんの問題もない。

「……ナハト」

 かつて焦がれ、共に逃げ出せばよかったと思った相手だったが、今は顔を見たくなかった(この側近が大切な人間であることは代わりないのだが)。

 ニュイはフィデーリタースから視線を外して部屋を見回す。部屋が整頓されていることに驚いた。物を盗まれていないことにも驚いた。荒らされているだろう、そう思っていた。一年前に出ていった頃と、何も変わっていない。クローゼットには、かつて着用していた軍服が掛けてある。長い間放置していたのに汚れてもいない、皺にもなっていないということは、この男が洗濯やアイロンでもかけていたのだろうか。けれど、着る気にはなれなかった。洗剤の匂いの奥に、こびりついた戦場の匂いがしたからだ。この作業着のままでいようと、ニュイはクローゼットの戸を閉めた。

 部屋の中に会話はなかった。しようともしなかった。居心地の悪い部屋に沈黙が流れる。

「ジェニングス」

 ノックもなしに戸が開いた。グレーゼだった。つかつかと部屋の中に入ってくるなり、ニュイの腕を捻るように掴んできた。咄嗟に振り解き、グレーゼと距離を取る。

「まだ終わってないだろ? もしかして、己が部屋から離れたから終わったとでも思い込んだのか? ベレッタに救われて、その下人とともにいれてさぞご機嫌だろう?」

「……お前が部屋から時点で終わりだろ。それに、アールツトとこいつは関係ない」

「まあ、お前の言い分はどうでもいい。さっさと来い、続きだ」

 歩み寄ってきたグレーゼとニュイの間に、今まで黙っていたフィデーリタースが割って入ってきた。ニュイを庇うように立ち、グレーゼを睨み付けている。

「何の真似だ? 唐変木。お前はお呼びじゃない」

「……お引き取りください、グレーゼ中佐」

「下人風情が己に指図するのか?」

「……お引き取りください」

 フィデーリタースは引かなかった。グレーゼが何か口汚く罵っているが、ニュイは聞いていなかった。

 フィデーリタースの背中を見つめていた。今までこんなこと、したことがなかった。グレーゼのいる前ではあまり動きを見せるな、そう命じていたこともあって、このようなことになっても常に傍観しているだけだった。なぜ庇うような真似をしているのだろう。やめろ、そう声をあげてもフィデーリタースは聞かなかった。

 退かないフィデーリタースに、グレーゼが痺れを切らした。手を振り上げ、引っ叩こうと勢いよく腕を振り下ろそうとする。やめてくれ、ニュイはそう声をあげた。

「上官がお呼びだぜ、グレーゼ『中佐』」

 振り下ろす寸前、新しい声がした。部屋に入ってきたのはアールツトだった。顔にあざと、手には微かに血がついている。傍にはフリューリングがいた。物珍しそうに部屋の中を見て、ニュイを確認すると笑顔で手を振ってきた。

「……ベレッタ、己は今忙しい」

 邪魔が二人(フリューリングには興味がないのか、眼中に入っていないようだ)も入られたことで、グレーゼは癇癪を起こす寸前だった。それに気づいていながらも、アールツトは嫌悪と侮蔑を含んだ声で、グレーゼを挑発する。

「てめえ、その耳なんのためにあるんだよ。上官が呼んでるっつってんだろ、さっさと行け」


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