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心緒  作者: 宮田カヨ
12/62

その12

dbdで新キラー、新サバイバーが発表されたので連続投稿です

 雑兵はこの言葉に乗らず、引き金は引かれなかった。正確には、引かれそうになったが上官からの命令で引き金を引くことを禁じられたのだ。

 ニュイは構えを解かずに、逃げ道を探す。少人数ではあるが、後ろも前も囲まれ、もしここで燻っていたら人が集まるのは時間の問題で、本当に逃げることができなくなってしまう。あの修道女がなんのためにニュイを逃したのか、その意味がなくなってしまう。

「……どうした、撃たないのか? 俺が憎いんだろ? 戦場から逃げ出した臆病者って、罵りたいんだろ? だったらお前が『懐刀』になればいい」

 この挑発に相手が乗って、銃を打ってくれれば隙ができる。銃弾を回避するというわけではなく、引き金を引く瞬間に相手の懐に突っ込んだら倒すことはできなくても、囲まれている状況から逃げ出すことはできる。

「なんだ? できないのか? お前こそ、臆病者じゃないか」

 その一言で、雑兵の堪忍袋の緒が完全に切れたようだ。上官の命令を無視し、引き金に力を込めた瞬間、ニュイは地を蹴り、相手の懐に突っ込んだ。雑兵は万年筆に気を取られたが、それは大きな見当違いだった。

 万年筆を握っていない方の手で、ニュイは雑兵の胸を手で張る。その衝撃に、一度は声を上げたが、突如胸を押さえ、その場に倒れ込んだ。

「……心室細動だよ。さっさと手当てしたほうがいい」

 唖然とする雑兵と、上官に対してそう言い残し、ニュイは走り去った。我に帰った上官から、追跡の命令が聞こえてきた。

 どこでもいいから、どこか遠い場所に。そう思って必死に走った。

「……ナハト」

 聞き覚えのある声に、ニュイの足は止まった。その名前は、かつて「懐刀」として生きてきた時の名前だ。

 立ち止まるべきではなかった。今にもニュイを追いかけ、捕らえようとしている輩が後ろに控えている。足を動かそうとしても、動かなかった。木の影から出てきた男は、ニュイに対して静かに一礼をした。

「……お久しぶりです。ナハト」

 長い銀髪は、相変わらずだった。自分がいない間も手入れをしていたのだろう。

「……フィデーリタース」

 ニュイはかつての側近の名前を呼んだ。あれだけ焦がれていた相手が、今ここにいる。けれど、ニュイは冷静にかつての側近を見つめていた。

 フィデーリタースは頭を上げると、ニュイと向き合った。相変わらず無表情だな、と呑気なことを考えた。

「……お迎えにあがりました」

 一度は自身を捨てた男を、まだ主人として認めるのか。自分にはもうそんな資格はないのに、恩義を感じているとはいえ、馬鹿正直にも程がある。

 ニュイは万年筆を構え直した。絶対に刃を向けたくない相手だったが、きっとフィデーリタースは道を開けることはないだろう。フィデーリタースにとって主人の命令は絶対だが、今は状況が違う。今この場では、ニュイの命令にすら逆らうだろう。

「……もう戻らない、そう決めた。道を開けてくれ」

「あなたを連れ戻すように、命令されています」

「……誰がそう命じた?」

「グレーゼ中佐です」

 やっぱりそうか、とニュイは内心溜息をつく。

 グレーゼこと、シュメル・グレーゼは、帝国の軍人の中でも目的のためなら手段を厭わない、そして自国民以外への差別意識が強い非常に男だった。戦場では降伏した兵に対する虐殺行為を行い、法律違反に値する人間への虐待行為や、虐殺を認める法案を党の人間へ推奨するなど、悪逆非道の限りを尽くしている。

 今現在、グレーゼが何をしているかはわからない。風の噂で聞いたことによれば、現在は帝国が衰退していることもあって、大人しくしているらしい。

 かつて「懐刀」として帝国にいた時、グレーゼから側近になるよう命じられたこともあった。その誘いが来るたびに、ニュイは何度も断った。非常なやり方に、賛同できなかったのだ。

「……もう俺はナハト・ジェニングスじゃない。帝国の『懐刀』でもない。お前の上司でもない。ただのニュイだ。しがない作家で……修道院で働いてる、ニュイ・リッテライだ。道を開けてくれ」

 ニュイの宣言を、フィデーリタースは静かに聞いていた。

「……あなたが帝国から去ったら、俺はどうすればよいのですか?」

 今度はフィデーリタースが口を開いた。低い声に、怒っているのか、と思ったが顔は相変わらず無表情だった。

「あなたが去った後、ヴォルカニック中尉が、俺を側近として迎えてくださいました。イノセンスは、俺と共にあなたを探すことを手伝ってくださいました」

 かつての同僚とあの赤毛に、一つ借りを作ってしまった。とてつもなく大きいものを。

「あなたが去った理由を、ベレッタ一等軍医生が教えてくださいました。けれど、俺には理解できなかった」

 逃亡の手助けをしてくれたあの若医者は、無事なのだろうか。

「……俺は、役立たずだったのですか? 俺は、あなたをお支えすることも、許されなかったのですか?」

「……違う、そうじゃないんだ」

「……だったら、なぜ……なぜ、あなたは帝国を去ったのですか? なぜ、俺を……」

 フィデーリタースはそれ以上のことは言わなかった。ニュイは腕を下ろした。先ほど消えたはずの感情が、再び舞い戻って気がした。

「……俺は、お前が」


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