その1
まったり更新ですが、最後までお付き合いいただけたら幸いです。
質の悪い紙には物語が綴られていた。
「『昔々、とても栄えていた国がありました。その国を治めていたのは、人の心を理解できない王様でした。王様は小さな頃からとても頭がいい人で国を立派に収めていましたが、人の心を理解することができませんでした。民衆や家臣などのお城の人々は王様のことを気味が悪いと言い、誰もそばに寄ろうとはしませんでした。王様は、たくさんの人がいる広いお城の中でいつも一人ぼっちでした。
ある日、隣の国からお姫様が嫁いできました。幼い頃、王様とお姫様の父が許嫁の約束を交わしていました。
そして、お姫様が来てから広いお城の中でひとりぼっちだった王様は、一人ではなくなりました。
そのお姫様は王様のことを心から愛していました。許嫁というもの関係なく、幼い頃から王様を愛していたのです。
お姫様は王様に愛を伝え、どんな時でも彼に優しく接し、隣にいました。しかし、王様はお姫様の愛や優しさを理解できず、お姫様の言葉に聞く耳を持ちませんでした。
『王様、私はあなたのことを愛しています』
王様はそうか、や、なるほど、などの返事しかしませんでした。
どんなに王様に愛が届かなくても、お姫様は諦めませんでした。
『お姫様、もうおやめください。王様にはあなた様の愛は届きません』
そんな様子を見ていた家臣の一人がそう言いました。お姫様を憐れみ、もう王様に愛を伝えるのを諦めるように言いました。
しかし、お姫様は諦めませんでした。
『きっと、あの人もわかってくれるはずです。私は、それまで諦めません』
いつか王様は愛が本物であると気づいてくれるはず、そう信じていたのです。
月日が経ったある日、お姫様が病にかかってしまいました。もう命が長く持たない、とお医者様から聞かされました。けれど、お姫様は病気のことを物ともせず、普段と変わらず王様に愛を伝え、優しく接していました。お姫様の病気のことを聞かされた王様は、早く次の妻を探さなくては、としか思っていませんでした。
月日が流れ、病はお姫様を蝕んでいきました。そして、ついに起き上がることもできなくなってしまいました。王様はお姫様のお見舞いには来ませんでしたが、お姫様は必ず家臣に王様へ自身の愛を伝えるように言いました。けれど、王様はその言葉に答えませんでした。
しばらくすると、お姫様は息を引き取りました。お姫様は、最後まで王様を一人残してしまうことばかりを気にかけていました。その最期に、家臣たちはお姫様を憐れみ、酷く同情しました。
お姫様は死ぬ間際に、王様に最後の愛を伝えました。それはとても弱々しいものでした。
王様は……』」
修道院で定められている就寝時間はとうに過ぎていた。規律を守り、皆眠りについている。眠りで皆が一日の疲れを癒そうとしているその中、ニュイ・リッテライは眠りにつかず、書き物をしていた。彼の顔と髪を照らすランプの光は、ひっそりと灯っている。
万年筆を置き、一度伸びをする。長時間座っていたせいか、全ての関節が固まっているような気がしてならない。首を動かすと、なんだか鈍い音がした。タイプライターがあればすぐに書き上がるこの物語も、万年筆で書き進めているせいで腕の側面は汚れ、腕には妙な痺れまである。そもそも、タイプライターのような高級品がこの場にあるわけがないし昔ならいざ知らず、今のニュイの稼ぎでは到底手が出る代物ではなかった。
ため息をつき、手の痺れを取ろうと利き腕を振りながら、先ほどまで書いていた王様とお姫様の物語を見返す。明日、この物語を読んだ子供達は一体どう思うだろうか。王様をひどい人と謗るか、はたまたお姫様をかわいそうと哀れむのか。おそらく、多くの子供達はお姫様をかわいそうと言うだろう。どんなに愛を伝えても答えてくれない王様に献身的で、決して諦めない気丈な様は子供達の同情を呼ぶはずだ。少し感情移入が過ぎたか、と反省するのと同時に、考えた。
お姫様がいなくなってしまった王様は、再び一人に戻ってしまう。この王様は、一体どうなってしまうのだろうか。お姫様がいなかったあの頃に戻るのか。それとも、お姫様の愛をようやく理解し、後悔するのか。