7.女騎士さん、怒られる
ある日、ジムに行くと骨ヤンがやたらと綺麗な女性と話をしていた。
ストロベリーブロンドの長い髪をお団子に纏めており、上半身には身体にぴったりとフィットした短い……なんだろう?タンクトップとも違うし、スポーツブラと言うやつなんだろうか。胸部の丸みがかなり強調される服である。下もレギンスのみで動きやすさを重視しているような服装だ。
骨ヤンと談笑している横顔を見ると、遠目から見てもものすごい美人である。少し垂れ気味の青い目が優しそうな印象を与えてくれている。骨ヤンにあんな美人の知り合いがいたとは……。
俺はと言うと、骨ヤンがそんな美人と話している物だから近づくことができずにヨガマットの置いてあるフリースペースに座り込んでいた。ストレッチを軽くしながらも視線はそちらに向けている。
友人が自分の知らない人と話しているとなんだか近づきづらくなるあれである。
ここで「紹介してよー」とでも言って近づければいいんだが、生憎とそう言うのには気後れしてしまうので、とりあえず美人さんが去るまではここでウダウダとストレッチをしてようかと思っていると……。
『ロクヤにーちゃーん』
『なにしてるのー?』
『ひとりー? あそぼー』
頭上から少し舌ったらずな幼い声が三つ聞こえてきた。レイア、レイカ、レイラの幽霊三人娘である。初めて会った日以来、なんだかんだで懐かれてジムに来た日にかち合えばこうやって寄って来てくれたりする。よく見ると、レイミルさんもこのフリースペースで軽いヨガをやっていたようで、目が合うと娘たちが周りにいないことに気付いて、こちらに慌てて駆け寄ってきた。
『ロクヤ様、すいません。娘達が邪魔して……ほらみんな、こっちで運動しましょ』
『えー?』
『ロクヤにーちゃんとあそびたいー』
『いっしょにあそびたいー』
三人娘が俺の周りに纏わりつくのを見てレイミルさんが困ったようにしていた。三人の表情は相変わらず真っ黒なのでわからないが、同じように顔をこちらに向けているのでたぶん俺を子供特有の何かをねだるような視線で俺を見ているのだろう。
まぁ、骨ヤンがまだあの女の人と話しているみたいだし、それまではこの娘らに付き合ってもらっても良いか……。
「大丈夫ですよ、レイミルさん。骨ヤンがなんか綺麗な女性と話してますし、それが終わるくらいまでなら一緒に運動するくらいなら……」
『そうですか、申し訳ないです……。あら、ライカ様と一緒にいるのは……アリアさんですね。ロクヤ様は一緒にお話されないんですか?』
俺の言葉に子供達が喜んで抱き着いてきたので俺はとりあえず頭を撫でたりして上げていると、レイミルさんは頬に手を当てながら骨ヤンと一緒にいる女性の名前をぽつりと口にした。どうやら知っている人の様だった。
俺に対して様を付けて、女性に対してさん付けなのが少し気になった……。以前に初めて会った時に俺が骨ヤンの友達だと知るとこのご夫婦は俺の事を様付けで呼び出した。なんかむず痒いので止めてくれと言っても頑なに止めてくれないので、呼び方については諦めたのだが、あの女性をさん付けで呼ぶなら俺もそう呼んで欲しいところだ。
「骨ヤンと話してる人って、お知り合いですか?」
『部隊が違うので直接お会いしたことはありませんが……。珍しく人間の騎士の方が軍に入られたと、一時期は話題になりましたので』
俺が言うのもなんだけれども、人間とは確かに珍しい。俺がこのジムに来て会う人会う人みんな人外……自分達でモンスターって言ってた人ばっかりだったからな。
そっかー、人間なのか……。ここで同じ人間なんだからあの女性と友達にとか、あわよくばワンチャン……とか思ってそれを行動に移すことができればまた違った人生だったのかなぁ……。
そんな事を考えても、行動を起こす気にはなれないので俺は三人娘と一緒にヨガをしたりちょっと遊んであげたりしていた。
そんな感じで一時間ほど過ぎた頃、良い感じに身体も温まってきたので、三人娘達と難度の高いヨガのポーズに挑戦しようと躍起になっていた頃、不意に背後から声をかけられた。
「何やってるのロクヤン……いつまでたっても来ないと思ってたら……」
「わっ?!ほねや・・うわっ!!」
いきなり声をかけられたことで、しゃがんでいた状態の俺はバランスを崩してその場に倒れこんでしまう。それを見た三人娘達は面白がって俺の上に飛び込んで覆いかぶさってきた。そこまで痛くは無いが、押しつぶされた肺の空気が口から漏れ出る程度には圧があり、くぐもった声が出てしまう。何が楽しいのか三人娘は俺の上でキャッキャと笑っている。
顔を上げると、いつの間にか女性との会話を終えていた骨ヤンが俺を見下ろしていた。呆れたようにポカンと口を開けており、崩れ落ちた体制になって、その上に三人娘達が折り重なって覆いかぶさっている俺を見て肩を竦めていた。
しまった、いつの間にかヨガの方に夢中になって骨ヤンの方を全然見ていなかった。いや、レイミルさんがなんか聖者のポーズとかどうやってるのそれって言うポーズを取ったから色々と教えてもらってたら楽しくなってきちゃったんだよね……。
「いや、ほら。ヨガが思ったより楽しくてね……」
「どーせあれでしょ、俺がロクヤンと知らない人と話してたから遠慮してたんでしょ? 変なところで遠慮しいなんだから……。来れば紹介したのに」
俺の言い訳がましい台詞に対して、見透かしたようなことを言いながらまたもや肩を竦めてきた。実際問題その通りなのだから、何も言えないが。何回もそのリアクションを取られると腹が立つ。
そもそも来れば紹介したのにと言うが、その行くという行動が人見知りと言うか、自分から初めて人に会いに行くことに躊躇してしまうタイプの人間にはハードルが高いというのに。まぁ、いい歳なんだから人見知ってる場合じゃないんだけれども、美人さんが相手だと心理的なハードルが非常に高くなるのだから仕方ない。
憮然とした表情で骨ヤンを見ながら地面に突っ伏していると、背中に感じていた重量が唐突に無くなる。三人娘からそれぞれ抗議の声が聞こえてきたので見てみると、レイミルさんが娘達を抱えていた。
「今日はもう帰りましょうねー。パパとご飯食べに行くんでしょ? ロクヤ様とライカ様の邪魔しちゃダメよー」
まだ遊ぶと三人娘はレイミルさんの腕の中でむづがるようにじたばたと抗議をしているのだが、その腕の中に三人抱えているにもかかわらず彼女の腕が微動だにすることは無かった。さっきのヨガの時も思ったけど、レイミルさん絶対に俺より腕力強いよな……。幽霊の人より腕力弱いのか俺は……。
結局三人は喚いても無駄なことを悟ったのか、諦めてレイミルさんの腕の中からまた遊ぼうねと俺達に小さく手を振ってきたので、俺達も小さく手を振り返した。そのままレイミルさんは俺達に頭を下げるとその場から去って行った。
後には俺と骨ヤンの二人が残された。
「さて、それじゃあヨガでもする?」
「……ヨガはいいかなー。エアロバイク行くか」
俺に見せつけるように、腕の骨やら足の骨やらをおよそ人には無理な域にまで稼働させながら骨ヤンが聞いてくるが……そもそもそこまでヨガに興味があるわけでも無いのでそれは無視して二人でエアロバイクのところまで移動することにした。
「ちぇーっ。せっかくロクヤンに俺の超高難易度ポーズを見せてやろうと思ったのに」
「さっきレイミルさんに見せてもらったのも難しいポーズだったけど、それ以上のできるの?」
「できるよー。片手の指一本で身体を支えつつ背中を逆に反って足と首を百八十度回転させて……」
「なんだそのポーズ、人間にできないだろ」
「まぁ、俺のオリジナルのポーズだしね。たぶん骨外さなきゃできないし。やってみる?」
どうやら小さい子が見たら軽くトラウマになりそうなポーズを見せようとしていたようで、俺はアホかと骨ヤンの頭を平手でたたく。固い磁器を叩いたときのような軽い音を響かせながら少しだけ前のめりになりながら骨ヤンが楽しそうに笑っていた。
しかしその瞬間、俺の耳には空気を震わせるかと思えるほどの大声が聞こえてきた。
「貴様あああああぁぁぁぁぁ!! ライカ様に何をしているかぁぁぁぁぁ!!」
その声に驚いて振り向くと、先ほどまで骨ヤンと話していた綺麗な女性が空中に浮いて俺の目の前まで近づいていた。前傾姿勢で左足を胸の高さまで上げており、右足は後方にまっすぐ伸びている。右拳を大きく振りかぶっており、今からその拳で何かを殴ろうとしているのは明白だった。
目の前に迫っているその女性のあまりの迫力と今から殴られるという事実を認識した瞬間、俺は身を縮こまらせてその場に腰から倒れこみ両目を反射的に閉じてしまう。そして、目を閉じたのとほぼ同時に、俺のすぐ前から何か固い物が叩きつけられたような鈍い音が聞こえてきた。
しかし、鈍い音はしたのだが俺の身体には何の衝撃も痛みも無かった。恐る恐る目を開けると、俺の鼻の先数センチのところに女性の拳があった。あったのだが……その拳は俺の目の前で白くて細い……柵のような何かに止められていた。俺の鼻先はその白いものに触れるか触れないかのギリギリの位置にあった。
あまりにも近づきすぎていてそれが何か一瞬わからなかったのだが、拳を防いでいたのは横から伸びていた骨ヤンの掌だった。腰を抜かして立てない俺は、片手で拳を受け止めた姿を不覚にも格好良いと思ってしまった。
拳を骨ヤンに止められて青い顔をしていた女性は、顔を青くして呆然とした表情で骨ヤンと自分の拳を交互に見ている。
「ラ……ライカ様!! 何を……! 私は今この無礼者に粛清を……!! 貴様、どこの所属だ!!」
「あー……アリアちゃん、ちょっと落ち着こうかー……」
……アリアと呼ばれていたがそれが名前だろうか?アリアさんは顔を青くしていたかと思うと、今度は真っ赤な顔をして俺を睨みつけてきた。垂れ気味だと思っていた目が吊り上がり、尋常ではない怒りを感じる。その迫力に押されて、とりあえず謝りながら在籍している会社名と所属部署を言いそうになってしまうのだが、骨ヤンはその身体を俺とアリアさんの間に割り込ませる。
……なんだろうか、庇われるヒロインのポジションみたいで少し情けなく感じてしまう。
「ライカ様、何故そのような無礼者を庇うのですか!! そいつは先ほどライカ様の頭をあろうことか叩いたのですよ!! そんなことが許されるはずが……!!」
「いやー、えっとね……ちょっと落ち着いて……。あれ、アリアちゃんロクヤンのこと知らないの?」
「そのような無礼者のことは知りません!! ええい! 貴様!! ライカ様の後ろから出てこぬか!! 私がその根性を叩きなおしてやる!!」
情けなくも骨ヤンの後ろに隠れていた俺を、アリアさんは引っ張り出そうと手を伸ばす。俺は彼女が何でそこまで怒っているのか予想する。たぶん俺、新米の兵士か何かだと思われてないだろうか?
どう説明したものかとおろおろしていると、骨ヤンがアリアさんの伸ばした両手をがっちりと掴み、その顔を限界まで近づける。
「アリアちゃーん……ちょーっとお話しようか」
「ライカ様、離して下さ……あ、ちょっとどこに引っ張って……!!」
結構な迫力で顔を近づけて、そのまま物凄い力でどこかにアリアさんを引っ張っていく。そのまま空いている部屋の中に二人は入っていくと、先ほどまでの騒動が嘘のように辺りが静かになった。……周りの視線がちょっとだけ痛いので、俺は苦笑いでごまかした。
アリアさんの先ほどからの言動から察するに、尊敬する人に失礼な態度を取る新人に怒っているということなんだろうな……。とりあえず骨ヤンがその辺をうまく説明してくれることを期待しようかな。
どうしたものかとその場で立って待っていると、割と早く二人は入った部屋から揃って出てきた。ただし……アリアさんが泣きべそかきながらだが……。えぇ……何を言ったの骨ヤン……。
アリアさんはその今にも落ちてきそうな涙を堪えているのだろう表情のままで俺の目の前まで来ると「先ほどは申し訳ございませんでした……。」と深々と頭を下げてきた。
先ほどよりも困惑する俺は骨ヤンの方をちらりと見るが、サムズアップを俺につきつけてきた。たぶん顔はやってやったと言わんばかりのドヤ顔だろう。いや、違う。褒めているわけじゃない。
「えっと……アリアさん……でしたっけ? 誤解が解けたならいいんですよ。俺は気にしてませんから。顔を上げてください」
「いえ……まさか貴方がライカ様のご友人で、魔王様か軍の相談役と言う大任を拝された方とは知らず……本当に失礼な態度を……ライカ様との応対で私が察するべきだったのです」
……なんか今、変な一言が聞こえてきた。あれ、俺は骨ヤンの相談役みたいなのは引き受けたけど、魔王さんのところの全員の相談役になった覚えが無いんだけど、どういうことだ。
「大丈夫ですよ、貴方みたいな綺麗な人に怒られるとかむしろ嬉しいくらい……違う、えーと、とにかく気にしてませんから、大丈夫ですから」
「許していただけるのですか……?」
慌てすぎてうっかり気持ち悪い事を言いかけたのだが、アリアさんはその事に気付いていないのか顔を上げてほっとしたような表情を浮かべていた。俺もホッとして黙って頷くと、アリアさんはそのまま涙を流してしまった。俺に許してもらって泣くとか、ほんとに何言ったんだ。
目の前で女性に泣かれるとかどうすればいいんだろうかと意味もなく周囲を見渡してしまい、とりあえず、慰めればいいのだろうかと手を伸ばしたところで……。
「お前さん……アリアに何をしているだ……?」
……静かだが、怒っているような声が俺の背後から聞こえてきた。
気分転換に色々書いてます。