6.幽霊の子供達と遊ぶ
そんなやり取りを骨ヤンとしている間に、子供達はいくつかお菓子を食べると満足したのか、残っているお菓子の前で三人並んで整列して俺の方へと顔を向けてきた。
『おにーちゃん、ありがとー。』
『おにーさん、ありがとございました。』
『ありがとー。』
三人がそれぞれお礼を言いながら頭をぺこりと下げてくる。真っ黒な人型であるがその姿は非常に可愛らしい。きちんとお礼を言えた三人の頭を優しく撫でてあげると、掌に少しひんやりとした感触が伝わってきた。幽霊だからか体温が低いようだが、俺に撫でられると気持ちよさそうに笑っていた。非常に可愛らしい。ホント可愛いな、持って帰りたいくらい可愛い。
あんまり撫でまわしていると骨ヤンから不審そうな視線を感じたので、とりあえず撫でまわすのをやめてコホンと一つ咳払いをする。ただし、笑顔は忘れずに。と言うよりも笑顔以外の顔が今は作れそうにない。可愛い物を見てニヤニヤしてしまう。
「ちゃんとお礼を言えて偉いねぇ。そう言えば三人のお名前はなんて言うんだい?」
『レイアでーす!』
『レイカです。』
『レイラだよ……。』
「そうか。俺はロクヤと言う。よろしくねレイアちゃん、レイカちゃん、レイラちゃん。」
ポニーテールの子はレイアと名乗り、両手を上げてぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。三つ編みおさげの子はレイカと名乗りその場で深々とお辞儀をする。ボブカットの子はレイラと名乗りもじもじと両手を胸の前で合わせている。
可愛らしい仕草を見て、自分自身が非常にだらしない笑顔を浮かべているのを自覚する。顔は真っ黒でわかんないけど可愛いなこの子達。いや、顔が無いからこそ可愛いとも言えるのか?まぁどっちでもいい。とにかく可愛いのだから。なんか子供欲しくなるなこういうの見ると。
俺も三人に自己紹介しつつ頭を撫でると、三人とも嬉しそうに声を上げて喜んでくれ、二人を撫でている間は残りの一人は俺の周りを飛んでじゃれついてきてくれる、じゃれついてきたこの頭を撫でると今度は手が離れた子がじゃれついてくる……というのを繰り返す。
「ロクヤン、ちょっと三人の相手しててもらえる?俺は残りの仕事終わらせてくるから。」
「あぁ、わかったよ。」
俺が子供達を撫でまくる姿を見て、骨ヤンはそのまま片手を上げて厨房の方へと引っ込んでいった。残った仕事とやらがどこまでの物かはわからないが、先ほどサボってたという発言が聞こえてきたのでまずはアラネアさんからのお説教からかな……。しばらく戻ってこないだろう。
そう言えば、この子達って何でここに居るんだろ?周りに両親らしき姿は見えないし……。ご両親居ないのに勝手にお菓子とかあげちゃったけど良かったのかな。昨今はそういうのにうるさい家もあるって聞くし……そう考えるのはちょっと神経質かな?
『ロクヤおにーちゃん、あそんでー。』
考え込んで撫でる手が止まっているとレイアちゃんが俺の服の裾を引っ張ってきた。他の二人も真似してかそれぞれ別のところを引っ張ってくる。ただ、力が弱いのか全く引っ張られている感触は無く、ただ服を引っ張る仕草をそれぞれがしているというだけだった。
「あぁいいよ。遊ぼうか。でも、ここは食堂だからなぁ……勝手に動くのも不味いし……。」
子供が何を喜ぶかって言うのはいまいちわからないが、なんとなくみんな体を動かしたいんじゃないかと言う印象が強い。しかし、ここは食堂なので鬼ごっことかかくれんぼ的な遊びをするのもまずいし、何よりも骨ヤンがそのうち戻ってくるだろうから、ここから移動するわけにもいかない。
……仕方ない、ちょっと反則かもしれないけれども……。俺はポケットからスマホを取り出すと画面のロックを外してから三人に見せる。
『なーにこれー?』
『ピカピカしてる。』
『なんかきれいー。』
三者三様で驚いているようだったが、とりあえずスマホと言う概念はわからないだろうか説明は割愛し、俺はその中から会員登録している動画サイト用のアプリを起動して女児向けアニメを選択する。ヒラヒラとしたドレスのような衣装を身に纏った女の子達が戦ったりする、大きなお友達も大好きなアニメだ。
オープニング映像が始まると、三人とも食い入るように画面に顔を近づける。表情は無いがおそらくは目を輝かせているだろうことは想像に難くない。遊ぶという趣旨からは外れるが、どうやら気に入って貰えたようだった。
「これはね、アニメって言うものだよ。骨ヤンが来るまでこれを見て待ってようか。」
『あにめ?すごいねー。』
『キラキラしてるねー。たのしそう。』
『ヒラヒラしてるねー。このおようふく、きてみたいな。』
三人ともスマホの周りを飛びながら顔をずっとアニメの画面に向けている。視線が釘付けだった。戻ってくるまでどれだけかかるかわからないけど、一話くらいな丸々見せてあげられるかな。骨ヤン戻ってきたら、スタジオスペースまで行って空いてたらそこで遊ぶか。
そんな事を考えて食堂の入口へと視線を送ると、ちょうど一組の男女が入ってくるのが見えた。
一人はかなりの筋肉質で、来ているシャツの上からでも筋肉の盛り上がりがわかるほどの体型だった。身長はかなり高く190センチほどはあるだろうか、金髪を短く刈り揃えておりスポーツ選手のような印象を受ける美男子だ。その男性は、柔らかい微笑を女性へと向けている。
女性の方は男性よりも背が低いが、それでも俺よりは背が高く180センチほどはありそうだった。こちらは筋肉はそこまで見て取れないが、細く引き締まった体型をしている。長い金髪に少し垂れ気味の目の美女である。美男美女カップルかな?
……どう見ても人間の二人だが、ここにいる以上人間じゃないのか。なんて種族なのだろうか。まぁ、あんまりジロジロ見るのはマナー違反かと思い俺が視線を外そうとしたところ、スマホに釘付けだった三人が叫び声を上げた。
『パパー、ママー』
『おとうさんーおかあさんー』
『とーさまーかーさまー』
そう言って、凄い勢いでその美男美女の方へと飛んでいった。叫び声からどうやら入ってきた男女二人が父親と母親のようだった。三人の両親は飛んできた子供三人に目を丸くして驚きながらも、父親の方に二人、母親の方に一人飛び込んでいった子供達を優しく抱きしめている。
……似てる似てない以前に子供真っ黒なのに親の方は色が付いている……いや、色が付いているって表現はどうかと思うけどそうとしか表現しようがない。フルカラーとモノクロって感じだ。
入口の方で子供達は両親に今日あったことを報告しているのか、嬉しそうに話をしている。子供達が揃って俺の方を指差したところで、両親は俺の存在に気がつき俺がちょうどそちらを見ていたこともあり父親の方と目が合った。そして二人は子供達を抱えたままでこちらに小走りで近づいてくる。
『子供達を見てくださっていたようで、感謝いたします。この子達、やんちゃだから大変だったでしょう。』
『なんだかお菓子までいただいたとか……本当にありがとうございます。』
二人とも抱えていた子供達を離すと、深々と頭を下げてきた。遠目で見た時も格好良かったが、近くで見るとなんだかキラキラしているというか、ものすごい格好良い二人に面食らってしまう。日常生活だとまずお目にかからないレベルの人達だ。なんだか応対するだけで緊張する。
「あ……いえ……その……三人とも……とても良い子でしたよ?お菓子は勝手にあげちゃったりしてすいません。お子さんたちには喜んでもらえたんですが、夜だったので少し軽率だったかなと……。」
立ち上がり意味もなくぺこぺこと頭を下げ、しどろもどろになりながらもなんとか応対する。そんな俺につられたのか、二人も何回も俺に対して頭を下げてくる。よく見ると、三人の子供達も親を真似してか頭を何回も下げていた。その姿に微笑ましさを感じ、少し緊張がほぐれてきた。
「良かったらお二人もお菓子いかがですか?まだ少しは残っているので。」
『あぁ、ありがとうございます。』
『せっかくですし、いただきます。』
俺は二人にもお菓子をすすめ、席に着く。それからは三人で自己紹介をしつつ少しばかりの雑談をはじめた。その間、子供達にはスマホでアニメの続きを見てもらっていた。
俺が違う世界の人間と言うのは、魔王さんから話があったようで驚かれはしたが割とすんなり受け入れてくれた。父親の名前はレイモンドさん、母親の名前はレイミルさんと言うらしく、二人は前からジムにトレーニングに来たがっていたようだったのだが今まで子供達が心配で来るのを避けていたのだとか。それを知った魔王さんから、子供達は食堂で預かるから来てみないかと提案をされたという話だった。
……幽霊なのにトレーニングって必要なんだろうか?確かに幽霊とは思えないほどに筋肉とか凄いけどこの人たち。
『やっぱり質のいいポルターガイストを起こすためにはトレーニングは必要だと痛感しましたよ。続ければ今よりもっと重い物も動かせそうです。』
「え……?ポルターガイストって手を触れずに動かすものじゃないんですか……?」
『え……触らなければ物は動かせないじゃないですか……。姿は消しますけど、どれだけの重量を持てるかは日々のトレーニング次第ですよ。』
「あー……そうなんですか。こっちの世界の幽霊って基本的に手を触れずこう……超能力とかそういうので動かすんで、てっきりそちらもそうなのかと。」
『なんと……ロクヤ殿の世界の同胞は手を触れずにそんなことができるのですか……一度お会いしたいですね……お知り合いにはいらっしゃらないのですか?』
「残念ながら……いないですね……。」
俺の言葉にレイモンドさんは少し肩を落として残念がっていた。流石に知り合いに幽霊とかいないです、と言うかいたら怖すぎます。そもそもこっちの世界の幽霊っているんだとしたら未練を残してたり、悪霊とかだったりで怖いって言うイメージだからなぁ……。レイモンドさんみたいに理性的な幽霊なら怖くないんだろうか。会ったこともないしなぁ……。
昔は幽霊とか怖いから一切信じてなかったけど、骨ヤンとかと出会ってみると、俺の世界にも幽霊くらいいても不思議じゃないかなと最近は思っている。積極的に会いたいわけでは無いが。
そんな風にしばらく雑談をしていると、後ろから骨ヤンの俺を呼ぶ声が聞こえてきた。後ろを振り向くとこちらに近づいてくる骨ヤンの姿があった。
「おーい、ロクヤーン。仕事終わったよー。今から子供達と遊ぶかー?」
「あー、いま三人のお父さんとお母さん来てるからさ、今日はお開きじゃないか?」
「そっか。んじゃ、ご挨拶だけ俺もしますかね。」
そのまま骨ヤンは俺の隣に座ってくると、テーブルの上のチョコレートを一つ摘まんで口に入れた。仕事終わりだから甘い物が欲しかったのだろう。俺は横に座った骨ヤンに視線を送った後にレイモンドさんとレイミルさんの方を見る。たぶん、こいつは割と有名だという話だから紹介の必要はないだろうと思っていたのだが……骨ヤンの顔を見た二人の顔は真っ青になっていた。
『ラ……ライカ……さま……?』
『あれ……?ロクヤ殿が……娘達を見てくれていたのでは……?』
二人とも目を丸くして驚いていた。そんな両親を尻目に三人娘は骨ヤンを見ると勢いよく近づいてきて頭をぺちぺち叩いたりしている。その姿を見た二人はますます顔を青くさせた。比喩表現とかじゃなくて本当に青いというのは珍しい。
「あー、面倒見てたのは主にこいつですよ。俺は途中からちょっと見てただけなんで。」
「どーも、はじめましてだよね?会ったことあったっけ?いやー、やんちゃだけど可愛いよね子供って。」
自分を叩いてくる子供達をあしらったり、軽い反撃をしたりと、子供達との交流を楽しみながら骨ヤンは三人の両親に挨拶をする。その瞬間、レイモンドさんとレイミルさんは勢いよく立ち上がり土下座せんばかりの勢いで頭を下げてきた。実際に土下座はしていないが、あまりの勢いに俺はそのまま後方に倒れるかと思ったくらいだ。
『もももも申し訳ありませんライカさま!!まさかライカさまが子供達を見ていてくださっていたなんて……。』
『なななな何も失礼をしていませんでしたでしょうか?!』
二人とも物凄い恐縮している……。様付けされている場面をよく見るから結構偉いって言うのは知ってたけど、ここまで恐縮されるレベルってのは予想外だったな。見た目骨だし、偉いってもそこまでじゃないと思ってたんだけど、もしかしてかなり偉い人なのか?
そんな二人の謝罪に特に気にした様子もなく、骨ヤンは子供達と戯れている。
「失礼なんて何もされてないよ。なー、お前らー。一緒に遊んだもんなー?」
『ライカさまあそんでくれたー。でもおかしくれなかったー。』
『おかしくれたロクヤにーちゃんのほうがすきー。』
『らいかさまちょっといじわるー。』
「はっはー。なんだとこのー。」
笑いながら骨ヤンは三人を抱えながら頭をわしゃわしゃと撫で繰り回す。ちょっと嫌がりながらも三人は楽しんでいるのだが、両親の方は子供達の発言を聞いて青い顔をして慌てている。たぶん、そこまで気にする必要は無いと思うのだがここまで狼狽するのはどういうことかと気になったので、少しだけ聞いてみた。
「……そんなにあいつって怖いんですか?」
「……いえ、怖いとかではなく畏れ多いんです……何せあの方は一人で五万の敵軍相手に勝利を収めたお方ですから……。」
「私は……最強のドラゴン相手に単独で勝利を収めたとお聞きしてます……。しかも複数相手に。」
何その逸話。戦闘面でやたら強いってのは知ってたけど普段はそう言う事を自分からは話す奴ではないのでいい機会なのでその辺を聞いてみようとしたのだが、骨ヤンに阻まれた。
「二人とも!その話は相当に尾ひれ付いてるから。尾ひれどころか胸ビレと背ビレまでついちゃってるから!!俺が勝ったのは五百相手にだし五万なんて無理!! ドラゴンはくだらないことで喧嘩になってタイマンやっただけだから! 勝ったけど複数相手は無理!!恥ずかしいから余計な事言わないでよ!」
「は……はい!!」
「申し訳ありませんライカ様!!」
指で刺された二人は身体が飛ぶんじゃないかと言うくらいに身を竦ませた。これ以上は二人からは聞けなさそうなので俺は話を聞くのを諦める。絶対なんか二つ名とか持ってるよこいつ。絶対教えてくれないから、なんかのタイミングで誰かに聞いてみよう。魔王さんなら教えてくれるかな?
怯えるように身を震わせる二人と見て、三人娘はそれぞれ「おとーさんとおかーさんをいじめるなー」と骨ヤンに抗議して身体をぺちぺち叩いている。骨ヤンは笑いながら三人娘をなだめて両親に謝罪をする、それを受けて二人はまた恐縮して三人娘は抗議を……と言うループに入っていた。
それから少しして、三人娘が眠たそうにしたと思ったら唐突に寝落ちた。子供特有の電池切れなのだが、幽霊でもその辺りは変わらないのかと少しびっくりしたが、三人娘を抱えていた骨ヤンは、そのまま両親に三人娘を渡してその場をお開きとした。
レイモンドさんもレイミルさんも俺達にしきりに頭を下げながら食堂から去っていく。途中、少しだけ目の覚めた三人娘がばいばいと俺達に小さく手を振っていたので、俺も骨ヤンも手を振り返した。
どんな世界でも種族でも、子供は可愛いというのが共通認識だと実感した日だった。
「子供は可愛いねぇ、やっぱり。俺も子供欲しくなっちゃったよ。姉御早く結婚して子供産まないかなー。めっちゃ可愛がるのに。無責任に可愛がるのに。」
「……魔王さん、当てあるの?」
「……この間、またフラれたって言ってたわ。ロクヤン、子供出来たら連れてきてね。めっちゃ可愛がるから俺。」
両手を合わせながら楽しそうにする骨ヤンだが、残念ながら俺にも当てはなかった。そもそも、子供ができたとして動く骸骨に会わせたらトラウマになるんじゃないだろうかと思ったが、楽しそうな骨ヤンには突っ込めず、そもそも当てができてから心配すればいいかと結論付けた。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
こっちが先に書きあがったので、こちらを投稿させていただきます。
私の他の作品ともども、よろしくお願いいたします。