4.狐の謝意
ウォーマスポーツクラブ。そこは世にも珍しいモンスター達が身体を鍛えるスポーツクラブであり、異世界と俺の世界の中間に位置するスポーツクラブである。ジムに来るたびに自分で勝手にやっているこのモノローグもそろそろ何か違うのを考えようか。
いい歳こいて何をやっているだと我ながら思うが、男はいくつになっても子供で中二病の延長線上だと思っているので頭の中で考えている分には恥ずかしくない。バレたらひたすら恥ずかしいが。
魔王さんとの謝罪を目的にしたはずが、なぜか結果として魔王さんと友達になるというよくわからないお茶会から三日程経過した。あれから何か特別なことは何もなく、俺は普段通りに仕事をして日常生活を送っていた。
そして今日、いつも通りに三日ぶりにジムへと来た俺は、やはりいつも通りにエアロバイクを漕いでいる、いつもの短パン姿の骸骨の隣に座り、挨拶もそこそこに事のあらましを伝えた。魔王さんは骨ヤンが断ればこの話は無しと言う事だったので説明はしているだろうと考えたが、やっぱり自分の口からも伝えなければ何かモヤモヤした負い目のようなものが消えないと思ったからだ。
「……とまぁ、こんなことがあったわけだ」
あの日、魔王さんと話した内容を俺はできる限り正確に伝えた。一語一句全て同じとはいかないが、あらましと何があったのか、俺が何を魔王さんから頼まれらのかと言う事は全てを伝えた。
俺の言葉を黙って聞いていた骨ヤンは、バイクを漕ぎながら考え込むように腕を組んでいる。表情はわからないが俯いていることから何か落ち込んでいるようにも見えた。
1分ほどの沈黙が続くと、やがて骨ヤンはゆっくりと顔を上げてこちらを向いた。いつも通りむき出しの骸骨がそこにあるだけなのだが、少しだけその顔が悲しそうに見えた。
「ロクヤン……。そのタルト俺も食いたかったんだけど……」
「真面目な声で感想それだけかい……」
物凄い沈んだ声で俺が説明していた内容は全てタルトに集約されていたようだった。個人的には結構緊張して話したのに反応がそこにしかないというのは先ほどまでの俺の緊張を返してもらいたい気分になる。
らしいと言えばらしいのかもしれないが、もう少し違うことに関心を持ってもらいたい。
「ロクヤンが俺の相談役みたいなのになるってんでしょ? 別に俺は問題ないからオッケーて姉御には言ったよ。言われて困る話はしないし」
「……良いのかそれで? 相談役って言うか監視役みたいなもんだろうし、こないだの話は魔王さんに伝えてたら確実に困っていたと思うぞ」
「んー……」
骨ヤンは唐突に短パンのポケットをがさがさとまさぐり出し、そこから一通の封筒を取り出した。ポケットに入れていたはずなのに特に皺らしい皺が付いていない綺麗な封書がそこにはあった。
そして、その封筒を骨ヤンは「姉御からお手紙だよ」と言って俺に差し出してきた。魔王さんから手紙と言うのはどういう事だろうかと思いつつ、俺はその手紙を受け取り封を開けて入っていた便箋を取り出して広げる。手紙の中身は手書きではなくどうやらパソコンで印刷されたものの様だった。
俺はエアロバイクから一度降りて近くの椅子に腰かけて、まず手紙を読むことにした。
『ロクヤへ。これを読んでいると言う事はライカから手紙を受け取ったのだと思う。この手紙はライカのやつが説明を面くさがったりうまく説明できない可能性もあったので渡しておいたものだ。
結論から言うと、ライカは私の提案を受け入れた。監視役と言うと少し言い方が悪いとライカが言うので相談役と言う役割に落ち着いた。これでお前はライカのストッパー兼相談役だ、就任おめでとう。
これだけだと単に貧乏くじを押し付けただけのような感じにもなってしまうので、ロクヤにも二つのメリットを提示したいと思う。まず一つは、罰として与えていた食堂の手伝いについてだが初日に実施した分で完了したものとする。相談役に就任したのでそっちに専念させるという名目で通達するので、これで罰からの解放は完了だ。やったね、おめでとう。それはメリットじゃないとか突っ込んだら駄目だぞ。
二つ目は本当にメリットだ。この封筒に一枚のカードを同封しておいた。食堂で使えるカードだ。そのカードをアラネアに提示すれば一日一回だけ食事を無料で提供しよう。一回の食事量の制限は無いし、どこまで無料にするかはアラネアの判断とするが原則一日一回だ。食べ放題とかじゃないので気を付けてくれ。あ、定食+デザートとかはありだぞ。あと、そのカードを使えるのはお前だけとするので、誰かに渡したり、無くさない様に注意してくれ。……盗むような奴はいないと思うが万が一そう言う事があれば報告してくれ。
これから色々と迷惑をかけるかもしれないが、私もできるだけフォローをしていく。
それでは、今後ともよろしく頼む。
PS:この間いただいた高いタルトでなくていいので、食事が一回無料になるそうですので浮いたお金でたまには甘い物を差し入れてくれると私は凄く嬉しいです。エクレアとかシュークリームとかも良いですし、駄菓子とか軽い物も嬉しいですね。好感度が上がったら色々良い事してあげますので、よろしくお願いします』
最期のPSの部分だけ何故か文字が手書きである。手紙の入っていた封筒はフラップの部分で封がされている状態ではなく誰でも開けられるようになっている。そもそも文体が印刷された文章とは異なっているため、これは第三者が後から追記したものだというのは見て明らかだった。
……たぶんシャルさんだろうな。そもそも、魔王さんからの手紙に追記するような人で心当たりがある人はその人しかいないわけだけど。そんなに好きなのか甘い物。まぁ、今度また何か差し入れてあげようかな。
封筒の中にカードを入れていると言う事なので探してみると、確かに一枚のカードが入っていた。手触り的にプラ製の薄いカードで、全体的に真っ黒なカードで赤い文字で「ウォーマスポーツクラブ 食堂利用券 ロクヤ専用」と記載されている。裏には何の文字の記載も無く、非常に簡素なつくりになっている。
なんか色が不吉だが、食事が一回無料と言うのは非常に助かる。これだけのためにジムに毎日来てもいいくらいだ。これはもう一種のチートと言っても過言ではないのでは?チート、食事が一回無料。地味だが実用性抜群だ。まぁ、魔王さんのおかげだし別に能力でも何でもないけど。それでもありがたいことには変わりない。
「なんて書いてあったのさ?」
手紙をポケットにしまい、エアロバイクに戻ろうとしたところで骨ヤンがエアロバイクから降りて俺の目の前に立っていた。別に汗をかいているわけでも無いだろうに、タオルで頭蓋骨の頭頂部辺りを拭いている。
今日はやたらと早い気がするが、謹慎中と言う話を前に聞いていたので、もしかしたら昼間からずっとジムにいるのかもしれない。食堂の手伝いは良いのだろうか?もしかして俺が来るのを待っていてくれたのか?
「とりあえず、俺の食堂の手伝いはもうしなくていいんだとさ」
「なにそれっ?!」
少し肩を竦めながらおどけた調子で言ってみると思いの他に強い反応が返ってきた。ずるいと言われても俺はもともと巻き込まれたようなものなんだから、別なお役目をいただいたのであればそれくらいは免除していただきたいと言うものだ。
骨ヤンは分かりやすく肩を落として落ち込んでいる。どうやら自分ひとりになるのが嫌なのか「せっかく一緒に働けると思ったのにー……」と呟いている。たぶん友達と一緒に働くという状況を楽しみたかったのだろうが、ここは涙を呑んで諦めてもらうしかない。流石に仕事明けに毎回手伝うのはきつい。
「まぁまぁ……ほら、食堂で使えるって言うカード貰えたから来た時は飯食いに行くから」
「くそー……ロクヤンの注文する料理は絶対に俺が作ってやるからな、覚えとけよ」
それは嫌がらせに入るのだろうか……まぁ、アラネアさんの方が料理は美味いだろうけどたまにはいいかな……。まぁ、骨ヤンの料理に飽きたら、アラネアさんに作ってって指名してもいいし。それくらいは許されるだろう。
とりあえず悔しがる骨ヤンを尻目に、俺はエアロバイクのところに戻って漕ぐのを再開しようとしたのだが、移動しようとした瞬間に服の裾を掴まれてしまった。服の裾を掴まれ急停止すると、俺の服の裾を掴んだ骨ヤンが申し訳なさそうに片手で俺に謝罪をしてきた。
「ごめん、ロクヤン。これから一緒に来てくれる?」
「え……俺これから運動しようと思ったんだけど……」
「いや、婆ちゃんがさ、呼んでるんだよね。次にロクヤンと合ったら自分のところまで連れてきてくれって」
「…………会長さんが?」
骨ヤンが婆ちゃんと呼んでいる存在……俺が会長さんと呼んだ存在は、魔王さんの上の立場にあり実質的にトップの人……大魔王とでもいうべき存在の人だ。
俺がジムに迷い込んだ時に一度だけ会った人なのだが……確かかなりの強面の美人さんだったはずだ。骨ヤンは婆ちゃんと呼んでいるが、骨ヤン以外がその呼び方をしたら確実に殺されるだろうというくらいには怖い人だと言う事がわかっている。骨ヤンには非常に甘い。それこそ、本当に孫に接するような感じに甘い。
そんな人に呼ばれているというのはどういうことなのだろうかと考えてみるが、特に心当たりは思いつかなかった。いや、先日迷惑かけた件は確かにあったがあれは魔王さんに謝罪したし……。そもそも、そこまで怒っていないって言っていたから、別件で何かやってしまっただろうか?
ここで呼び出しに対して断るというのは、後々を考えるとデメリットしかなさそうだし、そもそも断るという選択を取ること自体が恐ろしい。何で呼ばれたのかがわからないが、骨ヤンと一緒であればそこまで悪い事態にはならないだろうから、一緒に行って直接聞いてみた方がよさそうだと俺は判断した。一人出会うよりはずっと良いはずだ。
「わかったよ、じゃあ一緒に行こうか」
「ありがとう。案内するよ」
今日の運動を諦めた俺は骨ヤンと一緒にエレベーターで移動をすることにした、会長さんの部屋は魔王さんの部屋と同じフロアにあるのだが、魔王さんの部屋よりも奥にあり、そこはフロアの一番奥、突き当りにある部屋だった。俺はその部屋の入り口を見て、少し驚いた。
そこの部屋の入り口は、和室の入り口のような障子だった。縦横に細かく区切られた意匠の木組みに、少しの皺も無く障子紙が貼り付けられており、薄暗い廊下に部屋の中の明かりが漏れ出ていた。
今まで廊下で見てきた他の部屋の扉が全て洋風なのに対して、ここの部屋のみが和風の扉となっており、奇妙な存在感を放っている。
「……和室?」
「ここが婆ちゃんの部屋だよ。あ、靴は入り口で脱いでね」
引き戸を勢いよく開けるとそのまま骨ヤンは中へと入っていく。あまりに勢いよく開けたので障子紙が破れてしまっていないか心配だったのだが、障子紙には少しの汚れも傷も入っていない。直接触ったわけでは無いから当たり前かもしれないが、自分の部屋じゃないけれども少しほっとした。
骨ヤンについて靴を脱いで部屋の中に入ると、その部屋は入り口が障子と言う事から予想していたが完全に畳張りの和室だった。畳の香りとこれはお茶の香りだろうか?どちらも仄かに香る程度で非常に落ち着く雰囲気を保っている。和室の中央には木製のテーブル……和室だからテーブルではなく座卓と言うのだろうか?それが真ん中に置かれており、座布団がいくつか置かれていた。
座卓の上には……なんだか見覚えのある袋が一つだけ置かれており、その座卓の奥には一人の和服姿の女性が脇息にもたれかかるようにして座っていた。
金髪をアップにまとめており、一本のかんざしをまとめた部分に刺している。着物は赤地に白い意匠が施されており、それが何なのかは俺には判断が付かないが、非常に高そうな着物だということくらいしかわからなかった。もたれかかって座っているせいなのかあちこちがはだけており、非常に目のやり場に困る。
女性は目を閉じており、俺達が来たのに気づいているのかいないのかはその表情からは判別できなかった。
「婆ちゃん、連れてきたよ」
骨ヤンはその女性の真向かいに座り胡坐をかく。女性は俺と骨ヤンを流し目のような形で一瞥すると大きなあくびをしながら両手を上げて軽く伸びをする。来ている着物はかなり着崩しており、はだけた着物から その大きな胸が少しだけ見えてしまい俺は咄嗟に目を逸らした。
「ふぁ……良く来たの二人とも」
「お久しぶりです会長さん……今日は何の御用ですか?」
女性……会長さんは涙目を擦りながらも眠たそうにもう一度大きなあくびをした。どうやら寝ていたようだったのだが、待たせてしまったのだとしたら非常に申し訳ない。はだけていた着物を整えると、姿勢を正してその金色の目で俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「突然呼び出して悪かったのう。さ、座るといい」
「失礼します……。会長さん、普段着は和服なんですね。以前にお会いした時はスーツでしたから」
「死んだ旦那の趣味じゃよ……似合わんかの?」
「いえ、よくお似合いですよ」
俺が褒めると会長さんは上品に微笑む。その姿に思わず見惚れてしまっていると、横から骨ヤンのブーイングが飛んできた。
「でー婆ちゃん、今日は何の用なのさー」
「お前はせっかちじゃのうライカ……なに、たまには若い男と喋りたくて……と言うのは冗談で。これの話じゃよ」
会長さんはそう言うと、座卓の上に乗っていた袋の中身を取り出す。それはクッキーやチョコレートなどのお菓子であり、それらが座卓の上に並べられていく。なんだか見覚えのあるお菓子類だった。
……これ、俺が魔王さんにタルトと一緒に買っていったお菓子類じゃなかったっけ?
「ロクヤよ、儂は悲しいぞぉ。こういう美味そうなものを儂に内緒でこっそりあいつらにだけ差し入れるとは……。やっぱり若い方がいいのかのぉ?」
カラカラと笑いながら並べたお菓子のうち少し大きめのクッキーを一つを手に取ると、封を開けてかぶりつく。大きめの層になっているタイプのクッキーで、周りのチョコレートが層を支えているからか、少しだけクッキーの粉が胸元に零れていた。
骨ヤンもチョコレートの箱を自分の手元に引き寄せて、中に入っていたトリュフ型の丸いチョコレートを口に運んでいた。
そう言えば……会長さんが庇ってくれたってアラネアさん前に言ってたっけ。あの時は魔王さんにとにかく謝らなきゃって思ってたから会長さんには別でお礼を伝えようと思っていたのにすっかり失念していた。
かなりの失礼をしてしまったことに気がついた俺は全身から血の気が引くのがわかった。指先と首筋が冷たくなり、身体中が冷えているのに汗がとめどなく全身から吹き出してくる。
……今から徹頭徹尾謝って許してもらえないだろうか、何ならここは和室だし、土下座が似合う場所のはずだ。最近なんだか謝ってばかりだけど、頭を下げて全て丸く収まるなら俺は喜んで頭を下げるぞ。
俺が土下座を決心していざ行動に起こそうとした瞬間、いつの間にかクッキーを食べ終わりお茶を飲んでいた会長さんが一層大声で笑いだした。いつの間にか俺と骨ヤンの前にもお茶が置かれており、骨ヤンはお茶を飲みながらチョコレートを一箱完食していた。どちらもいつの間に……。
「そんな青い顔せんでも、怒っとらんわい。あぁ、ライカよ。呼んでくれたお駄賃に菓子をいくつか持って行っていいから、ここからは二人で話させてくれ」
「えー……俺いちゃダメなの?婆ちゃん、ロクヤンに変なことしない?」
「お前の友達にそんなことせんよ。大事な話をしたいんじゃ」
「んー。わかったよ。ロクヤン、俺食堂で仕事してるからまた後でね」
納得した骨ヤンは俺に手を振ると、適当なお菓子をいくつか袋に詰めて部屋から出ていく。持っていったお菓子はチョコレート系が多かったので、お気に召したのだろうか。今度、違う種類のやつも持ってきてあげてもいいかもしれない。タルトが食べたかったと言っていたが、チョコレート系のタルトを買ってきてあげようか、だから戻ってきてくれと俺は心の中で念を送る。
「さて……」
無情にも骨ヤンが居なくなり二人きりになった部屋で、会長さんがぼそりと呟いた何でもない一言に俺は身を震わせる。先ほど言われて気づいたこともそうだが、そもそもお偉いさんと二人だけと言うのは非常に緊張する。しかも大事な話があるからと人払い……あれは骨だから骨払いか?いあ、そんな言葉遊びはどうでもいいが、そんなことをされては俺が今から何を言われるのかと、身構えるなと言う方が無理だろう。
一人で緊張していると、会長さんはこちらを真っ直ぐに見て姿勢を正す。先ほどまでの笑みは消え表情は真剣そのものだ。その表情を見て俺の心臓の鼓動はさらに早くなる。
そして、会長さんはそのまま頭を俺に下げてきた。
「今回は済まなかった、儂等が至らぬせいでロクヤには迷惑をかけた」
目の前で頭を下げる会長さんがなんだか現実感の無い光景で一瞬呆けてしまうのだが、何故か俺が謝られてしまったとすぐに俺は我に返る。我に返ったところで何ができるわけでは無いのだが、とにかく俺は慌てて身を乗り出した。
「なんで会長さんが謝るんですか……!!」
「……ロクヤは怒っとらんのか?」
「俺のせいで迷惑かけたのになんで俺が怒るんですか?! 顔を上げてくださいよ!!」
「……そうか、そう言ってもらえると非常に助かる」
唐突に偉い人から謝られるとわけもなく焦ってしまったが、顔を上げてくれた会長さんは安堵したような笑みを浮かべていた。それは本当に心の底からホッとしているような笑みで、俺にはその理由が良くわからなかった。よくわからないから、さっきの質問を俺なもう一度繰り返す。
「……なんで、会長さんが謝るんですか?」
「いやな……ライカのやつが原因でロクヤにも連帯で罰を与えなければならなくなったのでな、儂等が嫌われる分には甘んじて受け入れるが、せっかくできたライカの友達がライカから離れていくのは忍びなくてな。だから儂からも謝りたかったのじゃよ。あ、ロクヤに悪いと思っているのも本当じゃぞ?」
俺の問いに、会長さんは照れ臭そうに頬をかきながらも答えてくれた。なるほど……俺に悪いと思っているのは本当だろうけど……本当にあの骸骨に甘いなこの人。孫至上主義のお婆ちゃんみたいだ本当に。
もしかして骨ヤンを先に帰らせたのって、自分の謝る姿を見せたくなかったからなのだろうか。
俺はそれを聞いてみると、返ってきた回答はある意味でそれ以上の答えだった。
「いや、別に儂が頭を下げて解決するならいくらでも下げるわ。ただ、自分が原因で儂が頭を下げたと知ると、あの子はたぶん気にするじゃろうからな。そんな風に悲しむライカの姿は見たくないからのう……だから先に帰らせたわけじゃよ」
……本当に実の孫に接するように甘い……いや、孫以上かこれは?ここまで甘いと実際に親戚とか親子とかそういう関係があるんじゃないかって思うけど……骨ヤンの子供の頃ってどんなんなんだ?生前とか?まさか骨のまんま小さく生まれてきて大きくなったとか……?
……まぁ、変に詮索しても仕方ないし、その辺りの事は考えない様にしようか。もしかしたらデリケートな問題かもしれないし。
「本当に骨ヤンの事が大好きですね会長さんは……」
呆れたように呟いた一言に、会長さんは目を輝かせて、その目の輝きに負けないくらいに輝くようなはじける笑顔を俺に見せた。あ、やばい。なんか変なスイッチ押しちゃったのか俺?
その笑顔には少しだけ見覚えがあった。と言っても、会長さんの笑顔を見たという意味ではなく、似た笑顔を見た覚えがあるという意味だ。ここまで力強い笑顔では無かったのだが、その笑顔は自分の子供の事を話す上司、自分の妻の事を惚気る同僚、恋人の事を自慢する後輩の顔をとても似ている。
どれも共通するのは自分の大切な存在を自慢する時の笑顔である。一回や二回であるなら微笑ましく思うのだが、何回もやられるといい加減うんざりしてくるあれである。
その時の会社の同僚の笑顔よりも何倍も強い笑顔が俺の目の前にある……と言う事は。
「儂とライカは、あいつが生まれた時からの付き合いじゃからのう、死んだ旦那を除けば一番付き合いが長いんじゃよ。昔から手がかかる子じゃったが、曲がったことはせんからの。いつも誰かのために動いとるような奴じゃ。儂はあいつを誇りに思うよ。そうそう、昔儂が落ち込んでた時なんかは……」
予想通りの会長さんによる孫自慢ラッシュが始まった。正確には孫では無いんだろうが、時には自虐を交えて、時には骨ヤンの欠点を指摘しつつもそこを前向きに解釈して、とにかく徹底的に自慢を開始した。
それを俺には止める術は一切なく、俺は最初のうちはきちんと話を聞いて適切な相槌を打っていたのだが、途中で最初の話題がループしたところできちんと対応することを諦めた。
会長さんが満足するまで俺はただ反応をする機械となることを決め、満足するまで俺はひたすらに耐えることにした。結局その後、たっぷりと2時間ほどの怒涛のラッシュが継続したのである。
……そして2時間後。
「おぉ、もうこんな時間か。長々と話してすまなかったなロクヤ。ライカのやつが食堂で待っていると言っていたし。顔を出してやってくれ」
たっぷりと喋って満足をしたのか、会長さんの満ち足りた笑顔で自慢話は終了した。しかも話が終わった理由も俺が食堂に骨ヤンに会いに行くという理由からだ。出る前に俺にまた後でと言ってくれていたのでそれを覚えていたのだろう。先ほどの発言はファインプレーだったのだと素直に思う。後で礼を言っておこう……。
「それじゃあ会長さん、お邪魔しました。また今度……」
そして、ここで余計な事を言って話を長引かせても得策ではないので、俺は素直に帰ることにした。そうやって立ち上がりかけたところで会長さんから静止の声がかかる。
「……その呼び方はもうやめい。ライカの友人から呼ばれるのには聊か他人行儀過ぎる。それにもともと堅苦しいのはあまり好きではないしな」
「えっと……じゃあどう呼べば……」
「儂の事はこれからはキュウビと呼んでくれ。見ての通り儂は狐じゃからのう。あぁ、言っとくが本名ではないぞ。本名は死んだ旦那以外には呼ばれたくないでな。儂の本名はライカすら知らんわ」
軽い音と共に立ち上がった会長さん……キュウビさんの頭に狐の耳が、後方に一本の大きな狐の尻尾が姿を見せる。光に反射して尻尾が輝きを放っており、まるで後光が指しているように見える。
……ていうかキュウビって名前なのに尻尾が一本しかないんですが、なんででしょうかね。
「あぁ、これは邪魔じゃから一本に纏めとるだけじゃよ」
顔に疑問が出ていたのか尻尾をさすりながらキュウビさんは俺の疑問を解消してくれた。まとめるとかできるんだ……今度会う時にはぜひ九本の状態を見せてもらいたいな。次の機会があればだけど。
「ありがとうございます、キュウビさん。それじゃあ失礼します。またそのうち」
「あぁ、また遊びに来い。今回はすまなかったな。それと……改めてライカの事をよろしく頼む。あの子があんなに楽しそうにしているのは久しぶりじゃからな。今後も迷惑をかけるかもしれんが、変わらずに仲良くしてやってくれ」
入り口まで見送ってくれたキュウビさんは、最後にまるで孫に対する祖母と言うよりは、手のかかる息子を持った母親と言った方がしっくりとくる笑顔を浮かべていた。その優しく包容力に溢れる微笑に、俺はしばらく会っていない母親を思い出す。
そして、その言葉に対して、俺もできる限りの笑顔を浮かべてキュウビさんに返答をした。
「大丈夫ですよ。俺とあいつは友達ですから」
この作品なのですが、私のもう一つの作品「寝取られ勇者は魔王と駆け落ちする」の
展開に詰まったり筆が進まなかったりする時の気分転換に書いているんで非常に進みが遅いのです……。
読んでくださっている方には申し訳ないです……。