2.蜘蛛女のお手伝い
ウォーマスポーツクラブ。そこは世にも珍しい魔物達が身体を鍛えるスポーツクラブであり、異世界と俺の世界の中間に位置するスポーツクラブである。俺はそこに紛れ込んだ普通の人間の会員である。
普通の会員である……のだが……。
「ロクヤくーん。注文良いー?私は回鍋肉定食ねー」
「ロクヤー。俺はトンカツねー。ご飯大盛りで」
「ロクヤさん……私は冷しゃぶ定食で……ごはん少な目で……」
「はいよー。ちょっと待ってねー。今これ運んだら行くからー。今言われても忘れちゃうからー」
俺は何故か今、ジム内の食堂でウエイターのアルバイトのようなことをしていた。いや、アルバイトなら給金が出るがこれは完全に無給なのでお手伝いと言った方が正しいか。
ちなみに俺だけではなく骨ヤンも一緒になって働いている。骨ヤンは今ひたすらにキャベツの千切りやら玉ねぎのみじん切りやらダイコンのかつら向きやらと、料理の下ごしらえの真っ最中である。
「くそっ、玉ねぎが目に染みるぜ」
お前涙が出ない以前に、眼球すらないだろうが。その空洞に何がどうやって染みるんだよ。目を擦りながらそんな小芝居をしている骨ヤンの頭が、横から伸びてきた手に叩かれた。小気味いい軽い音が辺りに響く。
「ライカ!! 黙って手ぇ動かしな!! これは罰なんだから反省するまでやらせるからね!!」
「へいへーい。おばちゃんは俺にかまってないで料理作りなよ」
骨ヤンを叩いたおばちゃんと呼ばれた女性は、俺から見るとおばちゃんなんてとんでもないというくらいの美人だ。お姉さんと言って差し支えないだろう。栗色と白のまだら模様の長い髪は軽くウェーブがかかっており、料理をするからかそれを後ろで一つ縛りにまとめている。
普段から睨みつけるような鋭い目つきをしているのだが綺麗な赤い瞳をしており、額には同じ色の球体が6つ並んでいた。本人曰く、それも目なのだとか。
料理を作っているからか服装は割烹着に三角巾と言う装いなのだが、ゆったりとした割烹着でも隠し切れない双丘が胸部より突き出ている。そして普通の人と異なるのは・・・その手が6本もあるということだ。割烹着も特注で手が全部出るように袖部分が大きくスリットのような構造になっている。
料理を作るのに腕を動かす旅、脇やら脇腹やら下着やらがチラチラ見えて目のやり場に困っているのだが、本人は一切気にしていないようだった。
ちなみにライカと言うのは骨ヤンの本名だ。
「えー、回鍋肉定食、トンカツ定食大盛り、冷しゃぶ定食小盛ですー。食券ここに置きます」
「はいよー。ロクヤ君、こっち上がったから8番テーブル持ってってー。豚焼肉定食の肉とご飯特盛りと、餃子定食ねー。餃子はマヨと一味唐辛子を別添えねー」
「はーい」
四本の手で料理を作りつつ、出来上がった料理を残り二本の手を伸ばしてこちらに渡してくる。こういうのをなんだっけ、三面六臂の大活躍って言うのか?実際には一面六臂だけど。でも目が複数あるから三面六臂でも間違いは無いのかな……。
とりあえずそんなことを考えならが、俺は大人しく料理の乗ったトレイを受け取り、ずっしりと思いそれをテーブルへと運んでいく。特盛ご飯が異様に重い。焼肉の良い匂いが漂っており、俺の空腹の腹にもかなりのダメージを与えてくる。
……なんでこうなったんだろうか。学生時代のバイトを思い出して少し懐かしい感じはするが仕事上がりにこれはきつい。今日は普通に仕事終わって少し動いたら帰るつもりだったのに……。
話はほんの数時間ほど前に遡る……。
俺は普通にジムに到着して、いつもの通り皆のいるフロアへとエレベーターで降りた。ここまではいつも通りだったのだが、俺がいつものエアロバイクのところに骨ヤンいるかなーと探していたところ……なんかヨガマットのところに人だかり……人じゃなく魔物だけど……とにかく皆がなんか集まってたんだよな。
それが気になって人だかりの方に近づくと、顔馴染みが何人かが複雑な表情をしつつも俺を前の方へと誘導してくれて、俺が人だかりの先頭の方に到着すると……額に反省中って張り紙を付けて、ヨガマットの上で正座している骨ヤンがいた。
きっちりと背筋を伸ばして、両手は折りたたまれた太腿……骨ヤンの場合大腿骨だけど……ともあれその上に置かれており、顔は真っ直ぐに正面を見ていた。とても美しい正座だった。
その姿は、昔見た事のある試合を直前に控えた剣道部員のような静かだが迫力のある佇まいだった。
俺が声をかけられずにその姿に見惚れていると、骨ヤンは俺の方に気がついたのか顔だけを俺に向けると、口だけをほんの少しだけ動かす。何かを俺に伝えたいのか、大腿骨の上に置いた手も人差し指だけを動かしていた。
普通の人間には読心術なんかできるわけがない。当然俺も唇を読むとか言うのことはできないが……そもそも骨ヤンには唇なんてないのでただ顎の骨をカタカタと少し動かす程度なので、何が言いたいのかはさっぱりとわからない。
ただ、なんだかその動きが俺にこの場から逃げろと言っているように見えた……根拠は特に無いのだが、嫌な予感を覚えた俺は反転してその場から立ち去ろうとする。……しかし、俺がその行動を取るのも、骨ヤンからのメッセージを察するのも遅すぎたようだった。
「ろーくーやーくーん……」
少し低音でハスキーな声が俺の耳に届いたと思うと、いつの間にか俺の身体には荒縄ほどの太さの真っ白い何かが巻き付いていた。腕と足、それと胴体に巻き付いたそれは俺の身体の自由を奪って俺を動けなくしている。見た目は少しふわふわとした毛のようにも見えるのだが、手に巻き付いた感触は少しべた付いている……。それは昔、縁日で買った綿あめに触ってしまった時の感触に似ている気がした。
何とか少しでも動こうと試みるが、その何かはびくともしないどころかますます俺を拘束するようだった。
「みーつけたー……」
それはホラー映画の一幕の様に、不意に俺の身体に対して6本の腕がまるで蛇が這うように絡みついてきた。太く白い縄を補助するかのように縄が巻き付いていない箇所をその腕に絡めとられ、俺は全身をくまなく拘束されてしまった。
「ロクヤ君、つーかまえたー……」
首に何も巻き付いていないのはせめてもの情けなのか、俺は辛うじて動く首を可能な限りの後方へ向けて声の主を確認すると、そこには一人の女性が俺にぴったりとくっついて立っていた。女性は柔らかく微笑んでいるが目だけが笑っておらず、俺と視線を合わせている。
……密着されているので大きく柔らかい心地良い感触が背中に感じられるが、正直その感触を差し引いても幸福感よりも恐怖感の方が強かった。
「……こんばんは、アラネアさん。なんで俺は捕まえられているんでしょうか?」
「はい、こんばんはロクヤ君。その理由はそこで正座しているバカに聞いた方が良いわよ?」
俺の背に密着している女性……アラネアさんは俺を拘束している手を1本だけ外すと骨ヤンを指差した。手が1本外れたところで残り5本の手は俺を拘束したままであり、何よりも白い縄が俺の身体には巻き付いているので俺は身動きが取れないまま骨ヤンに顔を向けた。
骨ヤンは正座の姿勢を正すと、そのまま流れるような動きで頭を下げた。土下座と言うよりは座礼に近い綺麗な所作だが・・・骨ヤンが俺に謝罪をする意味がわからなかった。
「ごめんロクヤン、バレちゃった。ホントごめん」
「……いや、何の話?」
謝罪の言葉を聞いても何のことか一切ピンとこなかった俺が首を傾げると、骨ヤンも顔だけを上げて首を傾げた。なんだか怒られることを覚悟していたはずなのに拍子抜けしたような態度である。俺と骨ヤンがお互いに首を傾げ合っていると、俺の後ろからは呆れたようなため息が聞こえてきた。
生暖かい息が首筋にかかってきて、背筋に怖気とは違う快感がちょっとだけ走る。ちょっとこれゾクゾクする……。
「ロクヤ君……この前さ、ライカから召喚勇者の話を聞かなかった? それをライカが元の世界に帰したがっているって話」
「あー……確かにこの前、聞きましたよ……。困ってたみたいだからここ経由で帰せば簡単なんじゃないって話したけど」
「それ大問題なのよね」
「……は?」
俺を羽交い絞めにしたままでアラネアさんは説明をしてくれた。召喚勇者が違法に現れたというのは情報として出回っており、魔王さん達が連携して証拠を集めて召喚した当事国を糾弾する準備を進めていたらしい。そして後は、最大の証拠である召喚勇者の確保をすればすべての準備が完了……という段階で召喚勇者が忽然と姿を消した。
野垂れ死んだのかと調査をすると、勇者と最後に召喚勇者と接触していたのは骨ヤンだと言う事が発覚し、骨ヤンを問い詰めたところ最初はしらを切ったのだが最終的には勝手に家に帰していたというのが判明。
激怒した魔王さんが誰に入れ知恵されたんだと更に問い詰め、俺からアドバイスを受けたと言う事を骨ヤンは最終的に喋ってしまったらしい。
ちなみに骨ヤン単独ではないと考えた理由が「勇者と一緒に殴りこんできて帰れるように協力しろとか言うならまだしも、ここ経由で帰すとか思いつくわけがない」と言う事だった。
せっかく国を挙げて糾弾する機会を勝手に逃したと魔王さんは激怒、証拠集めに尽力してくれていた人の努力が無に帰し、連携を進めていた人達にも迷惑をかけて魔王さんは人や各国に対しての謝罪行脚を今も続けているという話だ。
……俺が軽く言った一言でそんなことに……いや、そもそもそんな大事になるなら予め言ってほしかった……そしたらそんなこと言わなかったのに……。
血の気が引いて変な汗が出ている俺は骨ヤンを睨みつけると、骨ヤンは両手を合わせて正座のままでまた頭を下げた。顔だけを上げて少しだけ首を傾げると。「ごめんね?」と言って来た。これが可愛い女の子ならまだ許せたのかもしれないが生憎とこいつは骨だ。可愛い仕草をされても怒りしか湧いてこない。
たぶん、拘束されてなかったら掴みかかっていた気がする。絶対に負けるけどそれでも掴みかかっていただろう。100%負けていたけど。
「そう言うわけなので、ライカとロクヤ君には罰を受けてもらいます。」
その宣告に俺は何をされるのだろうと戦々恐々となり、骨ヤンは正座のままで天を仰いでいた。
そして……罰として俺に言い渡されたのはこれから1か月ほどジムに来た時はジム内の食堂の手伝いをすること、骨ヤンに言い渡されたのが3か月の厨房の下働きとなった。骨ヤンはこのほかに3か月ほど戦場に出るのを禁止されているらしく、実質の謹慎処分と言うやつらしい。
正直な話、俺への罰も含めてだが、事の事後処理に比べて罰としては非常に軽いのではないかと思ったのでアラネアさんに聞いてみた所。
「会長の意向よ……あんのクソババァ……」
と、非常に恨みがましい顔で呟かれてしまった。会長と言うのは魔王さんの上司と言うか・・・わかりやすく表現するなら大魔王だろうか。魔王さんの国で一番の年長者らしく、骨ヤンは婆ちゃんと呼んで慕っている。その為か骨ヤンには孫に接するように甘い。
今回の罰の軽さもその甘さのおかげとなると……感謝しかない。ないのだが……魔王さんには非常に悪い事をしたので、菓子折りか何か買って差し入れして別途謝罪に行こう……会長さんにも何かお礼を買っていこう。
それが数時間前に俺と骨ヤンに起きた出来事で、俺達が今現在食堂で働いているということにつながってくるわけなのだが……。正直、軽い処分だと思って嘗めていたその時の自分を叱責したかった。食堂はかなり混んでおり、俺は注文取りと配膳をひっきりなしに繰り返していた。過去に俺が飲食店のバイトをしていた時は割と暇な店だったので、繁盛している店と言うのはここまできついかと驚いている。
それに昼間に普通の仕事をして、夜に食堂の仕事と言うのはかなりきつい。ジムではそれなりに鍛えていたつもりなのだが、鍛えている筋肉とは違うのか立ちっぱなしで足の裏と太腿部分が鈍い痛みと怠さを感じていた。
「ロクヤくーん、料理上がったから持ってってー!」
「ロクヤー注文いいー?」
「水のお替りちょうだいー」
「酒無いのかー」
「ロクヤン、これ美味いぞー。食べてみー」
あちこちから声がかかりちょっとしたパニックになりつつも、俺は食堂のあっちこっちを駆け巡っていた。何だったら昼間の仕事よりもせわしなく動いている。……最後に聞こえてきたのは骨ヤンがつまみ食いしている物を俺に進めてきた声で、すぐそのあとにアラネアさんにぶん殴られている音が聞こえてきた。
こいつ反省してないだろ。つーか、お前の方が主犯なのに俺の方がきつい罰になっている気がするんだけど……納得いかねえ。なんでお前が野菜の下ごしらえとか料理系なんだよ。
家では割と料理している方だし俺もそっちが良かった……と思い骨ヤンの方に視線を送ると、そこに広がっている光景に俺は絶句した。
骨ヤンの傍らに山のように積まれているキャベツが、まるで早回しの映像の様に見る見る間に無くなっていく。そして、そのキャベツの減りに合わせるように千切りのキャベツとざく切りのキャベツがそれぞれ積み重なっていく……。他にも人参、ダイコン等の野菜でも同じような光景が繰り返される。およそ人間には不可能な速さで野菜や肉を切り、アラネアさんがそれを消費していく……。
うん、あの速度は俺には絶対に無理だ。と言うか人間には無理だろう。料理漫画とかの観客ってこういう気分なんだろうか。この大忙しの中、厨房をたったの二人で回すのにはあれくらいの速度が必要なのだろうと思って自分を納得させておこう。
……と言うか骨ヤン、料理できたのか。いや、野菜とかの下ごしらえしかしてないけど俺よりもよっぽどうまく野菜とか切ってるし……もっと適当なやつだと思ってた。
しかし、友人の意外な一面を見たと感慨に耽る暇もなく、その後も俺は忙しく働き続けた。そして、最後の客が帰宅する頃には時刻は夜の10時を過ぎていた。
「……下手なジムでの運動より疲れた」
表の看板がクローズになり客のいなくなった食堂内で、俺はテーブルの上に突っ伏して座っていた。太腿がこれ以上ないぐらいに張っており、ふくらはぎにも変な痛みと怠さがあり、座った程度では回復しそうになかった。絶えず料理を運んでいた手は感覚が鈍くなっており、もしかしたらトレイを持つ形で自分の手が固まっているような錯覚すら覚える。
早く風呂に入って休みたいが、それ以上に今は動きたくないとテーブルに突っ伏したまま唸っていると、不意に食欲をそそる良い匂いが漂ってきた。顔を上げるのも億劫だったので、目線だけで匂いの漂ってきた方向へと視線を送ると、そこには6本の手に複数のトレイを持ったアラネアさんが柔らかい微笑を浮かべていた。
「お疲れ様ー。ロクヤ君、助かったわー。疲労回復には豚肉が良いのよ、食べてってね」
アラネアさんは俺が突っ伏したテーブルの上に次々に料理を並べていく。突っ伏した頭が料理に包囲されそうだったので何とか最後の力を振り絞るようにして俺は頭を上げる。そこには色々な種類の美味しそうな豚肉料理が並んでいた。
山盛りのキャベツと豚肉で作られた味噌ダレの良い匂いが漂ってくる回鍋肉、見ただけでサクサクとした食感であるとわかる揚げたてのトンカツ、ケチャップで玉ねぎと一緒にじっくりと焼かれたポークチャップは一緒に添えられたフライドポテトが非常に嬉しい。
その他にも薄切りで茹でられた豚肉がレタス等の野菜の上に乗っている冷しゃぶのサラダ、皮が分厚いスープで煮込まれた水餃子、キムチと一緒に炒められた豚キムチ等……知っている物から知らないものまで豚肉料理が所狭しと並べられた。
先ほどまで疲労感で一杯だったので気がついていなかったのだが、目の前の美味しそうな料理を見て匂いを嗅いで……俺の腹からは大きな腹の虫の音が鳴り響いた。……そう言えば何も食べてなかったからな……料理が出たとたんに腹が鳴るとは。運動しすぎると疲労で胃が何も受け付けないと言うが、きちんと食欲が湧いてきたことに俺は安堵した。
あれだけ働いて、これだけ美味しそうな料理をいただいて食べられないとか非常に悔しいからな……。いつの間にか俺の隣には骨ヤンが座り、アラネアさんが俺に山盛りのご飯とスープを渡してくれた。
「それじゃあ食べましょうか」
俺とアラネアさん、骨ヤンは目の前の食材を前にいただきますと言うと食事を始める。料理はどれも非常に美味で疲れた体に染み渡るようだった。
大量の料理が並べられていたので全部食べ切れるか不安だったのだが、一度箸をつけるとまるで無限に食べれられるような気がしてきた。箸が止まらない。
空腹感からか会話らしい会話も無くしばらく俺は黙々と食事を続けていたのだが、不意に横から1枚の皿がすっと差し出された。
「ロクヤン、これ食べてみてよ」
骨ヤンが差し出してきたその皿に乗っていたのは白菜、もやし、キャベツ、にんじん、きくらげと豚肉が入った野菜炒めだった。水分もあまり出ておらず野菜は瑞々しい色合いを保っており、豚肉もどっさりと入っているが、特筆すべきところは無いごく普通の野菜炒めだ。
なんだか他の皿に比べると少し見劣りする気がするが、勧められたのだから何かあるのかと思い俺はそれにも箸をつける……。なんだか骨ヤンも食事の手を止めて俺の方を見ている気がするが、とりあえず気にしないでおこう。
「あ、美味い。うん。好きな味だコレ」
他の料理に比べると派手さは無いが、あっさりとした塩味で濃い味の料理の口直しにもちょうどいい。野菜もシャキシャキとしていて心地いい食感が歯に響いてくる。丁寧に作られているのがわかる一品だ。
俺が美味いと言った瞬間、横で骨ヤンが握り拳を引いてガッツポーズを取っていた。その姿を見た俺が首を傾げていると、微笑んでいたアラネアさんがその理由を教えてくれた。
「良かったわねぇライカ。あんたの料理、美味しいって言ってくれて」
「あ、何。これ骨ヤンが作ったの? 凄いじゃん」
「あ……ありがとう……いや、初めて料理作ってみたんだけどさ、意外と楽しいね、料理」
「巻き込んじゃったお詫びがしたいって、一生懸命作り方を私に聞いてきたもんね?」
「おばちゃん……それ内緒って言ったじゃん……。」
骨ヤンは俺に褒められたのに照れたのか、アラネアさんの言葉に照れたのか、顔を明後日の方向にそむけて頬をかいていた。ガッツポーズ取ったってことはもしかして、初めて作った料理を俺に食わせるのに緊張してたのかよ。なんだこの可愛い骸骨。
これから三か月くらい食堂で仕事をするのだから、料理が楽しいと感じるのは確かに良い事なんだろうな。この料理が練習の一環と言う事であれば今後付き合うのも吝かでは無いな。
俺はアラネアさんにも骨ヤン作の野菜炒めを進めてみたのだが、アラネアさんはその皿は俺が全部食べてあげてと言う事だったのでお言葉に甘えて平らげることにした。
ある程度は料理を腹に詰めたので落ち着いた俺達は、それからは会話をしながら食事を続けた。今回の食堂の忙しさはとある豚肉をアラネアさんが狩ってきて(買ったのではなく狩ってである)、その肉が希少と言う事もありフェアをやると周知したためだとか。今回で豚肉はあらかた使い終わったので、明日からは忙しさも少しは収まるだろうとのことだった。
明日以降も手伝う事は決定しているのでこの忙しさが続くのかと憂鬱だったが、それなら少しだけ安心だ。
「それにしても……そんなに珍しい豚なんですかコレ?」
「珍しいって言うか厄介な豚と言うか……戦場が大好きで争いの場に現れては滅茶苦茶に暴れる豚なのよね……こいつが出た戦場ではいったん休戦して共闘して倒すのよ。割と死闘になるから、豚を倒した後はこいつの肉を使ってみんなで祝杯をあげるもんで、和解豚とも共闘豚とも言われているわ」
厄介なことに新兵の戦場に良く出没するのだとアラネアさんは付け加える……なんだそのはた迷惑は豚は。そういうわけで戦場で消費されることが多いから、めったに市場には出回らないのだそうだ。
確かに、普段俺が食べる豚肉よりはるかに美味しかったけど。
「……アラネアさん、一人で倒したんですかその豚?」
「当然よ。私もそれなりに強いし。運が良かったわ、ばったり出くわして」
「俺も一人で倒せるよ」
……戦場で死闘を繰り広げなきゃ倒せない豚をアラネアさん一人で。骨ヤンは何となく強いのは知ってたけど、アラネアさんは普段は食堂で働いているお姉さんって思ってたからそんなに強いとは知らんかった。
「ちなみに、私の得意技は相手を糸でグルグルに縛ってそのままバッサリ切っちゃうことなんだけどね。さっきロクヤ君を縛った糸は太いけど、あれを極細にすればよく切れるのよ」
そんな危険なもので俺はさっき縛られてたのかよ!! 太くて荒縄みたいだと思ってたけど、あれが普段は切り裂くのに使われているとか……バッサリやる気は無かったのだろうけどなんとなく全身に怖気が走り、先ほど縛られていた箇所だけが敏感になったような気がして手で軽く摩る。
「さて……じゃあ私はデザート持ってくるから。今日はタルト作ってみたの」
アラネアさんが席を立つと、俺と骨ヤンの間には少しだけ無言の時間が流れた。いつもなら積極的に喋りかけてくるこの男が無言なので少しだけ不思議に思っていると、俯いた骨ヤンがぽつりと口を開いた。
その声は珍しく沈んでおり、明らかに落ち込んでいる様子だった。
「ごめんねロクヤン、巻き込んじゃって。料理なんかじゃお詫びにならないと思うけど、ホント悪いと思ってるんだよ俺……」
骨ヤンは肩を落として俯いている。その姿はまるで親に叱られた子供みたいだった。どうやら俺が一緒になって罰を受けていると言う事に対して、こいつもこいつなりに思うところがあったようだ。
確かに巻き込まれたというのは否定できないが、そもそも俺が適当なことを言わなければこの罰も無かったわけで、それを考えるとむしろ俺の方が骨ヤンに対して加害者なのではないかと言う気になってしまう。
「別に良いよ。確かにきついけどさ……俺も適当なこと言ったのが悪かったんだし。お互い様だ」
「でも……」
顔を上げて何かを言いかける骨ヤンの頭に俺は手をそっと置くと、ひんやりとした金属に近いような滑らかな骨の感触が掌に伝わってくる。俺はそのまま骨ヤンの頭を子供にするようにポンポンと軽く叩く。
「そんな落ち込むなよ。そもそも俺、毎日ジムに来るわけじゃないから手伝いも毎日ってわけじゃないしさ。俺よりそっちの方が罰が長いんだから無理するなよ」
「……うん……ありがと」
なんだかしおらしい態度に少し調子が狂い普段なら絶対にやらないような行動を取ってしまったので少し気恥ずかしくなってしまったが、骨ヤンは少しだけ元気が出たようだった。この調子なら、次に来た時には元に戻っているだろうな。
俺が骨ヤンの頭から手を離したタイミングでアラネアさんが戻ってきた。手を離したときに骨ヤンは俺の手を少しだけ名残惜しそうに見ていた気がするが、もしかしたらこうやられた経験が少ないのかもしれない。
「はいはーい、デザート持ってきたわよ。今切り分けるわねー」
テーブルに置かれたタルトは、所謂5号サイズと言われる15cmほどの大きさだった。苺がメインで乗せられており、ゼリーか寒天だろうか? 表面が透明な何かで覆われている。苺の下にはカスタードクリームが敷き詰められており、スタンダードな苺タルトと言った感じだ。実に美味そうだ。
切り分ける……と言いつつアラネアさんの手にはナイフも何も握られていない。不思議に思って皿の上のタルトを眺めていると……そのタルトが唐突に綺麗な6等分に分割された。
「へ?」
「さぁ、召し上がれー」
俺が呆気に取られてアラネアさんを見ると、アラネアさんは顔の横でピースサインを掲げていた。良く見るとそのピースサインを形作っている指先から少しだけクリームの付いた極細の糸が垂れさがっているようだった。……どうやら先ほど言っていた糸で切断するというのを俺に見せたかったようで、得意げな顔をしている。
骨ヤンは気にした様子もなくタルトを頬張っている。切られたタルトが、先ほど糸で縛られていた自分の姿に少しだけ重なったが……あくまでアラネアさんは俺に得意技を見せたいだけであって、俺もこうなるんだぞと言う警告の意味は無いんだ、それは俺の考えすぎだ。得意気に糸を垂れさがらせてアピールしてくるアラネアさんは可愛いけれども、他意は無いはずなんだ。
「ロクヤ君、今日は罰だけど手伝ってもらってありがとうね。助かったから毎日……は難しいと思うけど、余裕ある時はまたお手伝いお願いね。あと……ライカに今度から何か言うときは慎重にお願いね。ライカから変な相談受けたら私にも言って。でないと……そのタルトみたいにロクヤ君もスパっとしなきゃいけなくなるかもしれないから」
……たぶん冗談だと思うけれども、これ見よがしに糸を見せながら言うアラネアさんの笑顔が怖く感じられてしまった俺は、せっかくのタルトの味が良くわからなかった。
料理は既に発展済み系な異世界。
多分、転生者とか召喚者とかが広め切った後(適当)