誘拐
今日はパパと一緒に視察である。
「おはようございます。ブラスさん」
パパはここではブラスさんって呼ばれている。
前は勇者王とか様付で呼ばれていたんだけど、
むずがゆくて嫌だということで
さん付けで呼ぶように統一したそうだ。
確かに私も様付では呼ばれたくはないんだけど……
「あら、今日もお嬢様もご一緒ですか?」
私は大体お嬢様と呼ばれることが多い。
カナタと呼ばれたことはない。
そして”今日も”というのは、
事あるごとに私はパパにくっついて行っている。
自分で言うのもなんだけどパパっ子である。
「すみません、ブラスさん…… 少々よろしいですか?」
国民なのだろうか?
見覚えのない男の人がパパに声をかけてきた。
パパは受けこたえるために私を降ろし、
ちょっとここで待っていなさいと一言いうと。
人混みの中に消えていった。
私は言われたとおりに通りを眺めんがら、
パパが出てくるのをまっていると、
急に浮遊感が体を襲ったかと思うと、
見知らない男の人に小脇に抱えられて連れ去られてしまった。
『パパ! パパ!』
私は一生懸命助けを求めた、
突然の出来事に周りの人は呆気にとられていたけど、
すぐに正気に戻ってパパを探し始めてくれた、
だけど、時すでに遅し、
たかが5歳の女の子、背も小さく、体重も軽い私は、
いとも簡単に抱えられ街の外のたくさんの男の人が居る
山の麓の森の中にあるアジトっぽい場所まで連れてこられた。
人攫いに合った私は恐怖で泣きそうになるのをこらえ、
何のために連れてこられたのかを探ろうと思った。
「やつの娘を攫ってきたぜ。」
私は男の人の輪の中に放り出された。
「ほー コイツは上玉だな、
あと15年もすれば美人に育つな。」
正直こわい、これから何されるんだろう……
しかし、私を見る目は色情というより私怨……
「もう要求なんてしないですぐにやっちまおうぜ。」
私に刺さる視線が殺意に変わるのを感じた。
怖すぎてもう周りが何を言っているのかわからない……
『ふえぇぇぇ…… お願いします。たすけてください。』
「お嬢ちゃん、悪いな。聞けない相談だ。」
強烈な痛みが胸から全身に広がった。
胸にナイフを刺された、
産まれて5年で訳の分からないままここで死ぬの?
私、何をした?
嫌だよ…… 死にたくないよ……
必死にあらがおうとする私の頭に不思議な言葉が浮かび上がる。
私はその言葉を精一杯口にする。
『地の底より出でるは…… 灼熱の紅炎……
それはなにものも逃さず…… 全ての物を飲み込み……
永劫の時を抱き燃やし尽くす…… 炎帝の抱擁……
決して逃さずちりも残さず……』
異変を感じた男の人達が一気に詰め寄ってくる。
私は取り押さえられるのも構わずに大声で叫んだ。
『カラミティフレア!』
一瞬で視界が真っ白になり、
強烈な爆音が響いたかと思うと、
少しして爆音が収まり、
真っ白になった周りの風景が色を取り戻してきた。
山の麓にあるアジトっぽい小屋にいたはずなのだけど、
私の周りは巨大なクレーターが出来ていた。
胸に刺さるナイフの痛みと、
周りの景色の激変にパニックに陥りかけた私の視界に、
慌てて駆け寄ってくるパパとママの姿を見かけた。
抱きかかえられた安心感に包まれた私は、
『パパ…… ママ……』
意識が飛んだ……
ちょっと前……
「普通、小さな娘から目を離したりする?」
「すまない! 本当にすまない!」
血相を変えて走る二人は娘を攫われた。
父親のブラスから娘のカナタを引き離すため、
一人の男がブラスに声をかけ誘い込み、
そのすきにもう一人の男が娘をかっさらった。
娘の助けの声を聞いたブラスは、
これが罠だと気づき、声をかけてきた男を取り押さえ、
事の仔細を白状させた。
攫った娘を即座に殺すと狂った笑いを浮かべた男を、
ブラスは張り倒し、
アジトへ急ごうとしたところに、
母親のイセリアと合流し、
二人して走っている最中、
イセリアはブラスの行動に対して怒鳴ったのだった。
「あの子にもしものことがあったらどうするのよ!」
「すまない! 本当にすまない!」
イセリアの剣幕にブラスは平謝りするしかなかった。
それはそうだ、小さな娘から目を離したすきに攫われたのだ。
あともう少しでアジトに付くというところで、
二人を白い閃光が襲い、
続いて衝撃波と爆音が襲った。
ブラスはとっさにイセリアをかばった。
そのためブラスは衝撃波と爆風で背中がズタズタになった。
閃光が晴れて、静けさを取り戻したのを確認した二人は、
辺りの変わりように絶句した。
森の中をアジトに向けて走っているはずだったのだが、
そこに広がるのは巨大なクレーターだった。
二人は何が起こったのかわからず、あたりを見回すと、
中心に小さく娘の姿をみた。
慌てて駆け寄った二人は娘の姿を見て絶句した……
娘の胸にざっくりとナイフが刺さっていたのだ……
『パパ…… ママ……』
助けを求めるように差し出された手は何も掴むことなくだらんと垂れる。
「カナタ! カナタ!」
パニックに陥ったイセリアは力なく崩れる娘を必死に揺さぶり起そうとする。
「イセリア、落ち着け! まだ気絶しただけだ!
ナイフは深いが出血量はそれほどでもない!
落ち着いて治療に入れ!」
二人の後を遅れて部下たちが到着した。
「俺は少しここに残って状況を確認する、町に戻ってラルフを呼んできてくれ!
この時間ならおそらく酒場にいるだろう、
残りの物は妻と娘を屋敷まで連れて行ってくれ。」
ブラスの指示に部下たちは動き出した。
「何が起きたんだ…… これは……」