第六話 「フラグは容赦なく」
男は鉄紺の長い前髪をかき上げる。指の隙間から覗く紅血色の鋭い眼光は佳音を射抜いていた。
目鼻立ちは細く整った顔立ちもやはり少し冷たい印象を与え、右の目元には切り傷が入っている。
首や胸元、両腕はサポーターのようなファスナーのついた黒い洋服が引き締まった筋肉をより際立たせている。片腕を出した着崩した菊の柄が入った着物。袴かと思ったら前開きになっていて動きやすそうなベルトの装飾がついたパンツに指先が足袋の形をしたブーツ。そして帯には刀と、型破りな和洋折衷。
紛れもない。彼こそが、
「咲霊!いきなり何すんのっ?!離してってばっ」
「フン。よくもまぁご丁寧にそちらから現れてくれたな?救世主を名乗る、魔女め」
「はぁあっ?魔女?!」
「咲霊隊長!今すぐ救世主様を解放しなさい!でないとっ――」
「無駄だ。武器を下ろせ。天界の女神騎士団、副隊長殿?」
エイルが腰に装備したレイピアに手を当てようとすると扉の外にいた兵士たちも一斉に走り出口を塞ぐ。二人は完全に囲まれ、エイルは咲霊をじっと睨みながらレイピアを地面に置く。
「こんなことをしたらアナタ、どうなるか分かっているの?大体魔女ってどういうこと?!」
「世界の監視者を名乗っておきながら2年前の・・・魔獣戦争を、ただ指をくわえて見ていた天界の騎士が言える立場か?この女こそが、世界を闇に染めようとしているんだぞ」
ここは佳音が知るプリハーの世界。本当に存在していたプリハーの登場人物たち。思い通りに操作していたからこそ描いていた理想の未来形。
この世界での物語が始まって早々、拒絶をされてしまったのだ。
あろうことかプリズム・ハーツの男子の中で最も愛情を注いで(貢いで)いた、咲霊に。
予想の反対側に向かってしまった現実にどう対処すればいいのか分からずに一度は身体の機能が停止する。
魔女に魔獣戦争。咲霊から発せられるゲームの中でも登場しなかった言葉は佳音に動揺する余裕を与えなかった。
我に返った佳音は手足を縛り付けられ顔を地べたに強く押さえつけられながらも釣り上げられた魚のようにバタバタと必死に暴れて抵抗する。
「普通は先に状況から話さない?!咲霊が言ってることが分かんないんだけどっ。まず2年前とか、私この世界にいないし!むしろさっき来たばっかだし!」
「そうよ。彼女は神に選ばれて世界樹から舞い降りてきたの」
――いや、落とされて死にかけたんスけどっ・・・。
「なんだと?一生かけても登り切ることができないと言われてるあの世界樹から?」
「ええ。リ・フォークで女神の預言よりも信仰されているその神説にもあるでしょ。『神に選ばれし異界の魂、一筋の著しい輝きを救済へ導かんと肉体と精神を授けられ我が国の世界樹より舞い降りる。』・・・まさに同じことが起き始めているの」
「馬鹿な。花笠神説は・・・本当、だというのか?」
「本当よ!アナタが斬ってきた魔獣がこそが証拠。魔獣はその『夜の使者』に仕えている存在なの」
「・・・こんな、破れた布切れを着た女が救世主なのか?実はその服装も一般人を装った変装で俺たちを欺こうとしているとかじゃないのか?」
――いや、ただの一般人なんスけどっ・・・。ていうか、布切れって。
「レディに対して失礼じゃない?・・・でも、詳しく話をすれば神説とも当てはまる点はもっと見つかるはずよ。いい加減、信じてくれるかしら?」
「・・・・・・・・・」
「咲霊の反応が変わった?さ、さすが、エイル・・・!」
エイルの説得の効果があったのか咲霊は佳音を相変わらず睨みつけながらも黙っている。だが咲霊の視線の刃は口の先まで出かけていた言葉や抵抗するという意識でさえも串刺しにする。
美しくも血に染まるその刃から逸らすことに恐怖を覚え始めるがそれを止めてくれたのはエイルの一瞬のウインクだった。だが眉間をしかめたまま頬を流れる一滴の汗がこちらの不利な状態を認めてしまっていた。
「だからアナタたちこそ武器を下してもらえない?この時間も惜しいのよ、咲霊隊長。お願いだから彼女を放して」
「・・・・・・・・・エイル副隊長殿。あんたの説得こそが時間の無駄だ」
「なっ・・・?!」
咲霊が右手を上げ手招きするように手首をそっと曲げた瞬間にエイルも兵士によって両腕を背中のほうに回されてしまう。エイルは振り解こうと激しく動くも兵士の腕力には敵わず身動きができない。
捕らわれたエイルを見て佳音は再び暴れだす。
「ちょっと咲霊っ、いい加減にしてよ!エイルは何もしてないでしょ?!少しぐらい話を聞いてくれたっていいじゃん!」
「確かに、リ・フォークでは花笠神説は信じられている。だが俺からしたらおとぎ話も同然だ。俺はこの眼で見るものしか、あの戦争で見てきたことしか信じないッ」
「勝手すぎっ!もっと周りを見なよ。咲霊、どうしちゃったの?そんなこと、言わないはずなの――――ぐっ!!」
首に受けた衝撃が上り詰めた怒りをまるで無かったかのように吹き消す。そして佳音の眼に映る咲霊やエイルは闇の中へ消えていき佳音の意識も引力と共に地面へと溶けていった。
「サ、ラ・・・イ・・・・・・」
「俺のことを馴れ馴れしく名前で呼んで、実に不愉快な魔女だ。この哀しみの連鎖もこれで終わる」
「ケイトッ!アンタ、よくも・・・!!」
「安心しろ、この女は簡単に殺しはしない。・・・・・・魔女は地下牢に閉じ込めておけ。厳重な警備をつけるんだ。副隊長殿は、客室にでも監禁しろ。お前からもじっくり話を聞きたいからな」
「御意ッ!」
咲霊は指示を出すとそのまま背中を向け屋舎の奥へ行ってしまう。その背中を見えなくなるまで睨み続けているエイルは抵抗せずに両腕を兵士に塞がれたまま歩かされ、気絶してしまっている佳音はエイルとは別の方向へ四人の兵士に運ばれていった。
・・・・・・
・・・・・・・・・
――あれ?こ、ここは・・・。
目の前は真っ暗。まさにお先真っ暗、というやつなのか。
だがおかしいことが一つある。
腕や脚に軽く握られたような感触。身体全体が僅かに下に向かって揺れているような振動。
手放したはずの感覚と同時に離れていった意識がこちらに戻り始めている。意識に続いて聴力。バラついた硬い足音は頻繁に起きる揺動と重なる。
そして首に強い痛みが走った。
――痛ぁ。・・・そういえば気絶するときに首殴られたんだ。私、もしかして運ばれてる?階段でもおりてんのかな・・・?
薄っすらと瞼を開けてみると、佳音を運びながら石造りの階段を下りている兵士の脚が見える。階段を不気味に照らす蝋燭の火が並んでいる。
「本当にこんな娘が魔女なのか?」
「ああ。咲霊隊長が言っていたから間違いないだろ」
「―――は終わるのか。やっと・・・」
「あそこで―――でしまった、―――もきっと―――だろうな」
「咲霊隊長もやっと―――から、解放されるんだ。あの方は少し・・・」
僅かな視界で状況を観察していると兵士の会話が聞こえ始めたが、所々で石段を叩く足音がノイズのように混ざりなかなか聞き取ることができない。
――ちくしょー。肝心なところが聞こえない。・・・て、えっ?
兵士同士の会話も足音も揺れていた佳音の身体も全ての動きが止まった。兵士の一人が幾つもの連なった鍵を取り出し、赤黒く錆びついた錠を開けると扉を引いた。
金属を引きずる重たい音が佳音の心臓まで響いてくる。
そっと身体が置かれひんやりとした地面に佳音は微動してしまいながらも兵士たちが檻を閉め姿が見えなくなるのを待った。
「行った・・・よね?」
湿気ているため微かなカビ臭さ。石段から沈黙の鉄格子の中まで流れてくる冷気が佳音の心をぎゅっと締め付ける。
牢屋の傷まみれの石畳のような重たい寂しさを紛らわそうと佳音はひたすら声を上げる。
「くそー、咲霊めっ。ここから出たら一発ぶん殴ってやるんだから!なんでこの世界に来てまでこんな思いしなきゃいけないのっ!こんな・・・こんなこと」
孤独。取り巻く実感はそう簡単には解くことができない。助けが来てくれることも数ミリは期待したが、気配そのものが無い。
誰にも届かない独り言を吐き続けてながら、佳音の脳裏に様々な記憶の情景のフィルムが上映される。
元の世界では今頃佳音が迎えるはずだった当たり前の明日は訪れているのか。星理奈や店長、後輩たちは心配しているのでは。佳音が取引をした“神”は何者だったのか。プリズム・ハーツの世界は本当に実在していたのか。救世主としての何をすればよかったのか。
そして最後のフィルムに鋭く睨んでいる咲霊と笑顔の優しいエイルが映っていた。
「・・・咲霊。一体、なにがあったの。どうか、エイルも無事で・・・ありますように。なんか、すごく疲れた・・・」
牢屋の隅で壁に寄りかかると少しでも身体を温めようと膝を折り曲げ三角座りになり身体のパーツ同士を密着させようとする。
首を縮こませて、佳音は再び目を閉じた。