第五話 「相棒は天界の(オネェな)プリンスと?」
道行く人を右へ左へと猛ダッシュで走り抜ける。
その途中、佳音の息切れが小刻みになりエイルを引っ張る腕の力が徐々に抜けていく。
エイルが佳音の腕を掴みながら追い越すと先頭を切り気が付くとリードしていたのがリードされている始末。
「はぁ・・・はぁっ。ちょい、たんま!」
「何よ、自分から走り出したクセに一体。アナタって意外と体力無いわねー。大丈夫?」
つっかえる呼吸を整え膝を両手で押さえ支えていた身体を起き上がらせる。
辿り着いた先、大通りの行き止まりであり街の最奥部だった。
咲霊らが入っていった鋭利のある槍のような黒い柵の門。柵の一本一本にできている錆びが何故か空虚な気持ちにさせる。
「咲霊を護衛にするって言ったわよね?ここの騎士団の隊長に?アナタ、相当自身があるようね」
「隊長・・・なんスか?」
――おかしいな。プリハーだと咲霊は繁華の焔菊騎士団の兵士の中で特に強いって設定で隊長ではなかったはずなのに・・・。
「ワタシは願い下げよ。あんな不愛想な男」
「そんなことないっスよー!咲霊はああ見えるけどちょっと不器用なところがあって本当は一途・・・じゃなくて優しいんス!」
「なぁにー?アナタ、異世界から来た割にやけに詳しいじゃない。あの男と知り合い?むしろ好きなの?」
「ちゃっ、ちゃう、違います!私がメ、救世主だからってことで!」
――言えない。二次元という一生手の届かない存在を攻略するゲームで本気になってしまった相手だなんて、言えない・・・。
「ふーん」と疑わし気にエイルは目を細めながら顔を赤くする佳音をじっと見ている。
佳音は首を横に振り回すような勢いで動かすと話題を逸らそうと柵を握りながら中の様子を伺った。
「ていうか、エイルさんも不愛想って言うけど、咲霊に会ったことあるんですか?」
「もちろん。ワタシも副隊長の身だもの。各国の騎士団や軍の上層部、国のお偉い様方の会合とかでねー。ワタシから咲霊隊長に声をかけたんだけど、まぁ無口でねー。話していて一番退屈な男だったわ。でも隊長になったのも最近らしいから、緊張してたのかもしれないけど」
「そうなんスか・・・」
柵の隙間を覗くと褐色の煉瓦造に白く塗装された木製の彫刻のある三階建ての建築物。建物同士を連絡する通路を挟んで五棟並びその前には色鮮やかな花々がシンメトリーに配置された庭園がある。
西洋建築のように見えるが日本史の近現代の授業で見た教科書の写真を思い出させる。といっても、高校までの授業は寝るばかりで真面目に受けていた時間の方が少なかった佳音からしたら記憶の片隅にも残っているかすら曖昧だ。
広範囲に隔離された集合された建物を見る限りこの街の規模の三分の一は占めているだろうか。
柵の中では甲冑のような鎧を装備した兵士が数十人、見回りや集団で何かの訓練をしているのが伺える。が、咲霊の姿は見当たらない。
「やっぱり建物の中にいるのかな。咲霊・・・」
「分からないけど、きっとあの男は力を貸してくれないくれないわよ。ここにいるのは時間の無駄じゃないかしら?」
「エイルさんの話を聞く限りだとそう、かもしんないっスね。・・・でも、それでも」
――『僕の世界で真実の愛を見てけてもらおっかな!』
リフェイブ・ブリリアンスに訪れるきっかけとなった“神”との会話を想起する。カウントをするなら今日起きたばかりの出来事であるはずなのに遠い記憶のように感じる。
この世界は紛れもない現実だと理解した。
真実の愛。最初は“神”に馬鹿にされたのかと思った。だが佳音はこんな勝ち組プリンセスの童話あるあるな言葉に、希望を抱いてしまったのだ。騎士団の帰還で咲霊と目が合ったあの瞬間に。
「やっぱり推しには会ーいーたーいー!拝みたいー!お願いしますよ、エイル様ーっ」
「ファンだから会いたいだけ?!これは遊びじゃないのよ!いつまでも愚図垂れないでさっさと宿を探すわよっ」
エイルにジャケットの襟を鷲掴みされ柵から引き離そうとされながらも柵を握る両手に力を集中させ離れまいと抵抗する佳音。往生際の悪さはライブハウスの最前列で一ミリもスペースを譲ろうとしない客並みで表情も本気の真顔を通り越して強張っている。
傍から見たら子供の喧嘩。それをアラサーのいい年をした大人である自分がそうしている。けん怠が身体に溜まりそれを吐き出すように佳音は深く深呼吸をした。
ひたむきな表情で熱心に職務や訓練を受けている兵士を眺めながら僅かに空けた間を埋める。
「私、咲霊に会いたいんです。分からないからこそ、『かも』しれないからこそ・・・会おうとしたいんス」
「・・・・・・」
ここまでに至るまでエスカレートし続けていた感情の高ぶりもようやく落ち着き始める。佳音はいつもの自分に戻ったような声で眉間を寄せながらも不器用に作り笑いをしながら話す。
不活発な面差しでありながらも曖昧模糊たる、分岐にすら到達していない希望という名の幻影を可能性として捉えたいという意思が静かな口調から現れている。
出会ったばかりではあるが佳音の本来の平静を目の当たりにしたエイルは思わず言葉を詰まらせる。
「・・・しょうがないわね。分かったわ」
「おっ?」
「救世主様であるアナタのお願いを聞くのもワタシの使命だから。その代わり、彼に断られたら潔く諦めるのよ?」
「ありがとうございます、エ・イ・ルさんっ」
「・・・エイルでいいわ。それにアナタの方が偉い立場なんだから。調子が狂っちゃうわ、もう」
「うん。じゃあ、逆に私のことはメサイアじゃなくてケイトで。分かんないことだらけで足引っ張っちゃうだろうけど、改めてー・・・よろしく」
ようやく互いが離れると佳音は柵の門の前に立つ二人の兵士の方へ顔を向けエイルに顔を近づけ耳打ちをする。
「それで・・・どうやって咲霊にアポイントを取ればいいんスかね?」
「アナタはここで待ってて。話をつけてくる」
エイルは小走りで二人の兵士へ駆け寄り何かを話始める。一方で最初はエイルのことを存じていたのか慌てて敬礼をしていたが、エイルの話を聞いているとに軽蔑するように薄笑いをし始めていた。
佳音が瞬きをした時には既にエイルの手には一枚の紙が握られていてそれ兵士に差し出している。兵士のふざけている様子とは真逆にエイルは睨みつけるほどの真剣な目つきになっている。
何かが書き記されていたのか兵士は視線を横へと流していく。兵士の表情は段々と表情に驚愕の色が見え始める。読み終えた兵士の一人がエイルに一礼すると取り乱した様子で中央の屋舎の中へ入って行った。
エイルの手招きに誘われ佳音も門まで駆け寄る。
「エイルはいったい何を見せたの?」
「ああ。これのこと?」
そう言いながらエイルは手のひらを掬うように隣り合わせにすると両手の上で白い小さな光の粒子が現れ一箇所に集合していく。そして光の集まりは兵士に見せていたあの紙に変化した。
佳音と魔術のご対面。視覚化された幻想。宝石のような煌めきが佳音の顔に映る。
「おおーっ。これが魔法?・・・すごく綺麗。初めて見た」
「この程度で感動されるとは思わなかったわ。アナタの世界には魔法は存在しないの?」
「ない。まぁ、その代わりに科学が進歩してるから」
「カ、ガク?」
「あーもう、説明すると長くなりそうなんでっそれはまた今度!それでこれには何が書かれてるんスか?」
「女神の預言でアナタが召喚されたことを証明するものよ。救世主様が召喚されたという事実はこの世界ではとても重要なことだから。これを読めば大抵の人間が信じるはずだから即、上の人間に報告するかなーって」
「勝手にハードル上げないでよ・・・。そんなに信用性あるものなの?これ」
「当然!だって天界の国王が直々に書く超貴重な書類なのよ!ていってもワタシの幼馴染なんだけどね。すごいでしょ」
「幼馴染?もしかしてその人って――」
「お待たせして申し訳ございません」
中央の屋舎から出てきた兵士が駆け足で柵のほうまで戻り謝罪をする。佳音の言葉に被さってしまっていることも気にせずに待機していた兵士に何かを小声で話していた。
その会話を完結させ二人を腕を門の中へ降り招き入れた兵士は鎧兜を深く被り直しエイルと会話をしていた時とは打って変わって規律正しい。
「咲霊隊長にご報告いたしましたところ、エイル副隊長殿と救世主様のご来訪を歓迎すると仰っていました。どうぞ中へ。ご案内いたします」
門を潜ると出迎えてくれているのか白や淡紅、青紫色といった庭園の蝦夷菊たちが音無しの風に揺れている。
騎士団の本拠地とは思えない程の華麗な庭園を歩いている感覚を忘れてしまうぐらいに見入ってしまう。入り口に近づくにつれ胸の奥でなっている鼓動の音量が増していく。
――本当に、咲霊に会える・・・!ちゃ、ちゃんと顔見て話せるかな・・・ああー落ち着けー私っ。
「ほら、もう着くわよ!いつまでもニヤついてないでさっさとあの男と話をつけてよね?」
「だーかーら、分かってますって!」
「隊長は既に中でお待ちです。エイル副隊長殿、救世主様、扉をお開けしますのでこちらへ」
菊の絵柄が彫られた木製彫刻の扉。兵士は取っ手をしっかりと握る。
佳音は想い描いていた。扉を開けた先には、あの切れ長で鋭い目つきやゲームでも常にへの字な口元を緩ませにこやかな表情で佳音を抱きしめようと両手を広げている咲霊が待っていると。
そう、思っていた。
突然、兵士は扉をその場の空気を切るように勢いよく開けた。ギイッと耳に引っかかる扉が開く音。
その音と同時に佳音は屋舎の中に向かって走る。室内なのになぜか冷たい空気。だが緊張で体温が上昇していた佳音にはそんなことに気が付くことも無い。
「咲霊!やっと、会えたっ・・・本物に!本当に生きている咲霊に!今、その胸に飛び込っ」
「――ッ?!ケイト!行っちゃだめ!!」
「えっ・・・?」
佳音も両手を広げ準備万端で大広間へ入っていった時、エイルの大声が背中を引っ張った。
「この女を捕らえろ」
場を凍えさせる氷のような冷たく低い声。
声の主の周りでは数十人の兵士が刀を佳音に向けて構えている。そしてその中の兵士が佳音の両手と背後から掴み顔を地面に押さえつけた。