第四話 「瞳に映る、夢見た世界」
佳音は咲霊の元へ向かうことを邪魔をしてきた人物への怒りも尻餅をついた時の痛みも、呼吸をすることすらも忘れてしまう。
リモコンで操作されたかのような一時停止。
見開く瞳に映る人物は腰を下ろし地面に尻をついたまま固まっている佳音へ顔を近づける。
「もしもーし。救世主様ー?・・・聞こえてるかしら?」
太陽の光を浴びると白色と錯覚してしまう程の銀色の長髪。ぱっと見、百八十五センチは超えていそうな身長の高さにモデル並みの細身の体型。
首元にフリルをあしらったブラウス。翼の刺繍が施された襟が特徴的な光沢の真っ白なジャケットとパンにロングのヒールがついたブーツというスタイル。
その姿はおとぎ話に登場する白馬に乗ってやってきた王子様。
透き通る優しい声で女性的な口調で話しながら前髪から覗く大きな蒼玉の瞳で佳音をいろんな角度から探るように見つめている。
佳音の記憶の引き出しから飛び出してきた人物の名がそのまま口から零れそうになった時。両頬にほんのり温もりを感じた。
再生。佳音の頬に両手を当てながら顔を目の前まで近づいている人物の視界とやっと交わる。
「ひっ・・・ひぃえええええぇぇぇーっ!??!?」
「なによ、いきなり変な声上げて。人を変質者みたいに――」
「だ、だって、あああ、あなた、あなたさまはっ・・・!」
両手の体温が佳音の顔の体温を更に上昇させる。距離感に驚き咄嗟に再び痛覚を感じる尻を引きずりながら建物の壁へ高速で這っていく。
そして佳音は指を指しながら、しどろもどろに人物の名を口にする。
「エイル・・・様、ですよねっ?」
「もう既にこの世界の人間についても把握済みなのかしら。そうよ、ワタシは安泰を護持し世界の監視の為に在る、天界の女神騎士団の副隊長――エイル・マルシェ。ワタシは救世主であるアナタのことをずっと待っていたの。やっと・・・会うことができた」
なぜエイルが名乗る前に佳音は彼の名を聞いたのか。エイルもまた佳音の元の世界での生き甲斐、プリズム・ハーツに登場する男子の内の一人であったからだ。
エイルは自己紹介の通りゲーム内でも空に浮かぶ島国、天界――アルヴァに属する登場人物。一見、透明感のある優しい顔立ちをした若い男性に見えるが女性のような話口調で他の登場人物とは違った親しみやすさがある。
だがそれとは逆に同じ女性として接していた主人公に、男として距離を縮めるエイルとのストーリーやスチルがユーザーの反応は毎回好評で、公式の人気キャラクターランキングでも常に上位を争っていた。
「それにしても・・・」
「な、なんスか?」
「事前に知っていても初対面の人は必ずワタシの性別を疑うの。それをしなかったのはアナタが初めて。さすが神に召喚されし救世主様・・・それすらもお見通しなのね!」
「いやいや。なんか自称“神”とか名乗っちゃってる人?の声にほぼ強制的に元の世界に帰りたいならこの世界を救えって落とされただけでそこまでの力はないんスよー・・・だがしかし!」
不思議そうに首を傾げ頬に手をついたまましゃがみ込んでいるエイルへ佳音はよちよち歩きで近づき真剣な表情でエイルの胸を両手でさする。膨らみや柔らかさは無い。
衣服の上からでも分かる筋肉の感触。騎士団の一員として鍛えてられているのが分かる。
エイルの上半身から顔へ視線を移す。性別を超えたとはこういうことなのかもしれない。佳音は唇を噛みしめながら首の骨が折れたかのように視線が地面へ落ちる。
「・・・やばい。まじで男だ。プリハーやってた時から美人すぎて、実は女なんじゃね?とか思ってたけど現実でもこんなに美人だとは。それに比べて私はっ・・・!あーあ、なんか虚しくなってきた」
「プリハー?り、リアル・・・?」
「あ、いや、なんでもないっス!」
佳音が住んでいた世界で当たり前に使っていた言葉もどうやら一部はこちらの世界では通用しないようだった。それがエイルの表情から読み取れる。
佳音は慌ててエイルの胸から手を離すとエイルが突然現れたというこの状況に対しての疑問がふと頭上に浮かぶ。
――プリハー・・・そういえば、この街に来てからあのゲームに出てくる人やら場所の名前を聞くんだけどこれは・・・。
「ところで、エイルさんはなんでここに・・・?」
「だからー、アナタには預言に書かれた災厄を止めてもらうの!ワタシはアナタを護衛するためにここに来たのよ。ずーっとひやひやと胃を痛めながらアナタのことをリ・フォーク中探し回ってたんだから。救世主であるアナタに何かあったらどうしようって」
――やっぱり。リ・フォークもゲームに出てきた、咲霊の出身地って設定だった国。ということは・・・。
「な、なんか神様もそんなこと言ってたなぁ。預言がどうとか、私を探している人と合流しろとか。あれってエイルさんのことだったんスか。(あー、だから神様も男かどうか曖昧な言い方してたのか。)・・・それは納得」
「間違いなくワタシのことでしょうね。だって預言の内容を知っている人はこの世界でも極僅かしかいないの。その中からワタシが選ばれた。いい?預言では・・・」
輝きがあったエイルの瞳は海の底のような深い色に変わる。
曇らせる眉にへの字に曲がる閉じた口元。エイルは陰気な路地裏の空気を飲み込み口を開けようとする。
だが佳音はエイルの思い迷った表情を悟ることなくお構いなしに勢いよく立つと建物の間から覗く空に向かって自問自答から生まれた答えを掲げた。
「ここは・・・プリズム・ハーツの世界に違いない!あとで夢でしたとかやめてよ?!」
エイルは口を開いたまま唖然としていたが、晴れ晴れとした表情で広げている佳音の両腕を下す。
「ねぇ、びっくりするじゃない!ていうかさっきから何を言っているの?アナタが今いる世界は『リフェイブ・ブリリアンス《世界の著しい輝き》』なのよ?・・・ワタシの話ちゃんと聞いてくれてる?!」
「あーはいはい!預言と、エイルさんが私のことを護衛してくれるってことっスよね?エイルさんがいてくれるのは大分心強いんスけど、何をすればいいのか・・・」
「やることはいっぱいあるわ。でもアナタにはまずこの世界について知ってもらう必要があるわね。・・・字も読めないみたいだし?」
広場で一人看板と睨み合っていたところを親子以外にも目撃されたのかと、ましては乙女ゲームに登場するイケメンくんに見られてしまったと羞恥心に襲われる。
佳音は誤解を解こうと説明するも早口で言葉もまとまらない。
会話が成り立たず呆れ果てていたがエイルは慌てる様子の佳音に吹き出し口角に笑みが浮かぶ。
そして顔を紅潮させている佳音の口元をエイルの人差し指がそっと塞ぐ。
「ごめん、ちょっと揶揄っちゃただけ。でもアナタならリフェイブ・ブリリアンスを明るい未来に導いてくれる気がするわ。アナタのことはワタシが命に代えても守るから・・・よろしくね?」
「は、はい・・・」
「うん!やっと落ち着いたわね。陽も傾いてるし今日はとりあえず宿を取りましょ。まだ話さなきゃいけないこともあるし。ワタシも疲れちゃった――」
救世主とやっと合流したことに安心しエイルは細い腕を高く上げ背伸びをする。
いつの間にか詰め寄る人々も解散し街の日常が戻っている大通りへ出て街中を見回し一歩踏み出そうとした時、佳音はエイルの手首を掴み歩みを止める。
「ちょっと聞きたいんスけど、護衛に人数制限ってあったりします?あっ、いやエイルさんがどうとかってわけではなくて」
「え?制限なんてないし、まぁ味方が多いほうが心強くはあるけど・・・それがどうかしたの?」
「なるほど。・・・・・・よーし。それならばっ」
エイルの言葉で至る決断。
狙い通りの言葉に佳音は満足気に首を縦に振るとエイルの手首を握ったまま駆け走る。
画面というシェルターによって近いようで遠い場所にいた世界に立ち、指で操作して走っていた世界に自らの足で地面を踏んでいる。
目の前に現れた幸福感。やはり夢ではないのか。畏れは佳音の身体を絡みつく。
それでも操作されず、定められずに自身の意思で行動をしていた佳音の心身の支えであった存在――咲霊が佳音の瞳に映った。
それぞれ肌の色や体温は違ってもプリズム・ハーツの登場人物が今、同じ人間として持つ肌に触れている。
夢のようで夢であってほしくない、強く願う真実が佳音の原動力になっていた。
救世主としての使命、エイルが告げようとしていた預言の内容がすれ違う風と共に思考の渦から抜け出していることに気付かずに。
「待って!急に走り出してどうしちゃったのよ!?どこに行くつもりっ?」
「私、良いことを思いついちゃったっス!」
「なによ良いことって?!ねぇ、止まってってばっ」
「咲霊に・・・私の護衛をお願いしてみるんです!」
「はぁっ?!」