プロローグ 「君だけが知るはじまり」
「嘘、だろ・・・?なんで俺、が・・・」
男の悲痛な声はこの場にいる誰の耳にも届いていない。
届いていないのではなく届かないのだ。
切り刻まれた衣服の隙間から深い切り傷から流れる血が衣服を燃やし尽くすように赤黒く滲ませ、それとは逆に腕や脚の一部では薄い皮膚の壁からは真っ青に染まる血の塊がこちらを覗き生命という名の焔が鎮火されていく。
全身を突き刺さす痛みに耐えながら男は手首を縛られた身体を上下に揺らす。
だが男を抱えている彼らには無益な抵抗は届くはずがなかった。男の痛覚が喉の奥から唸りを立てそれらをすべて掻き消していた。
彼らの意識は男ではなく、彼らの視界に映る遠景に囚われていた。まるで憑りつかれているかのように。
死人の眼のように濁らせた一面の灰色の空は時間の間隔を鈍らせ、雲と雲の隙間からは重たい雷の轟きが漏れている。
草木を切る風が渦巻く森の中を誰一人言葉を発することなくただ男を抱えながら歩き続ける彼らの足音が男にとっては死へのカウントダウンを思わせ、痛いぐらいに恐怖が纏わりついた心臓の連打が耳に響く。それと同時に森の中にいるはずなのになぜか潮騒の音が徐々に近づいてきている。
そして彼らは黙々と歩き続けていた足を突然止めた。
少々驚きつつも男は彼らが見ている方向に顔を向けるとそこは地面が途切れている。
水平線を境界に灰色の空を映した鏡のように薄暗く滲んだ色の海が広がり、断崖絶壁の頂上に立つ彼らに向かって牙を生やした波の手が這いつくばっている。
男は彼らが自分にこれからしようとしていることをはっきりと理解した。
更なる絶望が襲いかかり身体が凍りつくが、血で固まりかけている口を大きく開け彼らに辞めるよう再び説得を試みるが男の言葉を全身の痛みが支配する。
「や、やめろ・・・やめろっ!!」
男が必死に命乞いをしている表情に満足したのか口を釣り上げ歪んだ笑みを浮かべると狂気染みた笑い声を漏らしながら男を荒れる大海原へ放り投げた。
男は海面に叩きつけられる。その勢いで手首を縛っていたロープは解けたが瀕死している身体は重力に逆らえないままただ堕ちていく。底なしの海底へ。
「くそっ・・・これで、終わってたまるか・・・」
外の世界から放たれている青白い閃光に手を伸ばし、力を振り絞ろうと音なしの空間で希望を叫ぶ。
だがそれも虚しく男は永遠の闇の中からこちらに向かってくる黒煙の腕にぐるりと掴まれそのまま明けることのない夜の底へと沈んでいった。
・・・
・・・・・・
「誰も、こんなこと望んでいないのに・・・。本当に起こってしまったんだね」
コンパスで描いたような乱れが無い円型の部屋。
壁一面には西洋画に登場していそうなローブに包まれた美しい長髪の女性とそれぞれ黒い鎧と白い鎧を装備した二人の男性が登場しなにかの物語の場面を切り取った色鮮やかなステンドグラスが描かれている。
塗装が剥がれ始めている白い石畳の地に陽の光を吸収したステンドグラスが映し出す物語の世界が美しく神聖そのものだ。
その床に刻まれた魔法陣の中央でふわふわと浮遊する巨大な結晶体と白銀の長髪を束ねた青年が一人立っていた。
結晶体から放つ白い光からは、男が海中深く闇の彼方へ消えていくまでの映像が映し出されている。
この非科学的な現象も日常の一部なのだろう。浮遊する結晶体の存在は気にもしていない。
青年は結晶体に映る男を投げ棄てた彼らに対しての怒りを拳で握りつぶして見ていた。
やがて男が闇の中へ消え結晶体から光が失われると青年は寄せていた眉根を緩ませけ結晶体の輝きを反射する蒼い瞳をそっと閉じる。
そして自らの胸に手を当て瞳を開くと青年の表情は責任や正義を象徴させる真剣なものに変わっていた。
「止められるのは、僕だけなんだ・・・。もうすぐ訪れる暗黒の時代を」
青年はシルクのように滑らかな輝きを持つ髪をリボンで束ね直し結晶体から背を向け一歩一歩を力強く歩き、思春期らしい少年のあどけなさが少しだけ残る男らしい優しい声でそっと呟くと魔法陣の部屋から立ち去った。
「迎えに行くから、待っててね。救世主様--」
昨年公開していた「アワーズ ―愛は勿論必要ですが!‐」をいろいろと見直し再投稿した作品になります。一部変化した点、してない点あって読んでいただいてた方には混乱させてしまうかもしれません。ですが温かい目で見守ってくれると嬉しいです!よろしくお願いします!(:_;)