願いをかなえる巨神
ロットは貧乏な家に生まれ育った。
ある日、ロットの両親は借金苦を理由に蒸発し、ロットと、歳の離れた姉は、ロットの友人だった太郎の家に引き取られる事になった。
太郎は金持ちの家で、姉はメイドとして住み込みで働くようになり、ロットは小学校を通わせてもらっていた。
「おい、貧乏人の家なき子! 履かせろ!」
玄関にて、太郎がロットの前に足を突き出して喚く。ロットは哀しげな顔で、太郎の足に靴を履かせる。
「言われなくてもやれよっ! 指導!」
喚き散らし、ロットの頭を軽く蹴る太郎。
「じゃあ学校行くぞ」
太郎が横柄な口調で促し、自分の鞄をロットに投げつける。鞄はロットがいつも持つ。
「うん」
「うん、じゃない! 『はい、御主人様』だろうが! ケツの穴舐めさせるぞ!」
「それは流石にどっちも嫌だよ……」
「んんん……じゃあ勘弁してやるっ」
ロットが辛そうな顔で拒絶してきたので、太郎は後ろめたそうな顔になって言った。
ロットと太郎は、元々は友達だったが、いつしか太郎はロットに辛く当たるようになった。それというのも、太郎の母親が酷い教育ママで太郎に厳しく当たるため、その八つ当たりで、ロットを不満の捌け口にしだしたのである。
(何やっているんだ……俺。最低じゃねーかよ……。ふぁっく……)
かつての友達をいじめていることに、太郎は罪悪感を抱いていた。しかし日々のストレスから、いじめを止められなくなっていた。
***
セバスチャンはニートである。
要領が悪く、何をやっても失敗する彼は、次第に何をするのも億劫になり、何もしなくなった。
家族と親族からの軋轢で、セバスチャンは日々やり場の無い恨みを募らせながら生きている。
「何もかも社会が悪い。俺が適応できない社会が悪い……」
それがセバスチャンの口癖だ。一人でいる時も、家族や親族の前でも、いつも口にしている。
ある日のこと、セバスチャンは散歩をしていると、道路の脇にお札が貼られていた缶が落ちているのを見つけた。
お札に描かれていた不気味な紋様に引かれ、缶を手に取り、札をはがすと……
凄まじい轟音が響き、突風が吹き荒れ、セバスチャンの体が吹き飛ばされる。
セバスチャンのすぐ側に、先程まではなかった、巨大な何かが聳え立っていた。
見上げるとそれは、高さ30メートルはありそうな、戦国時代の武者のような甲冑を身にまとった、ツルツルの石で出来た人型の石像だった。
「私は願いをカナエル巨神、ダー! サア、願いを言え! どんな願いでもカナエル・ゾー!」
巨神の叫びが響き渡る。これがいかなる事態なのか、セバスチャンは瞬時に理解したが、信じられなくて頬をつねり、現実であることを確認する。
「サッサト願いを言うの・ダーっ! カナエル・ゾー!」
さらに巨神が大声をあげてせかす。通行人達が足を止めて、巨神と、巨神のすぐ足元でへたりこんでいるセバスチャンを遠巻きに見る。
野次馬が集まってきたのを見て、セバスチャンは普段から己が抱えている負の念に火がついた。
「こんな腐った社会……いらねえ。滅びればいいんだ! この世に生きる人間全て! 誰も彼も皆殺しにしてくれ!」
大人しく異世界転生チーレム無双でも望んでおけばよかったのに、セバスチャンは社会への恨みを晴らすことを選択した。
「ワカッ・ターッ! その望み、カナエル・ゾー!」
大声で叫ぶやいなや、巨神は早速セバスチャンを踏み潰した。誰も彼も皆殺しにしろという願いなのだから、当然セバスチャンも含まれる。
慄くギャラリーに向かって、巨神は大きくジャンプして、彼等の上に落下して何人か踏み潰す。
さらに逃げ出そうとした一人を片手でひょいと拾い上げ、手に握って、力をこめる。
「ウボァーッ!」
握られた者が悲鳴をあげた直後、中につまったあんこがどぴゅっと外に出る。
その後も巨神は手当たり次第に、視界に入った人間を殺し続けていく。
家もガンガン壊していき、中にいた老若男女を区別なく、踏み潰し、握り潰し、引きちぎり、蹴り殺していった。
***
「な、何あれ……」
「こっちに来るぞ……」
ロットと太郎は登校中に、町を破壊しまくり、人を殺しまくるその巨神と遭遇してしまった。
「早く逃げないとっ」
固まっている太郎を促し、ロットが逃げようとする。
逃げるロットと太郎の姿が、巨神の視界に入る。
「待・テー!」
ロットと太郎を追いかける巨神。
「あうっ!」
太郎が転倒する。
巨神がその太郎に手を伸ばして、その体を掴む。
(ああ……これはきっと天罰なんだ……。自分のウサ晴らしにロットをいじめてたから……)
体を巨神に握られた太郎は、死を覚悟しつつ、己の行いを悔いる。
「ロットっ、何してるんだっ! 早く逃げろっ!」
足を止めて、巨神に捕まった自分を見上げて震えているロットに向かって、太郎が叫ぶ。
「今までいろいろごめん……」
そして泣きながら謝罪する太郎。
「やめろーっ!」
今にも太郎を潰さんとする巨神に向かって、ロットが叫ぶ。
「ヤメ・ター! 願いをカナエタ・ゾー!」
そのロットの叫びに反応して、巨神は太郎を握る手に力を込めるのを中断して叫んだ。
「え?」
「はい?」
きょとんとして巨神を見る二人。
「サア、次の願いを言うがイイ! 私は願いをカナエル巨神ナノ・ダー!」
「何で人を殺していたの? そういう願いがあったの?」
巨神の言葉にもしやと思い、太郎が尋ねる。
「ソウ・ダー!」
「とりあえず太郎を降ろしてあげて」
「ワカッ・ターッ! その望み……カナエル・ゾー!」
ロットの願いを聞き入れ、巨神が太郎を降ろす。
「よかったー、太郎」
「ううう……ありがとう、ロット……」
「サア、次の願いを言うがイイ! どんな願いもカナエテヤルノ・ダーッ!」
安堵する二人の前で、巨神が腕組みして要求する。
「本当にどんな願いでもかなえられるの?」
ロットが巨神を見上げて再確認する。
「カナエラレル・ゾー!」
「じゃあ、太郎の母親を教育ママじゃあない、優しいママにして」
「ロット……」
ロットが口にした願いに、太郎が涙ぐむ。
「ワカッ・ター!」
巨神が了承する。
「ロット、俺、お前のことをずっといじめてたのに……」
本当に願いがかなったかは、家に帰るまでわからない。しかしロットの心遣いだけでも、太郎は嬉しかった。
「いいんだよ。太郎がおかしくなったのは、太郎の母さんのせいだ。俺はまた太郎と仲良くしたいってずっと思ってた」
「ううう……ロット、すまんこ……」
嗚咽を漏らしながら、太郎は最上級の謝罪の言葉を口にする。
そして太郎はふと思い立ち、巨神を見上げた。
「なあ、俺の願いもかなえてくれ。ロットの蒸発した親を、ロットとお姉ちゃんの元に戻してやってくれ。それと、ロットの両親が抱えている借金も返済してくれ」
「ワカッ・タゾーッ!」
「太郎……」
今度はロットが涙ぐみ、太郎を見た。
「へへへ、これでおあいこだ」
鼻の下をこすって笑ってみせる太郎。
「ありがとさままま……」
嗚咽を漏らしながら、ロットは最上級の感謝の言葉を口にする。
「さあ、次の願いを言え! 言うノ・ダーッ!」
「あ……」
さらに願いの要求を促す巨神に、ふとロットは思い至る。
「あの……ひょっとして、ここに来るまでの間に、人をいっぱい殺した?」
「殺しまくッタ・ゾー! 超・楽しカッ・ター!」
「じゃあ殺した人達を全部生き返して」
「お安い御用・ダー!」
ロットのお願いに、あっさりと了承する巨神。
「本当にかなったのかな?」
「まあ……学校から家に帰ってみればわかるよ」
まだ願いの全てがかなったかどうか確認していないので、半信半疑の二人。
「次の願いを言うノ・ダーッ!」
「限度無いの? いくらでも、誰の願いでもかなえるの?」
半ば呆れつつ尋ねる太郎。
「ソウ・ダー!」
「でも一番の願いはかなったし、もうそれでいいや」
「ああ、俺も……もし願いがかなってなくても、仲直りできたからそれでいい」
「ワカッ・ター! ならば、散歩でもスル・ゾー!」
ロットと太郎の言葉を聞き、巨神は踵を返し、のっしのっしと去っていった。
***
気がつくとセバスチャンは一人、道に寝転がっていた。
「やっぱりあれは夢だったのか……? しかしそれにしても生々しい夢だったが……」
願いをかなえる巨神のことを思い出す。願いを口にしようとしてから後の記憶が、セバスチャンには無い。
「あ……あれはっ!?」
巨神が道を歩いているのを見て、セバスチャンは大きく目を見開いた。
「おーい、こっちだーっ!」
巨神に向かって手を振り、声をかけるセバスチャン。
「来タ・ゾー!」
「願い、かなえてくれるんだよな?」
「もちのロン・ダー!」
「こんな腐った社会を滅ぼしたい! この世に生きる人間全て……どいつもこいつも皆殺しにしてくれ!」
「ワカッ・ターッ!」
巨神はセバスチャンの願いに応え、まずセバスチャンを踏み潰した。
劇・終