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作者: ハム




 私は最近毎日同じ夢を見る事を不思議に思っていた。


 長年真面目に働き家族を養い、もうすぐ定年間近という年になって、自分の見た夢の事柄についてなど話せるような性格でもなく、超常現象やUFOなんかの類はむしろ日ごろから否定的な発言をしていた為、その手の話が出来ない事を初めて不便に思う。

 何十年も生きていればちょっと不思議だったなと思うような事はいくつか経験した事があったと思うが、すぐに日常に埋もれ忘れてしまうような事で深く理由を考えたりする事は一切なかった。

 ただ今回は、毎日同じ夢を見ているせいか日常生活でふと思い出すということが頻繁にあり、そのことに対して考えないわけにはいかない状態だ。


 夢の内容は特段変わったことがあるというわけではないが、どうやら私は夢の中でも普通に生活をしているようで、夢を見るたびに夢の中の日々も過ぎているようだ。

 ただ、起きるとほぼ夢の内容を忘れてしまい、またあの夢を見たという感覚だけを覚えているような状態だった。

 どんなに覚えていようと思っていても、起床後すぐに大部分を忘れてしまうのだ。まあ、他の夢も似たようなものだが。


 ただし、夢を見ている時の私は詳細に現状を把握しているし、そこでは“昨日”何があったかもきちんと覚えている。むしろ、夢を見ている時は普段の日常生活を全く思い出した事がないように思う。


 とにかく、私が起きている時に思い出せることは朧気であまり多くはないが、現実と同じように笑ったり泣いたり怒ったりして変わりない普通の日々を送っているという感覚だけは覚えている。





 * * * * * * * * * * * *





 ーーーーワアァァーー!ーーーーーー


 乾いた砂の大地に歓声が響き渡る。

 晴天の下、大勢の人々が一点を注視し口々に叫び声を上げていた。


 その時もの凄いスピードで砂上を走る一台のサンドバイクが、地面の砂を巻き上げゴールラインを通過した。


 「ゴーーール!!優勝はアンヘル!石切区のアンヘルです!!」


 優勝者のアナウンスの後、更に歓声がワッ!と膨れ上がり辺り一帯に興奮が満ちた。


 「やった!アンヘルがやったぞ!」


 「あなたは石切区の誇りよ!」


 「凄いぞ!ストーンカップ3連勝だ!」


 人々が興奮冷めやらぬ声を上げる、その中に3人の少年少女の声が混じっていた。


 「優勝はアンヘルだって!凄かったねー!」


 「ぅおーマジか~、俺エミリオ応援してたのにー。」


 「やっぱりアンヘルが優勝したか!」


 「おいジャン、お前だって砂風区の一員だろ?エミリオを応援してなかったのかよ!」


 「エミリオの事はもちろん応援してたぜ!2位になれるようにってさ!」


 「全然応援してないじゃないか!」


 「しょうがないだろ?アンヘルがぶっちぎりで早いんだからさ!」


 サンドバイクとは、砂と岩のこの国において広く一般に普及する乗り物である。乗り物といっても他国でよくある車輪の付いたものではなく、この国特有の産物である浮遊岩石を使って宙に浮く乗り物である。


 「ねえホセ、そろそろお店に戻らなくていいの?レースの結果を見たらすぐに帰らないといけないんじゃなかった?」


 「あっそうだった!やべっじゃあ俺行くわ!」


 言うが早いか声を掛ける間もなくホセは前後左右に行きかう大勢の人波を押しのけ、慌ただしく実家兼料理屋に走って行った。


 残された少年、ジャンはその場に留まり、全身を駆け巡る興奮で頬を赤くしながら今は誰もいないゴールラインをじっと見つめていた。

 少女は、そんなジャンに向かって話かけた。


 「ねえジャン、レース凄かったね。」


 「ああ、マリア。…俺も、いつかあそこに立つんだ。」


 ジャンは決意を込めて呟いた。


 「え~?ジャンには無理じゃない?しかもストーンカップなんて絶対無理だよ!」


 「やってみなきゃ分かんないじゃないか。」


 「だってジャンは体内の……、えーっと、それにお父さんに反対されてるじゃない!」


 図星を点かれたジャンはムッとしてマリアに言い返した。


 「そうだけど、そう言うマリアはどうなんだよ!…ってマリアの方は大丈夫か。」


 「ええ、私は大丈夫よ!計画通りだから。」


 陽光に輝きながら笑顔で言い放ったマリアを見て、ジャンは眩しそうに目を細めた後もう一度、サンドバイクレースの最高峰に位置するコースのゴールラインをじっと見つめた。


 ーーいつか絶対に…!ーーー





 * * * * * *





 「おぅお前ら三人ともちゃんと固まってるんだぞ。」


 「分かってるよ親父。ちゃんとやるさ!」


 「任せてよおっちゃん!」



 「マリアいつも悪いな。じゃあコイツら頼むな。」


 「ええ、任せてアロッズさん。」


 赤味を帯びた茶色い大地の辺り一帯に、大小様々な大きさの石が地面に転がり、あるいは浮いている。

 そこは浮遊岩石地帯と呼ばれていた。


 早朝、一帯の入り口に貨物運搬用のサンドカーを止め、ホセの父アロッズは子供たち3人をその場に残し、慣れた様子で奥に進んで行った。


 入り口に残された3人はサンドカーのそばを離れすぎないよう注意しながら辺りの探索を開始した。


 「マリア!これどうだ?」


 「ちょっと見せて。」


 ホセはマリアにいくつかの石ころを見せた。


 「う~ん、こっちはダメだけどこっちのは大丈夫。お店に出せるよ!」


 「へ~、そうか。あんがとな!マリア。」


 マリアは近くの探索を再開しながらも、ホセの態度に判断基準をちゃんと自分でも理解したのだろうか、いや絶対に理解していないだろう、と不安に思った。


 「マリアー!こっちも見てくれよ!」


 今度はジャンがマリアを呼んだ。

 マリアはまた同じようにジャンから渡された石ころをじっくり観察し、選り分けた。

 

 「この1つだけ大丈夫だけど・・・ジャン?こっちは自分用に集めたでしょ。」


 「へへっ。いや先に食用の浮遊岩石を探さないとって思ってるんだけどさ、探してるうちにエンジン用にいいヤツ見つけちゃってさ。」


 「もう、エンジン用の浮遊岩石を探すのは食用のものが必要個数集まってからって約束でしょ?…それと、それ全部質が悪いよ…。」


 ジャンはサンドバイクのエンジンになる浮遊岩石を集めてしまっていた。

 マリアはジャンとの何度目になるか分からないやり取りをして、呆れたようにため息を吐いた。

 これぐらいの見極めが出来ないとそれぞれの資格試験に落ちてしまうんじゃないか、とマリアが真剣に心配していると、


 「おーいマリア、ジャン!ちょっとこっち来てみろよー!」


 マリアは奥の方から聞こえてきたホセの声に驚いた。


 「ちょっとホセ!奥に入ったらダメじゃない!」


 「いいからちょっと来てみろよ!凄いの見つけたぞ!」


 「何見つけたんだぁ?」


 ジャンはその声につられて既にホセのいる方に向かっていた。


 「もぉ~、二人共・・・。」


 マリアは仕方なくホセの声のする方に向かった。




 「うわっデケェ!ホセ、お前いつも懲りないな。」


 「へへっ、こいつスゲーだろ?ぜってー食用のやつだ!」


 「あんまデッカいのは食用にならないっていつもマリアが言ってるじゃん。つーかそもそもこれ浮遊岩石なのか?全然浮いてねーじゃん、ただの石なんじゃねぇの??」


 ホセが見つけた大きな石は一見地面に転がる普通の石のように見えた。


 そも浮遊岩石とは、言葉の通り浮遊している岩石を意味し、ただの石ころとは異なる性質を持つ石とされている。

 その性質はサンドバイクのエンジンであったり、食べられるものであったり、光を放つものであったりと様々で、いろんな用途に使用されている。

 特に食用の浮遊岩石は、作物が育つのに厳しいこの砂と岩の大地で貴重な食料源となり重要とされていた。


 ただし浮遊岩石の種類の違いは、宙に浮いている以外特に見た目に大きな特徴はなく、見極めは非常に困難であり、専門の知識を持った者でないと判断が不可能なものであった。


 そしてマリアはその浮遊岩石に類する複数の分野の知識を持っていた。

 ジャンもホセもそれぞれの分野で勉強をしてはいるが、1分野のみでもマリアほどの知識と観察眼を身に着けるには現状至っていない状態だった。


 「いや、ここ見てみろよ。ほら!」


 「うわっホントだ、隙間がある!浮遊岩石だ!」


 ホセは自分の上着を脱ぎ、裾の部分を大きな石の下に入れて動かして見せた。


 「なぁマリア!これどうだ?」


 ホセはジャンの後ろからやって来たマリアを仰ぎ見て尋ねた。


 「普通のよりデッカイけどさ、これ食用になるよな??」


 「マリア、そのでっかいの食用には向いてないかもだけどエンジンにはイケるんじゃないか??」

 「いや、これは食用だって!」


 「食用にはデカ過ぎんだろ!」


 「…すごい…。」


 「「え?」」


 ジャンとホセが言い合っていると、マリアがポツリと呟いた。その言葉に言い合っていた二人が止まった。


 「凄い!これ、変質浮遊岩石だよ!」


 「…へんしん?なんだソレ?スゲエの?」


 「んで、それは食えんのか?それともエンジン用なのか?」


 「へ・ん・し・つ!とぉっても凄いの!食べられないしエンジンにもならない!それよりもっと凄いんだから!」


 「食えないんじゃ意味ないな…。」


 「なんだ、エンジンにならないのかぁ~。」


 凄い凄いと興奮するマリアに対し、食用にもエンジン用にもならないと聞いて二人はがっかりしたように肩を落とした。





 宙に浮く石たちをまとめてネットに入れ、サンドカーに端を括り付けた。もちろん全て食用の浮遊岩石である。


 太陽の位置を確認し、昼になる前に一行は浮遊岩石地帯を出発した。


 帰り道、ホセの父アロッズはおもむろに口を開いた。


 「んでよぉ、マリア。そのデケェのは何だ?」


 マリアは大人がしゃがんだ程の大きさがある石を大事に抱えて座っていた。その石はよく見るとほんのわずか浮いており、少女に負担をかけていない事がわかる。


 「アロッズさん!これは凄いんですよ!変質浮遊岩石なんです!」


 「ほぉ、そりゃ凄いじゃねぇか。その大きさでってなぁ見た事ねぇな。」


 「そうなんです!それにまだ詳しく調べてみないとわからないんですが、たぶん変成作用も受けているようなんです。」


 「何だと?二重作用か!そりゃスゲェな!それが本当なら大発見じゃねぇかマリア!」


 「はい!大発見なんです!凄いですよね!」



 「いや全然わかんねー。」


 「えっ?!父ちゃんマリアの言ってる事分かんのか!?」


 「当ったり前ぇだろ!まぁお前らでも5年後ぐらいには分るようになんだろ。」


 「え~5年もかかんのかよ…。いや、むしろ5年経てばこの会話が分かるようになるぐらい頭良くなんのか?やったな!」


 ホセは二ッとジャンに笑い掛けた。


 「…お前ポジティブだな。」





 * * * * * *





 「…二重作用の変質浮遊岩石か。」


 「そうそうそれ!なんかマリアとおっちゃんがずっと話してたんだけどさ、何言ってるか全然分かんなかった。父ちゃんも分かるんだな。」


 ジャンは午後、父の仕事の手伝いをしながら朝の出来事を話していた。


 「まぁ、普通の奴じゃ分かんねぇだろうな。専門的な事だから俺やアロッズみたいに浮遊岩石に関する資格を持ってる奴じゃないと分からねえだろう。お前達ぐらいの年代じゃそうそういないだろうよ。」


 ジャンの父はサンドバイクの店を営んでいた。

 父は工具を操る手を止めずにジャンに答えていた。


 「へ~。…やっぱマリアはスゲェな。」


 ジャンはそんな父の返答にボンヤリと手元を見ながらつぶやいた。


 「そうだな。マリアは中央を目指してるからな。今度の事でもっと中央行きが早まるだろうなぁ。」


 「えっ!?」


 「今日発見したモノについて研究して論文で発表すれば、今までの功績とあわせてそうなる可能性があるだろう。」


 「……。」


 「今日見つけたもんはそれほどのモノだって事だ。」



 「………父ちゃん、俺さ、サンドバイクの「ダメだ。」…っ何でだよ!」



 父は背中を向けて作業したまま、ジャンが最後まで言い切る前に重く、強く告げた。



 「お前には無理だ。どんだけの奴がその道に憧れて、全く目も出ずに泥水すすって死んでったと思う!」


 「やってみないと分かんねぇじゃねぇか!俺なら「お前には無理だ!」」


 ジャンは頭ごなしに一喝され、悔しさと怒りで全身を熱くしブルブルと拳を握って歯を食いしばっていた。


 「おい手が止まってるぞ!コイツの持ち主が来ちまうだろうが!」





 * * * * * * * * * * * *





 いつものように満員電車に揺られ、人で溢れる駅を後にし通いなれた夜道を歩く。


 このまま行けばあと数分で自宅に帰り着くというところで、娘の後ろ姿が目に入った。

 どうやら娘との間にいた人が道を曲がったため、姿が見えるようになったようだ。

娘に声を掛けようとしたが電話中のようだったので、私は少し離れて話が終わるのを待った。



 「ーーそうその話。お母さん、お父さんには絶対に言わないでね。」



 いきなり冷水を浴びせられたかのように感じた。娘は私には話したくない事知られたくない事があるという事実に。

 それは誰しもがある事であろうが、母親には信頼し話す事が出来るようだ…。親としての役割の違いもあるだろうが、分かっていても目の当たりにするとこんなにも悲痛な気持ちになるものなのか…。

 沈んだ気持ちで歩いているといつの間にか娘との間には距離が出来ていた。見える位置にいるのに、娘が後ろを振り向かない限り私の存在に気付く事はないだろう。


 娘の背中を見つめる私と、それに気づかず歩く娘、開いていくお互いの距離。


 今のこの状況が娘との心理的な距離を示唆しているように思い、私はますます踏み出す足を重くした。 





 * * * * * * * * * * * *





 「えーっとここにまたがって、次はここを押してっと…。」


 「ねぇジャン、本当に大丈夫?」


 一台のサンドバイクに跨るジャンにマリアは眉根を寄せて心配そうに尋ねた。


 「大丈夫だって、いつも店の仕事手伝ってる時見てるんだからさ!」


 「でも実際に乗った事ないんでしょ??まだ資格もないんだし危ないんじゃないの?」


 ジャンは先ほど小さい頃からの知り合いでもあり馴染み客でもある人から整備のためサンドバイクを預かっていた。


 「レーサーの資格はないけどさ、この前”サンドボード及びサンドバイクの取扱いに関する資格”が取れたんだよ!ウチには置いてない見た事ない型だけど、移動ぐらいなら俺でも出来るからさ!ーーえーとここがメーターで…。」


 心配するマリアをよそに、ジャンは興奮しつつも真剣な様子でサンドバイクに跨っていた。


 「…よし、ここにエネルギーを込めれば…!」


 ジャンはサンドバイクのグリップを握り、体内のエネルギーを手に集めるように集中し、そして放出した。

 グリップの上に嵌っているエネルギー量をはかる装置が白く輝きだした、その途端、


 ―フォーン!


 「ジャン!」


 開けた空き地にサンドバイクの独特なエンジン音とマリアの叫び声が木霊した。


 飛び出すように勢いよく発車したジャンを乗せたサンドバイクは、凄い速度で空き地を進み前方に転がる大岩に突っ込んでいった。


 「ジャン!!止まってぇ!!」 


 マリアの悲鳴のような叫びが辺りに響いた。

 ジャンの目の前には大岩がもの凄いスピードで迫っていた。


 ーーマズい!このままだとぶつかる!!


 ジャンは無我夢中でグリップにエネルギーを込めた。装置がまばゆく光を放つ。大岩と衝突寸前、ジャンの乗るサンドバイクが車体を90度上に向け急上昇し、何とかスレスレで衝突を回避する事が出来た。


 間一髪で無事だったジャンは上空で方向転換し、マリアのいる方に安定した走りで向かって行った。



 「ジャン!もぉ~ぶつかっちゃうかと思ったじゃない!」


 「いやー最初ちょっと力み過ぎちゃってさぁ、危なかったぜ。この預かったヤツも無傷でよかったぁ~。…はぁー。」


 ジャンはどちらかというと自分の身よりも預かったサンドバイクの方が心配であり、無傷で済んだ事に心底ほっとしていた。


 「ちょっと~移動ぐらいなら大丈夫なんじゃなかったの?」


 「う~ん、いつもはサンドバイクの横に立って片手だけ持ってグリップにエネルギー籠めてたんだよ、歩いてさ。それが両手になるだけだから大丈夫だろって思ったんだけどな~。やっぱ跨ると、こうさ!もうレーサーになった気分になっちゃってさ!」


 ジャンは興奮冷めやらぬ様子でマリアに語った。


 「もうジャンはそれ乗っちゃダメよ。そのいつもやってるっていう方法で移動させてね!」





 * * * * * *





 ジャンはロペの店と掲げられた看板の前に立って、担いでいた物を店の壁に立て掛けた。

 重い扉を両手で開き、中に声を掛けながらジャンは立て掛けた物を中に持ち込んだ。


 「おおジャン、今日はどうした?」


 「ちわっすロペさん。こいつの調子がわるくなっちゃってさ~、ちょっと見てもらおうと思って。」


 そう言ってジャンは先ほどから担いでいた物を店主ロペに見せた。


 「おぉどうした。ん?コイツぁ大分痛んでるなぁ。」


 「カーブを曲がる時にさ、浮きが大きくて振り落とされそうになるんだよ。買った時はもっと吸いつくような感じだったのにさ。」


 ロペはジャンから預かった物を作業台の上に置いて詳しく調べ始めた。


 ジャンが持ってきたのは石を板状に加工し浮遊岩石が組み込まれた乗り物、サンドボードと呼ばれる物であった。


 サンドバイクの開発はこのサンドボードが元になっているとされている。サンドバイクよりも手軽な移動手段として広く知られており、庶民の足として利用されていた。


 ロペの店はそんなサンドボードを扱う店だった。


 「お前どんな乗り方してんだ?これ普通の消耗の仕方じゃないなぁ、雑に扱ってるわけでもないし。」


 「訓練用に使ってるんだよ。」


 「訓練?何のだ?」


 「サンドバイクのさ。」


 「ああ、そういう事か。でもこのボードでそんな事してたら修理してもすぐにまたダメになっちまうぞ?」


 ジャンはサンドバイクを乗りこなす為にサンドボードを使ってバランス感覚や体感を鍛えるなどの特訓をしていた。親の許可が出ず、まだサンドバイクに自由に乗る事が出来ないジャンは、どんな事でもサンドバイクの訓練に結び付けていた。


 「でもプロのレーサーが使ってる訓練用のヤツってスゲー高いじゃん!俺買う金ないよ。」


 「そりゃ普通のより頑丈に精密に作ってるからなぁ~、高いのはしょうがねぇよ。」


 「じゃあさ、今のよりちょっとだけ強度があるヤツってどんくらいする?俺でも買える?」


 「ワンランク上だとあっちに置いてあるのがそうだなぁ。でも普通に乗るんじゃないなら強度はあんま変わんないぞ。」


 「…そうか~。」


 ジャンは気落ちしたようにつぶやいた。


 「つーかお前どんな乗り方してんの?訓練で乗るにしても乗り方によっては損耗を抑えられるだろうしさ、俺が見てやるよ。」


 気のいい兄のようなロペは、そんなジャンを見かねて乗り方の指導をする事にした。



 二人は店の裏側に出た。ここはサンドボードの試し乗りが出来るようなちょっとした敷地があった。


 「じゃあちょっとこれ乗ってみろよ。」


 ジャンが持ってきたサンドボードは損耗が激しく危険なため、ロペは店の試し乗り用のものをジャンに渡した。


 「よし、じゃあ普段どんな風にしてんだ?」


 ジャンは慣れたようにサンドボードの上に立ち、エネルギーの注入を始めた。そして地面を滑るように走り出したジャンを見て、ロペは小さく口笛を吹いた。


 ジャンは一通りの動きを披露したあと、ロペの下に戻ってきた。


 「ロペさんどうだった?」


 「どうもこうもねぇよ。そりゃ普通のボードであれだけの動きをしてりゃすぐダメんなっちまうなぁ。むしろよくあれだけの損耗で済んでるなって俺ぁ驚いてるんだが。」


 サンドバイクレースはゴール前以外はほとんど直線がなく、上下左右に入り組んだ作りとなっている。そのため、いかにスピードを落とさず最小の動きで転換するかで勝敗が決する事となる。

 勿論それを知るジャンは、トップスピードからのあらゆる角度への急な転換を主に重点的に練習していた。


 「一つ分かった事は、お前はとんでもねぇバランス感覚を持ってるって事だな。」


 「うん、それでどうすればいい?」


 褒められたのは当然ジャンにとっては喜ばしい事ではあったが、サンドバイクレースはバランス感覚だけで乗り切れるものではない。持ちうるべき複数の要因の一つであるというだけだ。

 それを冷静に分析するジャンは現状の危機を打開すべくロペに尋ねた。


 「それでも何もこれ以上どうしようもねぇよ。あんな動きしてあれだけに損耗を抑えてるのはお前のバランスのおかげだ。普通だったらとっくにぶっ壊れてるよ。」


 「結局ダメなのか…。」


 ジャンはロペの言葉を聞き、ボードを地面に立て寄りかかって項垂れた。



 「まぁ落ち込むのはちっと待てよ。」


 そう言いながら、ロペは店から一台のサンドボードを出してきた。


 「ちょっとこれ乗ってみろよ。」


 「え、これ?でもこれじゃ余計に…。」


 ロペが持ってきたサンドボードは通常より大分薄いものだった。スピードを出すには空気抵抗を抑える為により薄くする必要があるが、競技用ではなく頑丈なものを求めている今、なぜこんなものをとジャンは戸惑った。


 「それ俺が開発した自信作なんだけどあんま売れてねぇんだよ。あんまっつーか1っつもな。」


 「なんで?競技用だから?ってか俺には、」


 「まぁ待て待て。とりあえずこいつは競技用じゃなくトレーニング用に開発したもんだ。従来の物より、より微細な操作が出来るようになってる。」


 「こんな薄いのがトレーニング用…?。」


 「薄いってだけじゃなくて制御装置も普通とは全然違う作りになっててな、乗りこなすのがとても難しいんだ。一度乗ればわかるが、全神経を集中させるから指一本動かすのも難しいし、呼吸すらバランスを崩す要因になる。」


 「…なんでそんなもん作ったんだよ。」


 「分かんないか?これを乗りこなせるようになれば、あー、そうだなお前で言ったら、この前のストーンカップで優勝した石切区のアンヘルより上手くなれる可能性がある。ってこった。」


 ジャンはその言葉に衝撃を受けたように目を見開いた。


 「まあ可能性があるってだけだが…。でもこいつなら、まず普通に乗るだけでも十分なトレーニングになるからな、大分ボードの消耗を抑えられるぜ。乗ってみるか?」


 「おう!」


 先ほどの落ち込みから一転、ジャンは興奮した面持ちでサンドボードを地面に横たえた。

 エネルギーを込めて砂地から浮き上がった瞬間、


 ドサッ!


 「痛て!」


 ジャンは態勢を崩して落ちてしまった。


 「難しいだろ?もしソレに乗れるようになったらお前に半額で売ってやるよ。」


 ロペの言葉にジャンは更にやる気を出して、もう一度ボードの上に立った。

 再度、エネルギーを込めて、ボードが浮き上がったか否かでまたー


 ドサッ!


 「ウッ!」


 先ほどと同じようにボードから落下してしまった。


 「大丈夫か?まぁ一日で出来るとは思ってねぇからよ、また」


 ドサッ!


 「グゥッ」


 「…おいせめてプロテクトをつけて、」


 ドサッ!


 「ウッ!」


 「………。」


 ジャンはロペの言葉を無視して、いや、もはや目の前のサンドボードの事しか頭になく、何度地面に叩きつけられても繰り返しボードの上に立ち続けた。

 ロペはそんなジャンの集中力に何も言えず見守るしか出来なかった。


 だが何度目かの挑戦で、サンドボードがフワッと宙に浮きあがって停止した。


 「やった!乗れた!」


 「おお!スゲェ!」


 喜びの声を発した途端、ドサッ!と音がしてジャンが落下した。


 「痛てて。本当にちょっとの事でバランス崩れるなぁ。」


 「ジャン!やったな!まさか一日で乗れるようになるとは思わなかったぜ。お前サンドボードの才能があるぞ!」


 「ロペさん、これ乗れたって事になんの??」


 「普通のボードだとダメだが、コイツに関しては違う。約束通り半額で売ってやるぞ!」


 「よっしゃ!ロペさんありがとう!」


 ジャンはこのトレーニング用のサンドボードを使う事で、サンドバイクの特訓が今までより一段と本格的なものになるぞ、と座りながらわくわくと考えていた。


 「ん?なんだお前へばってんのか?」


 「…エネルギー切れ。」


 「情けねぇなぁ!」





 * * * * * * * * * * * *





 仕事から帰って夕飯が出来るまでいつものように新聞を読みながらビールを飲んでいると、

ガチャっと玄関のドアが開く音がした。


 「母さん、頼子が帰ってきたみたいだぞ。」


 キッチンで料理をする妻に向かい声を掛けていると、リビングのドアが開き娘が入ってきた。


 「ただいま。」


 うつむきながら疲れ切った声で娘が言った。


 「…ぉお、お帰り。」


 なぜか少し緊張しながら私は言葉を発した。


 「…なんだ、その、随分と疲れてるじゃないか。」


 「…うん。」



 緊張しながらした会話は一瞬で終わってしまった。


 「…あー、最近残業が多いのか?」


 「うん。」


 「…そうか、忙しいんだな。」


 「…。ハァーー。」


 娘はダイニングテーブルに肘をつき、目を閉じ両手で自分の頭を支えて深々とため息を吐いた。

 大分疲れた様子である。それは仕事なのか、もしくは私との会話なのか…。


 私はこのままでは不味いと何故か無性に焦ってしまい、娘の気を引こうと突拍子もない事を言ってしまった。


 「…お父さん昔にな、前世が石ころだって言われた事があるぞ。」


 「え…?」


 娘は流石に顔を上げ、ポカンとした顔でこちらを見た。私はなぜこんな時にそんな事を言ってしまったのか自分でも理解できなかったが、娘が興味を持ってくれたこのチャンスを生かそうと若干焦りながらも続きを話した。


 「お父さんも驚いたんだ。」


 「えっと、本当なの?お父さんってそういうの全然興味ないと思ってた…。お父さんが占いに行った事あるなんて…。」


 娘は唖然としつつも言葉を返してくれた。


 「いや、たまたまそういう店の前に通りかかった時に、中から出てきた占い師にいきなり言われたんだ。」


 突拍子もない事ではあったが、話の内容は事実だった。


 「ええ?通りすがりにいきなり?あなたの前世石ころですって?…っふふ!何それすっごい面白いっ。自分が言われたら嫌だけどね。」


 娘は私に笑顔を向けてそう言った。私は久しぶりに、娘が笑った顔を見た。

 ほっとした私は、ようやく体が酒の存在を思い出したかのように気も大きくなり調子よく悪態をつき始めた。


 「全く、前世だなんだ何てデタラメなんだからさ、どうせなら歴史上の偉人とかにしといたら良いのにな。客商売としてどうなんだ?」


 「逆に媚びないところがリアリティあるんじゃない?ねぇそれどこの話?」


 悪態をついた事で緩んだ雰囲気を壊してしまったかと一瞬ヒヤッとしたが、娘は気にした風もなく楽し気に私に返した。


 「駅前の居酒屋の通りの方だったな。…なんだ行く気なのか?」


 「どうしよっかな、仕事が落ち着いたら行ってみようかな~。」


 「金の無駄だぞ。」


 娘が汗水垂らして稼いだ金をドブに捨てる行為を何とか止めようと口を開きかけた時、キッチンにいる妻から声が掛かった。


 「二人共~ご飯出来たわよー!」


 「は~い。」


 娘は立ち上がり、箸を並べたりおかずを運んだり夕飯の準備の手伝いを始めた。

 その様子に最初部屋に入ってきた時の疲れた様子は見えない。


 私はその姿を見ながら、明日会社へ行ったら同じく娘を持ち最近どう会話していいか分からないと嘆いていた同僚に、突拍子もない事を言って場を和ませるのも一つの手だぞ、とアドバイスでもしてやろうと朗らかな気分で考えていた。

 …オヤジギャグはかり言うきらいがある同僚に、もちろん嘘や冗談は悪手だぞと言うのも忘れずに。





 * * * * * * * * * * * *





 ある時ジャンが通りを歩いていると、前方から見知った顔が歩いて来るのが見えた。


 「よぉドナト!」


 「おお!ジャンか久しぶりだな!」


 ドナトはジャン達と同じ砂風区の少年で、一緒に教育を受けていた事があった。


 久しぶりに会った二人だったが、ジャンもドナトもこの後予定があり移動しているところだったので二人は簡単に近況を報告しあった後別れた。


 歩みを再開したジャンはしかし2・3歩あるいたところで、


 「ああそういえばジャン!お前サンドバイクのレーサーになりたいんだったよな!」


 と、同じように歩き始めていたドナトが振り返り、少し離れた距離の分大きな声でジャンに聞いてきた。


 「?ああ、そうだけど。」


 ジャンは開いた分の距離を縮めるためドナトに歩み寄りながら答えた。


 「今度の祭りでアマチュアのサンドバイクレースのイベントをする事になったから、お前も出てみないか?」


 「え…サンドバイクの、レース…。」


 思ってもみない事を言われ、ジャンは一瞬頭が真っ白になった。


 「俺の父ちゃんが役員でさ、俺もちょっと手伝ってるんだけど今年はサンドバイクのレースに決まったんだ。ジャン、どうだ?」


 しばらく停止していたジャンだったが、じわじわとドナトの言葉の意味を理解してくると共に興奮が沸き上がってきた。


 「…出たい!俺も出ていいのか?!」


 「おう!まぁ区画祭りの企画の一つだから規模は小さいけどよ、レーサーの資格がなくても出られるからさ!」


 「マジか!よっしゃあ!!」


 「後で手続きしに来いよな。」


 「おう!ありがとなドナト!今日お前に出会えて良かったぜ!お前は俺の神だ!」


 「いや、そんなに喜ばれると背中がかいーぜ。」


 ドナトは顔を赤くし背中が痒いと言いながら頭をかいて照れていた。



 「じゃあ手続き忘れんなよ!」


 「おう!」


 今度こそ二人は別れ、その場を後にした。



 ドナトと別れたジャンはホセの下へと向かっていた。ジャンのこの後の予定とはホセと勉強会をする事だった。


 ホセの家へと向かう途中、ジャンは内心先ほどのドナトとの会話の事で色々と考えていた。

 勿論小さいものだがレースに出られるという興奮もあったが冷静になってくると、


 ここでいい結果を残せれば絶対父ちゃんも認めてくれる。とにかく俺の走りを見てほしい!

という気持ちが沸き上がってきた。

 ジャンにとってはレースで1位になる事と同じくらい、父に認めてもらいたいという思いが強かった。





 「ちわーっす。」


 「おおジャン!ちょっと遅かったな。」


 ジャンはホセの家に到着した。二人はさっそく勉強のためホセの部屋に向かった。



 「へ~!やったじゃないか!」


 「ああ、あそこでドナトに気づいて声かけて本当に良かったぜ。」


 「区画祭りで規模が小さいっつってもプロを目指してた奴とか結構上手い奴がいるだろうからな、頑張れよ、ジャン!」


 「おう!ありがとな。」


 ジャンはまずホセにサンドバイクのレースに出場できるようになった事を報告していた。




 「じゃあ勉強すっか!」


 「そうだな、成人前には資格を取っておかないといけないからな。」


 「ああ、まだ時間はあるけど早いに越したことはないからな!」


ホセは浮遊岩石料理人の資格の勉強を、ジャンはサンドバイク技師としての資格と親に内緒でレーサーのライセンスの勉強をしていた。

 二人共成人したら正式に職に就くために必要な資格を取る必要があった。



 「なぁジャン、ここ分かるか?」


 「え、俺食用のなんて分かんねぇよ。」


 「前はよく食用の浮遊岩石探しにくっついて来てたじゃないか。マリアと一緒に。」


 「ああ小遣い稼ぎにな。あれは見分けがなんとなくつくってぐらいで、種類別の熱水による状態変化ってこれ料理方法じゃん!しかもこの問題って料理人にとったら基礎じゃね?」


 「いや、俺体で覚えてるだけだから改めて言葉にすると難しくてな~、良いタイミングとかは何も考えずに体が勝手に動いてるんだよなぁ。」


 「…それもある意味スゲーな。」


 ジャンはホセの作る料理に若干の不安を感じた。



 「まぁ今日はマリアがいないから自分達だけで頑張らないとな!あいつも頑張ってるし。」


 「そうだな。最近はずーっとさ、前見つけたデッカイなんとかって浮遊岩石の研究をしてるんだよな。」


 「ああ、あれな前に父ちゃんが言ってたんだけどさ、あのデッカイのの研究でマリアの中央行きが早まるんじゃないかってさ。」


 「え!?…そうか、まぁ元々マリアは中央目指してたから分かってはいたけど、寂しくなるな。」


 ジャンとホセの言う中央とは、様々な国の研究者達が集まり最先端の研究・開発が行われている自治区のことである。

 中央自治区に行く事は研究者達にとっての夢であり、一握りの人間しか行く事が出来ない特別な場所とされていた。

 だが、一度中央自治区に入ってしまえば外部と連絡を取る事はほとんど出来ないとされている。

中央とそれ以外の国々では、中央で開発された技術や物の発表と、各国での時事を知る事でしかお互い関わる事が出来なかった。



 ジャンとホセは小さい頃からマリアが中央で研究する事が夢だと言うのを聞いていたため、マリアの聡明さが周囲に示される度、いつか別れがくる事をぼんやりと感じていた。


 「まだ先の事だと思ってたけど、すぐかもしれないってなると一気に現実味を帯びてくるな…。」


 「…そうだな、でもマリアは夢に向かって頑張ってるんだ。俺たちも負けないぐらい頑張ってマリアを安心させてやろうぜ!」


 ジャンは自分達を鼓舞した。


 「そうだな!俺達も小さい頃からの……あれ?そういえばジャン、お前なんでサンドバイクのレーサーになりたいんだ?昔は父ちゃんの店を継いでサンドバイク技師になるって言ってなかったっけ?」


 ふと思い立ったようにホセがジャンに尋ねた。


 「昔はそんなこと言ってたな~。そりゃもちろんサンドバイクレースを見て俺もあそこに立ちたい!って思ったからだけどさ、そう言われるとなんか他にも理由があったような…。」


 ジャンは幼い頃にした誓いを思い出していた。


 そういえば、確かーーー





 * * * * * *





 ガヤガヤと楽し気で活気あふれる声に満ち、いつも以上に大通りが人で賑わっていた。


 区画祭りの3番手、砂風区の祭りが始まっていた。


 大通りには沢山の露店や屋台がひしめいており、祭りの時にしか見れない物に皆興味深々で眺めたり手に取ったりしていた。


 ホセは賑わう店を午前中だけ抜けて屋台を開いていた。

父アロッズから自分で作った料理で目標金額稼ぐ事を一人前の試練の一つとされていたからである。



 ジャンはマリアと祭りをまわりながら、そんなホセの応援をしに屋台に来ていた。


 「よおホセ!」


 「おう!ジャンにマリア、来てくれたのか!」


 「どうだ、順調か?」

「今何人かお客さん居たね!ホセは何の料理を売ってるの?」


 「まだ予定よりちょっと売り上げが少ないな。ああ俺はコレ、とろろ岩を売ってるぜ!」


 「おおとろろ岩か!祭りの定番だな。」


 「まだ3級の資格しか持ってないから簡単なやつしか作れないんだよ。ほらよっお前らも食ってってくれよ!」


ジャンとマリアは祭りの定番屋台飯、アツアツのとろろ岩をホセから受け取った。


 「んぐ!あふぃっあちぃな!でも美味いぞ!」


 「むぐ、んー!おいぅん!」


 サクッとした外側に中身はトロッと濃厚で、ジャンのとろろ岩はとても美味しく出来ていた。


 「ホセ!これスゲー美味いじゃん!外側のカリカリがめっちゃ美味い!」


 「ホント!それにこの中身のトロトロ具合なんて最高よ!」


 「お、おう…どうした?」


 二人はとまどうホセを無視して、通りに響く大きな声で味の感想を叫んでいた。

 その声を聞いた近くの人達が興味を引かれてホセの屋台にやって来て、初めてホセは二人の意図に気づいた。


 「じゃ、金はここに置いとくからな!」


 「とても美味しかったわ!頑張ってね~!」


 「あっおい!金はいいって……あ、はい!2個っすね!」





 * * * * * *





 午後になり数時間経ち、マリアと別れたジャンは広場に来ていた。


 広場には祭りの運営本部のテントがあり、ドナトもそこで手伝いをしていた。


 「ジャン!いよいよだな!今やってる石工達の細工勝負の後だから、ちゃんと準備しとけよ。それと、頑張れよっ!」


 「ぉ、おう!」


 ジャンは既に緊張していて満足にドナトに返答できなかったが、ドナトは気にした風もなくジャンに一声掛けた後は忙しそうに動き回っていた。




 ジャンはこのレースに出場する事を父に告げていた。

 父はジャンがプロのレーサーを目指す事を反対しているが、サンドバイクに乗る事自体を禁じているわけではない。祭りの催しの一環ぐらいなら好きにすればいいと許可が出ていた。


 ー父ちゃんはレーサーなんか俺には絶対に無理だって思ってるけど、このレースで1位になれば少しは実力を認めてくれるはずだ、この1回で認められなかったとしても何度もこういうアマチュアのレースに出場して1位になり続ければ…!


 ジャンが内心で強く想っていると、いつの間にかレースの時間に迫っていた。

 ジャンは慌てて出場者の集合場所へ向かった。




 「あ!ホセ、あそこジャンだよ!ジャンー!頑張って~!」


 「本当だ!ジャーン!頑張れよぉ!俺達がついてるぞー!」


 マリアとホセはスタートラインに立つジャンを見て大きな声で声援を送った。


 「あぁぁ!ねぇホセ、ジャン大丈夫かな??うぅドキドキする。」


 「心配すんなって!ジャンなら大丈夫だろ!まぁもしビリになったとしてもさ、暖かく迎えてやろうぜ!」


 「そうね、そうだよね!何位だっていいからとにかく怪我はしないでほしいな。」


 心配のあまり少々挙動不審になっているマリアにむかい、ホセは安心させるように言葉を掛けた。


 広場には今回の区画祭りの目玉であるこのレースを楽しみに、大勢の観客がいた。


 沢山の人に注目されながらもマリアやホセからは、スタートラインに立つジャンは落ち着き集中しているように見えた。


 そしてついに、運営委員が1歩あゆみ出て白い旗を掲げる。

 

 ピィィーー!!


 甲高い笛の音が響き渡り、スタートの合図が出た。

 一斉に飛び出す選手たち、ジャンは最初6人中4番目の位置にいた。


 「ジャンー!ジャンー!」


 「行けー!ジャーン!!」


 マリアもホセも周りの歓声に負けない大きさで声の限り叫んでいた。


 ジャンが最初のカーブに差し掛かかる、吸い付くようにカーブを曲がり、そこで1人を追い抜いた。


 「ジャン!やった!ホセ、ジャンが!」


 「ああ!俺も見てたぞ!今3位だ!ジャン行け―!」


 2位の選手までは少し差があったが、ジャンは冷静にコースを走りカーブの度にその差をどんどんと詰めて行った。


 「あともう少し!もう少しー!」


 「2位の後ろに着いたぞ!次は上だ!」


 コースの先は上に向かっていた、上空に向けての急上昇で2位の背中をとらえたジャンは水平への立て直しをスムーズに行い、その背中を追い抜いた。


 「キャーー!ジャン!ジャン!今2位よ!」


 「ぅおおー!!そのまま行け―!あと1人だー!」


 ジャンはあと一人抜かせば優勝、という段階になっても心を常に冷静に保っていた。それはロペから半額で買った特殊なサンドボードで練習していた成果だった。


最後はほぼ直線のような緩いカーブだった、これではジャンの持ち味の曲線でのスピードアップが出来ない、それでもジャンは諦めずにグリップにエネルギーを込め続けた。



 1位の選手はもうゴールが見えていた、しかしすぐ後ろからサンドバイクのエンジン音がしており予断を許さない状況だった。


 ―フォーン!すぐ後ろからしていたエンジン音がついに真横から聞こえてきた、1位の選手は追い抜かれまいと必死にグリップを握り締める、ゴールはもう目の前だ、あともう少しで!というところで横の陰がスッと前に出た。


 追い抜かれた!と思った瞬間、自分を追い抜いた選手は目の前から消え、そしていつの間にか自分が1位としてゴールしていた。



 ジャンが1位の選手と肩を並べていた時、ホセとマリアはあらん限りの声で叫んでいた。


 「ジャンー!!そのままだぁー!そのまま行けぇー!!」


 「ジャンー!ジャンー!!頑張ってぇー!!」


 ゴール目前、横に並んでいた二人の選手だが遂にジャンが1歩前に出た。


 ホセもマリアも大きく口を開き喜びの叫びを上げようとしたその時、ジャンのサンドバイクがガクンと下降し広場の地面に底をつけた。


 その光景に、ホセとマリアはただ呆然としてジャンを見ていた。


 辺りには、1位の選手を称える言葉が口々に叫ばれていた。





 * * * * * *





 「ジャン!惜しかったな。」


 「…ドナト。」


 レース後、放心したようにサンドバイクを引いていたジャンは、ドナトに声を掛けられ俯けていた顔を上げた。


 「お前の走り凄かったぞ!俺、お前ならプロのレーサーになれるんじゃないかって本気で思ったぜ!それにしても、エネルギー切れなんて直前まで練習でもしてたのか?」


 「…ああ、ちょっと気合い入れ過ぎちゃってな。」


 「本当に惜しかったよな。でもお前の走りは凄かった!あまり気を落とすなよ!」


 「…ありがとな、ドナト。」


 じゃあなと言ってまだ仕事の残っているドナトは持ち場に戻って行った。


 ジャンはドナトに一つ嘘をついていた。 


 レース前に貴重なエネルギーを使うような事をする訳がない。ジャンは自分の持つエネルギーの全てをあのレースに注ぎ込んだ。結果があれだった。


 普通は、真剣にプロを目指している者のエネルギー量があの程度なんて思いもしないだろうな、と考えながらジャンは道を歩いていた。



 父親が反対していた本当の理由、それはジャンの決定的なエネルギー量不足にあった。

 その事実をジャンは分かってはいたが、どうしてもレーサーへの夢が諦めきれず、エネルギー不足を他の技術で補えるように特訓を重ねていた。


 でも、今回のレースで現実をこれ以上ない形で知らしめられた。




 「「ジャン!」」


 聞きなれた声に呼び止められジャンがまた俯けていた顔を上げると、ホセとマリアが駆け寄ってきていた。


 「お前の走り、見てたぞ。」


 「ホセ…お前の声も聞こえてたぞ。」


 「ああ、誰よりも大きな声でお前に一番届くように叫んでたからな!」


 ホセは二ッ!とジャンに笑い掛けた。

 ジャンはそのいつものホセの笑顔を見て、つられて少し笑ってしまった。


 「ジャン…、あの、今回は残念だったね。でもジャンの走り凄い良かったわ!だからきっと次は、」


 「マリア、ありがとうな。」


 そう言ってマリアの言葉を遮ったジャンは、一度目を伏せてもう一度目線を上げてマリアを見た。


 「そんで、ごめんなマリア。」


 「えっ?」


 「二人共せっかく応援してくれたのにさ、あんな結果になって。」


 「ジャン…!謝る必要なんかない!私達レースが始まる前にジャンが何位になっても暖かく迎えようってホセと約束してたのよ!」


 「ああそうだぜジャン。お前は精一杯頑張った!俺達はそれを見届けた!それでいいじゃないか!」


 「うんうん!どんな結果であってもあなたは私達の誇りよ!」

 

 ジャンは二人の笑顔に励まされ、気持ちが少し軽くなった心地がしていた。





 * * * * * * * * * * * *





 朝起きて、私はまだ眠気の残る頭で今日の仕事の予定をのろのろと考え始めた。


 予定を確認した後は、すっかり仕事の脳に切り替わり勝手に動いていた身体により既に着替えが済んだ状態になっている。

 仕事に向かう前の朝はいつもこれを日課にしていた。


 寝室を出てリビングに向かうと既に朝食の準備が出来ている。

 妻に声を掛けながら私は今日の新聞を片手にお茶を飲んでいた。


 「お父さん、今日は私も遅くなりそうなの。頼子もいつもより遅い残業になるんですって。夕飯はあなた一人になっちゃうんだけど大丈夫?」


 「あ?ああ、まあなんとかなるだろ。夕飯ぐらい。」


 「そう。一応下味をつけたお肉が冷蔵庫に入ってるから、それと昨日のお味噌汁とね。焼いたり温めたりが必要なんだけど…。大丈夫?」


 「そんな赤ん坊でもあるまいし、それぐらいの事は心配するまでもない。それよりそろそろ頼子を起こした方がいいんじゃないか?」


 「あらもうこんな時間ね!全くあの子ったらいい歳にもなって…。」


 私はぶつぶつと呟きながら部屋を出ていく妻の背を見送った。


 後ろから見た妻の姿は、いつもより着飾った格好をしていた。


 妻はパートで働いており仕事場に行くときはいつも長袖の上着を羽織り、下はジーンズのズボンで靴下は2重に履いていた。

 娘にはいつも、お母さんもっとお洒落な恰好をしなよ!と言われているが、職場が寒すぎてとても無理だ、と返す二人のやり取りを私は何度も聞いた事があった。


 そんな妻が着飾った格好をして夜は遅くなると言った。


 パートである妻にはほとんど残業が発生しない職場であるにもかかわらず。


 だが私はその事実を全て見て見ぬふりをした。

ーたまたま今日は着飾ってみたい気分だったのだ。たまたま今日は滅多にない残業が予め分かっているだけなのだ。


 私は妻が娘を起こす声を聞きながら、全く読めていなかった新聞をもう一度始めから読み進め始めた。





 * * * * * * * * * * * *





 ジャンはあのレースの後、毎日のように続けていたサンドバイクの特訓を辞めていた。

 父親の仕事の手伝いをする以外は特に何もせず、日々がただ淡々と過ぎて行き、心にぽっかりと大きな穴が開いたような喪失感を味わっていた。


 そんな日々を送るジャンの下にマリアが尋ねてきた。


 「ねぇジャン、ちょっと散歩でもしない?」


 マリアはジャンを外に誘った。



 特に行先も決めずなんとなく通りを歩いていたら、マリアは徐に口を開いた。


 「ジャン私ね、中央に行く事が決まったの。ジャンに報告しないとって思って、もちろんホセにもね!」


 ジャンはマリアの言葉にハッとした。


 「!…そうか、ついにか。おめでとうマリア。」


 「あんまり驚かないんだね。」


 「ああ、早まったのはあのデカいのの研究の結果なんだろ?」


 「そうそう。あの時見つけた変質浮遊岩石のおかげでね。」


 「良かったな、小さい頃から言ってたもんなぁ。」


 「うん、やっと両親に会えるの。」


 マリアははにかんだ表情で言った。


 「そうだったよな、お前の父ちゃん母ちゃんは中央にいるんだもんな。」


 マリアの両親は共に中央自治区で研究者として働いていた。中央自治区ではたとえ家族であろうとも資格のない者は住むことが出来なかった。



 「…ねえジャン、昔にした約束を覚えてる?」


 「なんだ?今までにした約束は色々あったと思うけど…。」


 「私が中央に行くのが夢だって始めて話した後の時の事よ。」


 「………………。」


 ジャンは覚えているとも覚えていないとも言う事が出来なかった。



 「私はもちろん覚えてるよ。そして、ジャンは約束を守ってくれるって信じてる!」


 マリアはジャンに陽光に輝く笑顔を向けた。

いつか見たようなその姿に、ジャンはまた眩しそうに目を細め、言葉を飲み込んだ。


 ジャンはマリアの話を聞く事で、自分がぼんやり過ごしていた時間に周りの人達もぼんやりと過ごしていたわけではない、と当たり前の事を改めて認識した。

 皆自分の人生を、1分1秒を、その人のペースで大切に生きているんだ、と。





 * * * * * *





 「ジャンー!ごめんねこんな時に。」


 「何言ってんだよ、俺こそ見送り行けなくてごめんな。」


 「いいのよ、かわりにホセが来てくれるから!」


 「俺も、マリアの分までホセが応援してくれるから大丈夫だ!」


 「ホセは大忙しね、ふふっ。」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 晴天の日、今日はマリアが中央へ向けて出発する日だった。そして、


 「ジャン、あなたの勇姿を見守れない代わりにこれをもらってほしいの。」


 「これお守りか?」


 「そう、怪我だけは絶対しないでね。」


 そしてジャンの大舞台の日でもあった。


 「ああ、ありがとう。」


 「このお守りはね、ーー」




 ジャンとマリアが話していると遠くからホセの声がした。


 「おーい!お前ら何やってんだよー!」


 ホセは二人に駆け寄りながらジャンとマリアを交互に見てため息をついた。


 「マリア!お前もう出発の時間だろ!」


 「ジャン!お前ももう準備してなきゃダメじゃないか!」


 ホセは二人に交互に向き直って注意した。

 二人は慌ててホセに謝った。


 「ごめんねホセ。もう行くわ!」 


 「おう、じゃあジャン!マリアをしっかり見送ったらお前の応援に行くからな!」


 「ああ、ありがとな。…マリア!お前は俺達の誇りだ!中央でも頑張れよ!」


 「ありがとうジャン!私もあなたの活躍を向こうで祈ってるわ!」


 ジャンは慌ただしく駆けていくマリアの姿をじっと見送った。





 * * * * * *





 会場にホセが到着した時、既にジャンはスタートラインに立っていた。


 良かった、なんとか間に合ったようだ、とホセは胸をなでおろした。


 ピィーーー!という試合開始の笛の音がなり、ジャンの乗るサンドボードが滑るように走り出した。


 そう、ジャンはロペの勧めもあり、サンドボードの大会に出場していた。

 サンドボードはサンドバイクほどエネルギー量が必要ではなく、ロペの開発した特殊なサンドボードを使えばジャンでも十分に大会に出る事が可能だった。

 サンドボードの競技人口はサンドバイクより多い。その分、上位の選手になる事はとてつもなく大変な事だった。



 「ジャン選手最高の滑り出しを見せました!序盤からトップスピードで攻めています!」


 「行けー!ジャンー!!」



 サンドボードの競技は様々な種類があり、今回ジャンが出場しているのは障害物のあるコースを一人ずつ走りそのタイムを競うものであった。

 ジャンは初出場で予選を勝ち抜き、今は2次予選の最中だった。


 ピコーン!


 途中地点にある計測盤にタイムが表示された。そのタイムを見てホセは叫んだ。


 「ジャン!いいぞー!その調子だぁ!!」


 ホセの声が大きく響いた。その声に後押されるようにジャンはより一層その走りを鋭く早くしていった。 


 ジャンは滑り出しから殆どスピードを落とさず、完璧なボードさばきでゴールラインを通過した。


 「ゴーーール!ジャン選手今ゴールです!現時点での最速記録が出ました!!」


 ジャンは無事に試合を終えたが、まだ油断は出来なかった。

 残るはあと2選手、次の予選に進めるのは1位のみである。


 残る2選手の試合をホセは食い入るように見た。この二人の選手達の結果によりジャンの順位が決する事となるからだ。



 --ワアァァーー!ーーーーー


 会場が盛り上がるなか、全ての選手の試合が終わった。ジャンの記録は抜かれる事なく堂々と1位に君臨していた。


 「これから1位、2位、3位の選手の表彰を行います。」


 アナウンスが流れジャンを含めた1位~3位の選手が入場してきた。


 「3位、浮き岩区ウーゴ選手!」


 3位のウーゴ選手が名前を呼ばれ、その場でボードに乗ったままクルッと回転をして手を振った。


 「おめでとー!」


 「ウーゴ、よくやったぞ!」 



 「2位、希水区フリオ選手!」


 次に2位のフリオ選手が名前を呼ばれ、ウーゴ選手より少し高い位置でボードに乗りながらクルクルと回転をしてお辞儀をした。


 「キャー!フリオー!」


 「惜しかったなフリオ!」



 「1位!砂風区ジャン選手!!」


 最後に1位のジャンの名前が呼ばれた。1位の選手は一番高く飛び上がり回転する事で会場が一番盛り上がるのだ。


 ジャンは勢いよく垂直に滑り上がり、縦横の回転をくわえて華やかにボードを操った。 


 ジャンの動きを見て会場は盛大な盛り上がりを見せた。その時、

 突然、突風が辺り一帯に横殴りに吹きつけてきて、とてつもない強風が不安定な態勢のジャンを襲った。


 競技を終えた選手は皆プロテクターを外していた。しかも、ジャンがいるのは砂が敷き詰められているコース上ではなく、順位発表の場所の堅い地面の上だった。

 身体を守るものが何もないジャンは、横殴りの風に態勢を崩しボードを奪われて落下してしまった。


「ジャン!!」


 風に煽られながらホセは必死に叫んだ。


 ジャンは落下しながらもなんとかボードを掴もうとしている、ジャンが地面に叩きつけられない為にはボードの上に立つしかなかった。


 ジャンが必死に手を伸ばす!あと少しでボードに手が届くという瞬間、既に地面は目前に迫っていた。


 ドダァーーーン!!!


 「ジャーン!!」


 「「ジャン!!」」


 会場中の人が注目するなか土煙が晴れて、ジャンの横たわる姿が、いや、ーそこには淡く光る球体状の物があった。


 人々が混乱で言葉を失っているとパッとその光はなくなり、無傷な様子のジャンの姿が現れた。


 「…なんと、ジャン選手は無事なようです!何が起こったかは分かりませんが笑顔で手を振っています!ジャン選手は無事です!」


 皆何が起きたかは分からなかったが、とにかく口々にジャンの無事を喜んだ。





 * * * * * *





 2次予選大会が終わりジャンが会場の外に出ると、ホセとジャンの両親の姿があった。


 「ジャン!やったな!ぶっちぎりだったぜ!」


 「ホセありがとな!またお前の声が聞えてきたぜ!」


 「ジャン、おめでとう。よく頑張ったわね。」


 「母ちゃんありがとう!父ちゃんも、来てくれたんだな!」


 ジャンの父はスッと1歩前に出てジャンに告げた。



 「ジャン、お前は俺達の誇りだ。」



 ジャンは父親からその言葉を聞き、目を見開き驚いた。


 何故ならその言葉は、この国での最高の誉め言葉とされているからだった。



 「父ちゃん、あり゛がどう、うぅっ。」


 ジャンはじんわりと目に涙を溜めて鼻をすすりながら言った。


 「お前はもうそろそろ成人するんだ。もう父ちゃんじゃなく親父って呼べ。」


 父は照れ臭そうにそんな事を言った。母はそんな二人のやり取りを見て微笑んでいた。



 「そういえばさ、ジャン。さっきのあの光ってたやつは何なんだ?」


 「そうそう!あの時は本当に心配して心臓が止まるかと思ったんだから!」


 「ああ、あれはコレだよ。」


 ジャンは手首に巻き付けたものを見せた。


 「ん?それ、お守りか?」


 「出発前にマリアから貰ったものなんだ。マリアが俺を助けてくれたんだ!」


 「あんな機能があるお守りなんて見た事ないぞ。」


 ホセは驚いた顔でそう言った。


 「それはそうだ。こいつは世界で初めて変質浮遊岩石が使用されたお守りだからな。」


 「えっ?!変質ってあの時のアレか?!」


 「なるほどな。そういう作用のあるものだったのか。」


 ホセとジャンの父がマリアの作ったお守りにジッと視線を送った。



 マリアから渡されたお守りは、エネルギーを込めるとその地点を中心に衝撃を吸収するバリアを展開するというものだった。


 因みに、ジャンが落下した時にしたドターーン!という大きな音はサンドボードが地面に叩きつけられた音であった。

 ジャンはサンドボードに乗り態勢を整えようとしたのではなく、マリアからもらったお守りを使い、サンドボードも守ろうと手を伸ばしていたのである。残念ながら間に合わずボードは地面に叩きつけられてしまったが。




 ジャンはお守りを見ながらマリアの輝く笑顔を思い出していた。


 ジャンは以前の落ち込んで何もせずただ淡々と過ごして行く日々から抜け出し、大きな一歩を踏み出す事が出来た。


 自分を信じてくれる周囲の期待に応えるために、そして、マリアとの幼い日の約束を守るためにーー





 * * * * * *





 マリアは中央に向かうバスの中で、期待と興奮、不安と寂寥の想いを胸に渦巻かせていた。


 幼い頃にこの地の施設に預けられ、それから長い年月をこの国で過ごした。

 緑は少なく砂と岩ばかりのこの国で、とても大事な事を学び、そして人を得た。


 小さい頃は両親のいる中央へと早く向かう事だけを考えていたが、今はこの地を離れがたく思う自分がいた。



  私の愛する大地。中央に行っても私はこの地の発展に寄与する研究をし続けよう。

  愛する人がいる大地。叶うのならばどうか私の事を忘れずにいて欲しい。


 私は信じている。幼き日に彼がしてくれた約束を。

 私が外の国と連絡が取れない場所に行くと知った彼は、国の時事に載るほどの人物になる、と約束してくれた。

 私のために、そうやってずっと応援し続ける、と。

どんな形になってもきっとあの人なら大丈夫だろう。



 広大な大地の変わらぬ景色を眺めているうちに、マリアは眠くなってきた。


 ああ、またあの夢を見るのかな。夢の中で過ごす未来の日々、変わりない日常、平凡な毎日。


でもそこに幸せがある事を私は知っている。

 なぜならーーー





 * * * * * * * * * * * *





 朝の眩しい日の光で目が覚めた。


 今日は休日だ。そして私はまたあの夢を見ていたようだ。いつものように内容は忘れてーー



 家族揃って少し遅い時間に朝食を食べていると、娘が突然口を開いた。


 「お母さん、この前お父さんが話してたんだけどね、お父さん前世が石ころだって言われた事があるんだって!」


 「えー?石ころ?ひどいわね~。生き物ですらないなんて。お父さん本当なの?」


 「まあ昔な。」


 「あらひどいわね~。でも私も昔前世を占ってもらった事があるんだけど。その時あなたの前世はスケートボーダーです!って言われた事あるわよ~。」


 「いや、私は占いには」


 「えっ!?お母さんがボーダー!?うそー!全然想像つかない~。しかもなんでそんなマイナーなものなの??」


 「…占いには行ってな」


 「そうよね、ふふっしかも凄い活躍して新聞にも載った人だったらしいわよ?」


 「うそー!新聞に載ったスケートボーダー何て聞いた事ないけど!海外ならあるのかなぁ?でもお父さんが石ころでお母さんがボーダーなんて、凄い組み合わせだね!あははっ。」


 「お父さんは石ころじゃないぞ、鉱石の研究者だ。」


 「え?何でいきなり研究者?しかも鉱石。」


 「いやぁさすがに石ころはないだろ、せめてその分野に傾倒していたからその物が強く浮かんできたっていう方が信憑性があるぞ。それに、前世でそんなことをしていたような気がするんだ。」


 「うそー!お父さんがそんな事言うなんて!前世なんて信じてないって言ってたのに!」


 「あら頼子、今日は午後から別の予定があるんでしょ?式の準備を今のうちに進めておいた方がいいんじゃない?まだ色々終わってないんでしょう?」


 「あっそうだった!招待状の文面選ばないと、じゃあごちそうさま!」




 ずっと疲れていた娘はようやく会社の繁忙期が終わり、最近は早く帰ってくるようになり元気も出てきたようだ。

 そして、私の知らぬ間に付き合っていた男性と結婚するとつい最近報告をしてきた。


 妻は一足先に娘の彼氏と会っていたらしい。

残業で遅くなると嘘をついて娘の顔に泥を塗らぬよう着飾って出かけたそうだ。



 昼になり昼食を食べた頼子は慌ただしく出かけていった。


 私は食後のコーヒーを飲みながらなんとなしに外を見ると、おそらく妻が撒いたものだろう、庭に撒かれたパンくずを啄みにスズメがやって来ていた。


 なんとも平和な光景を眺めながら午後の日差しにまどろんでいると、ふとまぶたが重くなり、一瞬、ほんの一瞬だけ、どこか見覚えがあるような少年と少女が微笑み合う姿が見えた気がした。


 今の光景は何だったのだろうか。


 次第に重くなるまぶたに、またいつものあの夢を見るのだろうと予感がしていた。


 でももう少し、もう少しだけ、この平凡で幸せな日常に浸って、いたい………



 体にそっとひざ掛けを掛けられる感触を感じたのを最後に、私はまたあの夢の世界へ旅立った。






 平凡だと思える毎日に幸せを感じる。

 今世は共に歩む事が出来て良かった






 * * * * * * * * * * * *






 そこに幸せがある事を私は知っている。

 なぜなら、

 いつか私達はまた巡り会えるからーーー












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